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凍てつく王国  作者: 玖波 悠莉
後編
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12-2 伝説

暗い空を凄まじい速さで雲が流されてゆく。眼下の争いをあざ笑うように月はその姿を気まぐれにしか現さない。

銀色の侵略者はただ一路陣の奥へと駆け抜ける。

次々に駆けつける兵は一向に減らなかった。それもそのはず。いまだアリアは一人として殺しても、致命傷を与えてもいなかった。腕を切り付け、足を短剣でかすめる。恐ろしく早い、銀の弓のように。兵の頭の上をかすめるように、低い跳躍を繰り返し、ただ、目指す場所へと。

松明を持った兵の腕を蹴り飛ばし、はずみで後ろの兵を切り付ける。その傷は浅くとも、派手に血が飛び、辺りに赤をまき散らす。逆上した兵が叫び声をあげて大きく剣を振りかぶって切り付けてくる。

「うおおおお!」

僅かにアリアの髪先をかすめて切っ先が暗い地面をえぐる。

大きく背をそらし、そのまま背後へ宙返りしつつ後退する。ざわめく風がアリアの髪を揺らす。紅い瞳の残光が闇の中を走る。ざわざわと風が吹く。アリアが蹴り飛ばした松明が野営施設に燃え移り、ゴウゴウと火の手が上がった。

「消せ!」

闇夜に赤い火の手が上がる。

漆黒の闇を纏って、大きく跳躍する。燃え盛る大地を見下ろし、紅い瞳に炎を映して、回転して大地に降り立つ。

次々に燃え移る火の始末に追われ、余剰の兵はいない。アリアは燃え盛る炎の壁の内側、そしてさらにその奥へと歩み去って行った。赤い炎は、闇路へ消えて行くアリアの姿をより暗く見せた。



ひときわ大きな野営用の天幕が、ぽつんと立っている。あたりの一般兵たちの寝床からは幾分か離れた場所に。夜更けでで、侵入者がいるというのにその天幕の前には4人の兵が立っていた。遠くの騒ぎは耳に入っているようだったが、彼等はそこを動かない。よほど大事なものを守っているのか、あるいは…逃げ出さぬよう、見張っているのか。

天幕の中は、形ばかりはきれいに整えられてはいたが、誰一人、入ることも出てゆくこともかなわないほどに堅牢な作りだった。まるで、牢の一部だけ切り取って、その上に天幕をかぶせたように見えるほど。

ざわ…と風が吹く。

向こうの方で火の手が上がっている。恐ろしく乾燥し、強く吹き付ける冬の風は瞬く間に辺りを火の海に沈めた。

その炎の向こうから音もなく白が迫って来ていた。障害のない大地をひた走るその姿は放たれた矢のごとく、2振りの牙を掲げて笑ったまま駆け抜けるその様は獲物を追う野獣のごとく、白い美しい顔に月光が降りかかるそのさまは、伝説の戦女神さながらだった。


音もなく天幕に近づき、無造作に兵との間合いを詰める。

「おい、何者だ!?」

兵が誰何するも、答える声はない。代わりに、喉元に短剣の柄が叩き込まれた。喉元を抑える間もなく、声もなく大の男が崩れ落ちた。足元に男を転がしたアリアに向けて左右から3人の男が剣を抜いて襲い掛かる。

横薙ぎに剣が空気をも切り裂く。しゃがみこんで剣戟を紙一重で交わし、両手を地面につけて体をはね上げる。顎を蹴りあげられた男は一瞬動きを止めた。その一瞬で男の後ろに回り込んだアリアはその背を蹴り飛ばし、アリアの背後から切り付けようとしていた男に向かって倒れこませる。

「っ卑怯者…!」

仲間を手にかけかけた男が慌てて剣を引き、後辞さった。

「…知るか…。」

背筋の凍るような冷たい声だった。

そのまま蹴り飛ばした男の背中に飛び乗ると、後頭部を踵で蹴りあげ、完全に沈めるとその背を飛び越え、慌てたように突き出された切先の上に両足で着地した。剣先の重量を受け止めきれずに男の剣の切先が地に刺さる。切り込んできた3人目の男の剣を切先に乗ったまま短剣で受け流し、剣の上を歩いて男の顎を蹴りあげ、沈没させた。

「…さて、あと一人。」

赤い唇をなめて呟いた。

ビクッとして足を止めた男に、刹那の速度で肉薄し、みぞおちに剣の柄を叩きこんで沈黙させた。

倒れこんでくる男を軽く下がってよけると、パチン、と双剣を鞘に戻して雲間に隠れた月を見上げた。

ようやく溜息をつくと、何かを探すように、あたりを見まわした。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

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