↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/29

18話 Evening Everything

それから、来る日も来る日も、同じガムを噛み続けるように2020年7月19日はやってきた。

何周目なのか、完全に分からなくなっていた。


最初の頃は、スマートフォンのメモに数字を書いていたのを覚えている。


《3周目:〇〇〇祭り、〇〇映画館》

《4周目:散歩、〇〇博物館》

《5周目:〇〇ランド、海》


そうやって記録していたはずなのに、いつの間にかやめていた。

数えたところで、意味がないと気づいたから。


別の水族館。別の映画。そして夏祭り。

同じ音楽ライブ。同じ夜の渋谷。

そしてカフェ。


台風が近づいている日もあった。

逆に、雲一つない青空の日もあった。

雨の中、無性に走り回った日もあった。


同じ7月19日なのに、毎日が違った。

そして、二人の距離も少しずつ変わっていった。


最初は「青凪さん」と呼んでいた。

いつの間にか「看空さん」になった。


それが当たり前になって。

時々、名前を呼ぶことに照れが混じるようになった。


でも、一つだけ変わらないものがあった。


夜になると、看空は苦しくなる。

どれだけ楽しい一日を過ごしても。どれだけ笑っても。


彼鉈と別れて次の日が来てしまえば、果てしない現実が待っている。


厳しい母親、役員会議、青凪家。

そして、自分の未来。


おまけに彼鉈が知らせてしまった青凪海都の事件。


「……じゃあね」


「うん」


夜の渋谷。看空が改札へ向かう。

数歩進んだところで、立ち止まる。

振り返らない。


「……また明日」


「うん」


彼鉈は笑い、看空も笑う。

でも、改札を抜けた瞬間。


その笑顔は消えた。一人になる。


スマートフォンを見る。

SNSを開けば、知らない誰かの幸福。

知らない誰かの恋愛。知らない誰かの家族が流れてくる。


言葉にできない棘を感じれば、すぐに画面を閉じる。


「……」


家に帰れば、また笑わなければならない。

翌朝になれば、また、完璧な娘を演じなければならない。


だから、彼鉈といる時間だけが、自分が自分でいられる時間だった。

この7月19日が終われば、看空は青凪家の普段の日常に戻る。


それを本人が自覚しているのならば。


◇


2020年7月19日、朝7時。


朝になれば、また同じ日付が表示される。

それだけは変わらない。


ただし、同じ一日ではなかった。少しずつ違っていた。

自分たちが何かをするたびに、その違いは大きくなっていった。


「世界って、案外適当なんだね」


以前、看空がそう言って笑っていた。

最初はその言葉の意味が分からなかった。

でも今なら少し分かる気がする。


世界は、彼鉈たちが思っているほど決まったものじゃない。


ほんの少し違う行動をするだけで、別の結果になる。

ならこのループも、いつか何かを変えれば、終わるのだろうか。


少なくとも、最初はそう思っていた。

今はもう、一向に7月19日が終わる気配がない。


どうすればいいのかわからなくなっている。

焦りもあれど、この状況を楽しんでしまっている自分もいるのが事実。


彼鉈はそんな自分が嫌になってきていた。


「今日はどうする?」


朝9時の渋谷駅、ハチ公前。

看空がスマートフォンを見ながら聞いてくる。


「どうしようか」


「昨日は水族館だったし」


「一昨日は映画」


「その前は飛行機乗って遠くまで行って」


「その前は……」


二人とも考える。


「……何したっけ?」


「覚えてない」


それがおかしくて、二人で笑った。

以前なら、こんなことはなかった。


会ったばかりの頃は、会話一つするにも緊張していた。


何を話せばいいのか分からない。

どこへ行けばいいのか分からない。


沈黙が怖かった。それなのに。

今では、沈黙すら気にならなくなっていた。


「じゃあ今日は、何もしない日にする?」


看空が言った。


「何もしない?」


「うん」


いつだかの7月19日でも何もしない日があった。


「それ楽しい?」


「さあ」


「……じゃあ、やってみようか」


二人で歩いた。目的地はない。

ただ渋谷の街を歩く。


コンビニに入って、飲み物を買って。

公園のベンチに座って、くだらない話をする。


学校のこと。音楽のこと。昔見た映画。

好きな食べ物。嫌いな食べ物。


そして、どうでもいいこと。


「彼鉈さんって、変なところで真面目だよね」


「看空さんは変なところで適当」


「それ褒めてる?」


「褒めてる」


「ならいいや」


そんな会話をして、気づけば夕方になっていた。

空がオレンジ色に染まる。


看空さんがスマートフォンを見た。


「……もうこんな時間」


「帰る?」


「……うん」


その返事が、少しだけ早かった。

彼鉈は気づかなかった。いや、気づかないふりをしていた。


◇


夜の渋谷を二人で歩いていた。

人の波が、絶え間なく流れている。


信号が赤になる。

スクランブル交差点の前で、二人が立ち止まった。

以前なら、ここは特別な場所だった。

二人が初めて生死の境界へ行った場所。


けれど今では、何度も通った場所になっていた。


「……ねえ」


看空が言った。


「なに?」


「明日も会えるよね」


「……うん」


「本当に?」


「本当だよ」


「絶対?」


「絶対」


看空が笑った。

けれど、その様子はどこか不自然に感じるものだった。


「……そっか」


信号はまだ赤で、人々が二人の横を通り過ぎていく。


「じゃあ、また明日」


「うん」


看空が歩き出そうとした。

そのとき、彼鉈は思わず看空の腕を掴んだ。


「……待って」


「え?」


「もう少しだけ、ここいない?」


看空の表情が止まる。


「……どうして?」


「いや……」


言葉が出てこない。本当は分かっている。

一人になりたくない。


それに看空が自分と別れて孤独になっていることを感じていた。

看空が帰った後の夜が嫌だった。


静かな部屋でスマートフォンを弄る。

そして、また明日が来る。


それが怖かった。


「……僕も、明日が来るのが怖いから」


看空が目を伏せる。


「……私も」


その言葉に胸が締め付けられた。

だから、彼鉈は言ってしまった。


「だったら、ずっと一緒にいればいいじゃん」


「……え?」


「世界が7月19日を繰り返してるなら、ずっとこのままでいられる」


「……」


「学校も、家も、何も考えなくていい」


「……彼鉈さん」


「二人でいれば、楽しいじゃん」


言った瞬間、自分でもしまったと思った。

けれど、一度口から出た言葉は戻らない。


「……それ、本気で言ってる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。