継がれる影
あの夜から三日。カリギュラの姿は消えた。
だが、消えていないものがある。黒斗の影だ。
濃度が安定しない。出そうとすれば滲み、抑えようとすれば暴れる。
「……なんだよ、これ」
足元の黒が波打つ。
ミオが静かに言う。
「影の芯が揺れてる」
「芯?」
「カリギュラの影に触れたせい」
黒斗は舌打ちした。
「じゃあどうすんだよ」
少しの沈黙。
「整えられる人がいる」
黒斗が顔を上げる。
「私の師匠。父さんを知ってる人」
その一言で、呼吸が止まった。
「……行く」
迷いはなかった。
翌日。
山の奥は静まり返っていた。
風も鳥もいない。ただ黒斗の足元だけがざわついている。
「ほんとにいるのか?」
「いる。気配を消せない人」
ミオが足を止める。
「ここ」
何もない空間。
次の瞬間、背後から殺気が走る。
振り向くより早く拳が来た。衝撃。背中が地面に叩きつけられる。
「……なぜその影を持っている」
低い声。
黒斗を見下ろす男は痩せているが隙がない。視線は黒斗の足元へ。
揺れる黒。形を持ちきれない影。
男の息が止まる。
「その構造……」
指先が、わずかに震えた。
沈黙。
風が一瞬だけ吹く。
「……あの人の影だ」
黒斗が睨む。
「誰だよ」
男はゆっくりと視線を上げる。
「俺の師匠だ」
間。
「お前の親父は、俺の師匠だった」
空気が、わずかに重くなる。
「親父は死んだ」
黒斗の声は低い。
「記録上はな」
男は吐き捨てる。
「強かった。誰よりも影を理解していた。だが焦った」
視線が遠くなる。
「カリギュラを止めると決め、俺を置いて一人でな」
黒斗の拳が震える。
「なんで止めなかった」
「止めた」
即答だった。
「だが俺は未熟だった。俺がもっと強ければ、あの人は死ななかった」
沈黙が落ちる。
男が言う。
「影、出してみろ」
黒斗の足元に黒が滲む。揺らぎ、形を保てない。
男は目を細める。
「質は同じだ。だが薄い」
一歩、近づく。
「その型は偶然では出ない。血が継いだのか、それとも……」
言葉を切る。
「確かめる。今のままでは同じ結末になる」
黒斗が睨み返す。
「器とか言うなよ。俺は俺だ」
男の口元がわずかに歪む。
「……そう言った。あの人もな」
去り際、低い声が落ちる。
「本当に死んだのなら、だがな」
黒斗の影が、わずかに濃く揺れた。




