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凍てつく王国  作者: 玖波 悠莉
後編
71/86

11-7 詠唱

階下の方は騒がしかったが、その一方で城の上層部は静かだった。

その人気のない廊下をアリアはハインツについて歩いていた。

「で、私は何したらいいんです?」

幾分緊張が解けたのか、くあ…と欠伸をしている。その様子をハインツが少し眉を上げてみていた。

「それは中で話しますよ。」

廊下の扉を開いて言った。

扉の中は、広く調度の少ない部屋。壁に飾るように配置された武器防具。採光用の窓から白み始めた空が見える。

「あ…この部屋、シグのだ。」

ひとつだけ置かれた執務机もそのままだった。

「出来れば人に聞かれたくないので。」

そう言って後ろ手に鍵まで閉めた。

「そう警戒しないでください。…今から軽く現状を説明するので。」

そう言ってハインツは勝手にシグルーンの机からいくつかの書類を引き出した。

鍵をかけた扉をちらりと見たアリアだったが、一瞬の逡巡の後机に近づいた。

「明かりはつけなくても見えますよね、確か。」

「うん。ハインツさんも問題ないならそれで。」

「ええ、構いません。」

そう言うとハインツはがさがさと大きな紙を広げた。地図だった。

「地図は問題なく読めるんでしたよね。で、ここがアレストリアとウルサーンの

国境線なんですが…」

そう言ってハインツは大陸を西と東に分ける山脈の隙間をなぞった。

「今ウルサーンが全軍…確証はないですが恐らく全軍ですね…を配しています。この厳冬で仕掛けてくるということは後がないか、あるいはよほど自信があるか…対する我が国は雪崩の後で全く対応できていないというのが現状です。」

「へぇ…ずいぶん対応が早いですね…よその国の災害に乗じてくるなんて。」

「と言うより、早すぎて災害が起こるのを知っていたような感じを受けます。そこで聞きますが雪崩の予測は可能だったと思いますか?」

地図から顔を上げてアリアに尋ねる。

「それは氷の一族にとって可能か、ということ?」

「…ウルサーンでも可能ですか?」

「常日頃の雪崩は常に監視管理してても確実に予想するのは難しいですね…。氷の一族にとっても。逆に今回みたいな人為的な雪崩は私達には想定できないです。…つまり、人為的に雪崩を起こそうと思ってやったんだったら、そりゃ、予測位できますよね。」

おどけたように肩をすくめたが、全く笑えもしない話だった。

「…それは、今回の雪崩はウルサーン側が意図的に引き起こしたと?」

「さぁ。そこまでは。ただ、さっき言ってましたよね。どこの入れ知恵か知らないけど、武力で解決できるとか言った阿呆がいたって。」

「言いましたね。…アリアさんが捕まる前の話ですが、北の山脈に兵を派遣したのもそれが原因ですね。魔術だとか、霊だとか、そう言ったたぐいのものを研究しているらしい人物の発案だったと思いますが。まぁ、根拠などどこにあるかも分からないどころか本人が怪しさ炸裂ですがね。」

「もし…その人にウルサーンの息がかかってたとしたら…どうですかね。」

「それは…ウルサーンは氷の一族の存在を…というか、まさか、かつて氷の一族と協定を結んだ王国と言うのは…! 」

はっとしたようにハインツが息を飲む。これほどハインツが感情を露わにするのは珍しかった。

「たぶん。ここ最近で気が付いたんだけど。私達が人間と違う所っていうのは意外と多かったみたいです。」

「例えば、身体能力なんかだけではなく、寿命、とか?」

ハインツは耳の辺りの髪をすきながら、さりげなくアリアを見る。

「…鋭いですね。あと、ウルサーンの国王は私たちの存在は知ってます。というか、私と会ったことあるんですよね。」

困ったように耳飾りをアリアは触った。子供のころからずっとそこにあった感触。

「それを今言いますか…。」

「仕方ないじゃないですか。会ったのは向こうが子供の頃ですし。」

「それは…随分と、また。」

ハインツは唇の端を釣り上げてみせた。

「それはもういいでしょう。で、どうなんです?」

ハインツの笑顔から顔を背けてアリアは先を促した。

「ああ、そうですね。ウルサーンの国王がどうとかはこっちの話です。で、本題ですが…。」

ハインツは地図を脇に寄せて一枚の書類と外套を取り出した。

「そのウルサーン国境の大軍の件なのですが。国王があんな状態ですので王子たちが裁量したのですが、国がこんな状態ですから全く手を出せる状態ではないわけです。そこで王族の一人を使者に立てて和平の道を探る…という建前で彼等にとって目障りなシグを放り出して一時膠着状態を作り出そうとしたようです。体の良い人質ですが。」

「それで本当にウルサーンは手を出してこないんです?」

「分かりません。それが2日前の話です。正直身びいきなんかも抜きにしてシグは強いですからね。はっきり言ってこの国の最後の将と言ってもいいでしょう。それくらいこの国は軍備をシグに依存しています。それを知った上でウルサーンはシグを人質に取ることで一時停戦を飲んだんでしょうし、まぁ、上の王子たちとウルサーンの国王が密約でもしたんだと思いますが。それと、シグを人質にとったことに対する反応を警戒して今は動いていないというのもあるでしょうし。」

「なるほど。」

「で、あなたにはシグ助けに行ってもらいたいんですが。」

「今回は私ちゃんと話聞いてますよ。」

「いえ、冗談ではなく。」

「さっきシグを人質にする事と交換条件でウルサーンが停戦を飲んでいるって言いませんでした?」

アリアが眉を寄せたが、ハインツは気にする様子もない。

「そうですが。」

「何言ってるんです?」

アリアは頭を抱えた。

「それは私の想像にすぎないでしょう? 一応正当な使者と言う名目ですから、別に帰ってきたっていいでしょう。」

「そうかもしれないですけど。」

「まぁ、あなたの危惧は分かります。ということであなたの出番です。」

「はぁ。」

そこでハインツは書類を取り上げた。

「これ…アリアさんが遊撃隊に所属するという書類で合ってますね? 」

シグルーンとであった頃…アリアが署名したその紙だった。

アリアはこっくりと頷いた。

「ではこれを…」

あっさりとハインツはその紙を2つに裂いた。

「え、ちょ…。」

「最初はアリアさんの身柄を我々で押さえておくために用意したのですが。もう必要ないですし、そもそもどこにも出してないですしね。…さて、これであなたはアレストリアとは何の関係もない。」

ハインツは良い笑顔だった。

「うわぁ…。」

アリアはげんなりした。

「さらに人間ですらないので完全な第3者です。」

「で、それ着て行けばいいんです?っていうかそんなのでいいんですか?」

「知らぬ存ぜぬで暫くでも持てばいいんですよ。後の準備はしてありますし。」

ハインツから受け取った外套は光沢のある黒で小柄なアリアが羽織るとくるぶし近くまで裾があった。そして、背には剣と盾に戦女神の横顔をあしらったヴァルキリーの紋章が大きく抜かれていた。

「シグにあったら渡してください。それまではあなたが着ていると効果絶大です。」

「何でです?」

「ヴァルキリーの紋章を背負った女性が一人で大軍に挑むんです。伝説そのままですから。戦女神の。」

アリアは目に見えて慌てた。

「ちょっと待って。今一人でって言った?ねえ?」

「言いましたが。」

ハインツは平然としている

「大軍って言いましたよね?」

「そうです。まあ、夜闇の乗じてヴァルキリーで威嚇しつつあなたの腕ならまっすぐ行けばシグまでたどり着けるでしょう。そこからは2人でなら全く問題ないと思いますが。」

「無茶苦茶だ!」

「あ、シグを回収したらそのままウルサーンの方に逃げてください。普通はアレストリアに戻ろうとするでしょうから、ウルサーンの方に逃げるのはもう少し簡単だと思います。それと、そっちに逃げて貰えればアレストリアとしても弁明がしやすいですし。」

ハインツはさっぱり話を聞かない。

「…拒否権はなさそうですね…。」

「いえ、別に断っていただいても構いませんよ。多分シグは帰ってこないですが。多分この王都は陥落するでしょうけど。」

「脅迫って知ってます?」

今度は別の地図をハインツは取り出した。

「シグは多分この辺ですね…。一応偵察した感じ間違いなさそうです。」

国境線の詳細な地図をこつこつと指先で叩く。

「ならハインツさんが逝ったらいいんじゃないですか?…分かってますよ。行きますよ。」

「いえ、別に…。」

「行かせていただきます。喜んで。」

がっくりとアリアが肩を落とすと、ハインツは書類をすべてシグルーンの引き出しにしまって、引き出しに鍵をかけて立ち上がった。

「では、行きますか。」

鍵を開けて長い廊下を歩き出す。アリアも漆黒の外套に腕を通すとその後ろに続いた。

明け方の白光のを受けてアリアの髪が煌めいた。

暫くして城の裏門に着いた。

途中で何度か兵卒に声を掛けられかけたが、ハインツがいるのを見て皆黙って引き下がった。

「あ、そうだ。どこかに水場ないです?髪が斑なのちょっとあれなんですけど。」

一度外套を置いてアリアは立ち上がった。

「ああ、それなら向こうで。私はこっちで馬の準備をしてるので。馬、乗れますよね?」

「え、乗れませんよ。」

そんなの雪山にはいませんとアリアが言ってもハインツには通じない。

「乗ってください。」

笑顔の圧力はルイーゼだけでなくハインツも使えるようだ。

「はい…。」

とぼとぼとアリアが水場に向かう間にハインツは厩から馬を二頭引き出し、一頭だけを裏門まで引いて行った。

ほどなくしてアリアが水滴を落としながら戻ってきた。

「あ、一つお願いがあるんですけど。」

「なんです?」

「私が町でお世話になった家があるのでこっそりお礼しといてください。」

「誰です、それ。」

「マリアっていうちょっと背の高めの可愛い子がいるうちです。」

少し考え込んだ後、ああ…と呟いて返事をした。

「…分かりました。」

「分かったんです?」

今ので?とアリアは目を丸くした。

「ええ、まぁ、知り合いです。」

「じゃ、よろしくお願いします。…私どこに行けばいいんですか?」

とうとうハインツも空を仰いで溜息をついた。

「…。馬に乗ってたら着きます。」

「ぐっだぐだですね。」

馬によじ登りながら朗らかに笑った。

「そんなものです。では、今夜よろしくお願いします。」

「分かりました。では。」

漆黒の外套と、煌めく銀髪をなびかせ、瞳と同じ色の陽が昇る中、アリアは戦場へと向かう。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

アリア : 音楽の表現方法のひとつで詠唱です。

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