6-1
「お前ら…昼間からよく飲めるな、そんなに。…着く前に酒だけ全部なくなるな。」
船の船底近い一室。船の中では一番広いが、さすがに隊員のほとんどが集まって酒盛りをするとなると少々手狭だった。だがいかに昼間から酒盛りをするような連中でも灰色の寒空の下、甲板でやろうとは思わなかったようだ。そここに酒瓶や、賭け事でもしたのだろうか、カードや牌、果ては硬貨まで転がっていた。
「隊長も飲みましょうよー。」
入口から半身だけ覗かせているシグルーンに赤ら顔の隊員が声をかける。
「あのなぁ…毎度毎度いらん所で酔いつぶれてるお前らをルイーゼの目の届かん所に捨てに行ってるのは誰だと思ってるんだよ…。」
シグル-ンは大仰に肩をすくめて見せた。
「ああ!それでいつも見覚えのない所で目が覚めると…。」
「いや、それは違うだろ。」
「酔っ払いはみんなそうだろ…。」
ひょい、と隊員の一人が酒瓶を持ち上げてシグルーンの方に振った。
「で?我が隊の期待の新人、アリア、いないんですか?」
「おぅ、シグ。隠し立てするとためになんねーぞ?うはははは!」
「うるせーな。アリアは寝だめするって言ってたから船に乗ってる間は出てこんぞ。」
露骨に酔っ払いががっかりした。
「ええー?」
「ありえねぇ…。」
「俺ら何のために来たんだと思ってんだ!」
「遠征だよ…。あ、それとルイーゼもこもるって言ってたぞ。」
「あーそーですかー。ルイーゼはどっちでもいいっす。」
ジャックは酒瓶をしっかり抱えていた。
「お前そうは言うけど、ルイーゼ滅茶苦茶美人だぜ?」
「そうそう。あいつの店、あいつ目当てで来る客が一番多いらしいじゃねえか?」
「そうかもしれねぇけどー。性格!アリアちゃん見てみろよー。なんかこう…もっと…な?」
「誰の性格がどうって?」
シグルーンの後ろから不意に金髪が顔をのぞかせた。美しい顔なだけに逆に怖い。
「うげっ!?」
ジャックが慌てて後ろを向いた。
「なによ、うげって?」
「いえ。すみませんでした。」
「ルイーゼ、こもるって言ってなかったか?」
「そのつもりだったけどぉ、酒、飲んでるみたいだから。」
「何でだよっ!!」
「どうぞどうぞ姐さん。」
あっさりとジャックを裏切った酔っ払いがルイーゼに酒を勧める。
「あら、ありがと。気が利くじゃなぁい?」
「ああああ!」
ジャックはルイーゼが横に座ったのを見て叫んだ。
「なぁによ?」
「なんでもありません。…どうしてアリアちゃんじゃなくて姐さん…?」
「まあいいじゃねぇか。華やかになったじゃねえか?」
「何か…こう、ねぇ…姐さんはあんまり変わんねえんだよ!こいつらと!ヴァルキュリア隊臭がするんだよ!」
酒瓶を振り回しながらジャックが力説する。
「なんだよ…それ。お前相当酔ってねぇ?」
ジャックの酒瓶をよけながらうんざりしたように横の男が言った。
「なんていうかっ!初々しいんだよ!…んでさぁ、なんでこの隊来たのか聞いたんだけどよぉ…。」
ジャックが言い終わる前にシグルーンがジャックに詰め寄った。
「っ!おまえっ!聞いたのかっ?」
ジャックの襟元をつかんで揺さぶる。
「どうしたんだよ?聞いたぜ?昨日暇っぽかったんで―。」
相変わらず赤い顔でへらへらとジャックは続けた。
「最低ね。ここの奴はそんなこと聞かれたくない奴らばっかりじゃない。」
大きく酒をあおっていたルイーゼが切り捨てた。
「はぁー?ちゃんといったぜ?嫌だったら別に答えなくていいからーって?」
あ?とジャックはシグルーンに襟元を締め上げられたままでルイーゼに食って掛かった。
「おい、ちょっとこっち来い。」
シグル-ンは立ち上がるとジャックを半ば引きずるようにして船室から出た。
「え?」
ジャックは目を瞬いている。
「なんて答えた?」
廊下の冷たい壁にジャックを押し付けるとシグルーンは叩き付けるように尋ねた。
「いや?普通に隊長に牢から出してもらうのと交換条件でって。俺と同じじゃね?」
「…それだけか、聞いたのは?」
「…あと、なんで牢に入ってたのかも聞いたけどよ。」
「…何て、答えて、いた?」
シグルーンの頬に一筋、汗が伝う。
「どうしたんだ?隊長。」
「いいからっ!」
「ああ、うん。いや、別にってわけじゃないんだけどな、記憶ないって言ってた、ぜ?」
「はぁ?」
シグルーンは毒気を抜かれたようだった。
「そのままだよ。なんか、いつも通りに雪の上歩いてたところまでは覚えてるらしいんだが、そこから足滑らして滑落した時に頭打って、それで、気が付いたら牢だった、って。」
「…わかった。すまんかったな。」
シグルーンはジャックの襟元から手を放し、はぁぁぁ、と溜息をついた。
「はぁ。」
シグルーンはさっさとジャックを連れて酒盛りをしている船室に戻ると、扉を大きく開けて言った。
「おい、こいつ、潰していいぜ!」
「はぁ?!」
ジャックが目を剥く。
「どしたの?」
立ち上がったルイーゼが小声でささやいた。
「いや、なんでも。」
シグルーンも踵を返す。
「そ。」
ルイーゼは目をすがめて、唇を笑みの形にすると、そのまま酒瓶を何本か抱えて出ていった。一人、廊下に残されたシグルーンはまた、大きなため息をついた。