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ああ、本当に面倒臭い。
生きるってことはどうしてこんなにも面倒臭いことばかりなのか。
職場のデスクで独り言ちそうになったのを反射的に抑えながら思った。
それを口にしたところで両隣の同僚に変人扱いされるだけで良いことはない。
私の目の前にはジップロックに詰め込んだだけの手抜き弁当が電子レンジの熱を湛えながら、人間様に食べられる瞬間を今か今かと待っている。
冷凍食品のおかずを二種類― 野菜と肉のおかずを適当に入れ、空いたスペースに白米を突っ込んだだけの創意工夫の欠片もない弁当は、加熱時間が長すぎたせいか手のひらをかざしただけでも不快な熱が感じられて、今からこれを胃に入れるのかと思うと憂鬱になってくる。
元々小食な方だから量は少なめにしているのだけど、それでも今から食べ切る自信がない。でも食べないと空腹で死ぬ。だから食べる。
人間はどうして食事を摂るのか。
そんなの決まっている。栄養を摂取するためだ。栄養失調は死に繋がるから。
逆に言うとそれしかない。
栄養さえ摂れれば食事などという不毛な行為も時間も消える。
じゃあ栄養を全てサプリメントの錠剤で摂取できるようになればいいのにと思うけど、大体のメディアだの企業サイトだのが危ないからやめろだのと言う。十分なカロリーが得られないらしい。ならカロリーだけ摂取できるサプリを作れ。
ともかくこの食事という行為は大概にして不毛だ。
食事の必要が無くなれば人間の苦痛は減る。
料理や食器を準備する苦痛も、食事を胃に入れる苦痛も、後片付けをする苦痛も減る。飲食店や農畜産業者の方々には申し訳ないが、そういう時代が来ればあなた方は悉く廃業だ。悪く思わないでほしい。
それに食事なんてものがあるから、食事会だの飲み会だのというゴミ以下の文化が生まれる。食事がないと会話が弾まないような関係にある時点でそれはあなたの人間関係構築能力もしくは生息環境に欠陥がある証拠だ。諦めろ。
私はこの食事という不毛な行為による苦痛を減らすべく努力してきた。
朝食ならネットを巡回してる間に片手でパンを摘まんで済ませることで食事の時間を義務的な日課の時間に組み込んだ。昼食の弁当は冷凍食品と冷凍ご飯で可能な限り楽に作れるようにした。夕食は通販の冷凍弁当で全て済ませる。
買い物ならネットスーパーで事足りる。
週末に届くように最低限の飲料と食品と日用品を注文すればいい。買い物に時間を取られるというアホな行為をこの歳になって続ける気はない。
え、急ぎになったら? 最寄り徒歩数十秒のコンビニで全て解決。
無味に近しい冷凍食品を口に突っ込みながら、無心に咀嚼して、とりあえず冷たい水で胃の奥底まで押し流す。
一瞬喉の奥が詰まったような息苦しさを感じて、箸を止める。
このペースで食べていたら本当に食道をヤってしまいそうだと思った。
だから一度止まる。身体の動きが止まると思考が戻ってくる。
そうすると義務がなくなって無駄な自由が襲ってくる。
昼休みってどうしてこんなに長いのか。1時間も要らない。
労働基準法(?)で8時間以上の労働には何十分以上の休憩がなんだのって言ってるらしいが、こちらは休息なんて要らないから一刻も早く帰りたいだけなのだ。職場とかいう公共空間に存在していることが苦痛なんだよ。
どうして君たちは平気そうな顔をしてスマホでYouTubeやネトフリ辺りを見て暢気に過ごせてるんだ? こんな人間とかいう害悪生物の集合空間にいて精神を汚染されながら娯楽摂取に勤しめるって異常じゃないか?
本当におかしい。世間はイカれてる。
こんな奴らが社会のノーマルなのだとしたら私はどうすればいいんだ。
……ああ、面倒臭い。考えるのをやめよう。
そろそろ食道もキャパ制限を解除したはずだ。早く食べ切って楽になりたい。
残った冷凍のソースカツと小松菜の和え物を次々と口内に含む。
微妙に濃さのあるソースの味に一瞬吐き気がしたが、我慢して咀嚼する。
じんわりした微妙な熱を喉で感じながら飲み込む。白ご飯ですぐに口直し。
これをあと二回ほど繰り返せばジップロックは空になる。
あと二回。我慢すればいい。他人と関わるよりはマシ。そうだよ。
そうしているうちにコンビニから戻ってきた同僚が隣の席に着いた。
具のないスパゲッティと原価の安そうなサラダを広げている。そんなものに千円近く払ってるとか詐取被害者だろ、っていう感想をそれこそ飲み込んだ。
その思考で気が紛れているうちに、私の身体はいつの間にか残りの弁当を食べ切っていた。ナイス。不毛な思考で不毛な行為の感覚を消し去る。毒を以て毒を制すとはこういうことだと実感。
その達成感を持続させながら席を立ち、給湯室で弁当箱を適当にお湯で洗う。
え、スポンジと洗剤は使わないのかって? だって他人の気持ち悪い成分が残ってるスポンジで自分の食器を洗うとか正気の沙汰じゃないでしょ。人間ごときとスポンジ共有とか死んでもしない。達成感は嫌悪感に変わっていた。
そして嫌悪感は焦燥に変わる。
このゴミ空間であと45分の昼休みをどう我慢すればいいのか。
できるだけ穏やかに過ごしたい。でも外に出るのはもっと苦痛だから嫌だ。
無心に何かに没頭して、さも社会適合者ですみたいなフリをしないといけない。
だけど何も思いつかない。だから仕方なく人事部の島にある新聞の束をかっさらって席に戻ってきた。
昨日も読んだ新聞をまた読み返すなんてそれこそ不毛かもしれない。
でも、新聞を読むくらいしかこの場を安寧にやり過ごす手段がない。
人間による精神汚染成分が蔓延したパンデミック空間で趣味のことを考える気にはならない。大事な趣味の世界が他者どもに汚染されるような気がする。
じゃあ仕事の続きでもするかと言われたら絶対にしない。
サービス時間外労働で企業から搾取されに行くなどもってのほか。
なら仮眠でも取れば昼休みの終わりまでワープできるかもしれないが、他者がいる空間で無防備にも理性と意識を手放して睡眠するなどあり得ない。自分が寝ている間に他者が何をするかわからない。自分の身を守れるのは自分だけだ。電車で寝てる奴の気が知れない。心底わからない。
だから新聞で全てを誤魔化す。
昨日も読んだ見出しを、昨日も読んだ本文を、昨日も読んだコラムを、何も考えずに読み返す。斜読なら得意だ。次々に文章を頭に流し込めばそれ以外のことを考える余裕はなくなる。思考回路の強制狭窄。有効ライフハック。
外交問題、エネルギー問題、AI問題、経済問題、環境問題――
経済新聞なりの話題が現れては消えていく。自分にとっては死ぬほどどうでもいい話をこうして時間を潰すために使えるのは資源の有効活用か。
ただ、昨日は気にもしなかったところで目が止まってしまった。
政治経済面の半分より下辺りの小見出しが付けられたその記事に吸い寄せられてしまい、思考回路の狭窄が解除された。斜読モードが切れた。
『LGBT理解増進法、与党主導で近く閣議決定へ――』
ああ、面倒臭い。せっかく何も考えずに時間を潰せてたのに。
どうして今日はこんな記事を視界に入れてしまったのか。
考えたくない。考えたくないのにむかつく。
何が『増進』だ。上から目線で「あなたたちのことをもっと理解してあげられるように社会を良くしていきますね」とか言ってんじゃねえよクソが。自分の性指向を理解されることは当たり前だ。増進するしないの話じゃない。理解することが当然だし、これまで虐げられてきた人たちが理解されて然るべきだろ。ゴミカスみたいな名称を付けたのはどうせ異性愛規範に則っていらっしゃる「正常」で「ノーマル」な政治家様なんだろうな。はあ、面倒臭い。本当に生きるって面倒臭い。
ああ、もう考えたくない。考えたくないのに考えてしまう。
こんなこと考えなければ、目にしなければよかったのに。最悪だ。
頼みの綱の新聞だったのにこのザマだよ。
はあもう読むのやめた。こんな記事なんてどうせまだまだ隠れてるんだよな。
じゃあ私はどこに逃げればいいんだ。
ラジオか。でもニュースだとまた面倒な話を聞かされる。
……そうか、英語レッスン系のラジオ番組にすればいい。
そういうので頭の中を英語で一杯にすれば日本語ともおさらばだ。
これにしよう。早速Apple Musicで適当なポッドキャストを探して再生っと。
―――
ああ、本当に今日は面倒臭い。
普段の3倍増しで面倒臭い。ゴミ空間が生ゴミ空間に進化してる。
本当に無理。トイレの方が遥かにマシな空間。
こうして便座に腰を下ろして、誰にも監視されていない空間でようやく呼吸ができるようになってから、さっきまでどうやって酸素を吸っていたのか思い出せなくなって混乱する。よくわからなくて困る。
課長に必要な用事で話しかけたら(できるだけ数字や電卓を扱っていないタイミングを見計らったのに)これでもかと嫌がってる目で睨まれたし、係長はストレスがかなり溜まっていたのかキラーパスでトラブル処理をこっちに投げて来たし、隣の席の同僚は朝から不機嫌で、必要に迫れられて話しかけてもこちらを一瞥もせずにゲロ低い声で対応された。
しかも明らかに部署全体に漂っている逼迫感が余計苦しくさせる。
自分もそれに追われてどんどん余裕がなくなる。肺に酸素が足りていない感じがする。頭が常に何かで締め付けられているような気がする。
だからここで酸素を吸う。でも、トイレに何十分もいたら怪しまれる。
そう長くは篭っていられない。10分が精々か。
……どうしてこんなに息がしづらいのか。
わかってる。私が人の目を気にしすぎるからだ。
知ってる。世の中には人の目を気にしすぎる人がたくさんいるって。
自分みたいな人が溢れているから、書店に行けば「他人に振り回されない方法」や「自分を大事にする方法」を説いた書籍が販売されていて、平積みや面見せで陳列されていて、ポップ付きで売られている。
自分が気にしすぎてしまう自分の行動も、相手は数分経てば綺麗に忘れる。
人の噂も七十五日どころか人の行為も数分単位で脳のゴミ処理場送り。
だから、気にしすぎなくていいんだよって誰かが言う。
わかってる。それがきっと正論なんだってわかってる。
でも、どうしてもそれができないんだよ。したいのにできないんだよ。
忘れればいい。気にし過ぎずに綺麗さっぱり脳から消せればいい。
でも、うまくできない。相手が自分に向けた敵意か悪意か嫌悪か憎悪かそれに当てはまらない鋭い感情の何者かが、その目でこちらを見つめられた瞬間の恐怖が、その口から放たれた冷たい血の色をした言葉が、脳に突き刺さって抜けてくれない。それが抜けない限り、「気にしすぎない」なんてできない。
睡眠による強制リセット以外でこの異物を脳から引き抜く方法を知らない。
知りたくて探し続けて、有効と称された手法を試して、それを繰り返して、でも私にはできなかった。誰かが簡単そうに言う「気にしすぎなくていいんだよ」は、私には簡単でもなんでもない。オリンピック代表の体操選手が大一番のカメラの前で繰り出すトリプルSランクの大技でしかない。
もう、面倒臭い。どうしてこんなに面倒臭いんだろう。
嫌な匂いがする。夕方のサニタリーボックスからジワリと溢れて広がってくる酸化した血の匂い。鼻呼吸に紛れて嗅覚を刺激するその匂いに吐き気がする。逃げるために来たのにまた呼吸ができなくなる。苦しい。
もうどこにも逃げ場がない。早く帰りたい。
人間も汚いものも苦しいものも全部存在しない空間に逃げ込みたい。
腕時計は間もなく16時を指す。
あと1時間、この反吐が出る空間を耐え切らなければならない。
絶望しかない。あとどれだけ我慢して精神汚染を受け入れれば帰れるのか。
もう、本当に面倒臭い。
何も考えたくない。考えたくないのに考えてしまう。
そんな無駄な思考を抱えた脳が、個室を出る瞬間にふと思い至ったのは、隣の席の不機嫌な同僚は朝から生理だったんだろうな、というくだらない推論だった。




