(2)ポルトカリウ城
〝毎回、オークションの会場は趣向を凝らしたものになっております。これまでは孤島の楽園、属領煙花の近代型土楼、広大な地下型施設など……今回は、遺失文明時代の残存物を利用しております。名前は――〟
「ポルトカリウ城、ね……」
車内で案内人が告げた城の名を、ユリアナは小声で繰り返した。
正確な所在地こそ不明だが、属領ワラキア内にあるのは間違いない――鬱蒼と茂る森に囲まれた古城の荘厳なたたずまいを、橋の前からまじまじと見上げる。
岩を積んだ円筒型の主塔には円錐型の屋根を戴き、それを中心として複数の尖塔を伴った構造は帝国建築とはまったく異なるものだ。遺失文明時代の残存物であるというのも事実のようだ。
「驚いたわ。こんなところが会場だなんて、想像もしていなかったもの……ねえ、クラエス。あなたもそう思――」
同意を求めて、ユリアナは背後のクラエスを振り返った。
そして目を瞠る。車両を出てから一言も喋らないと思えば、彼は両手で大切に抱えたものを前に、深く項垂れているのだった。
「……ど、どうしたの?」
白金色の睫毛を伏せ、クラエスは力なく頭を振る。蒼ざめた肌と憂いに満ちた表情は、その端正な面差しに艶美ささえ添えていた。
「私のミナが……」
「ミナ? ああ……そのクマちゃんの名前ね」
そう返して、思わずユリアナは脱力する。何を落ち込んでいるのかと思えば――
クラエスの手には、満身創痍のクマのぬいぐるみがあった。ふわふわとした金色の毛に覆われたお腹はざっくりと裂かれ、中の綿が溢れている。黒いガラス製のつぶらな瞳も心なしか虚ろだ。――セキュリティチェックの際、むりやり中身を検められてしまった結果だった。
(武器か何か隠しているんじゃないかと疑われたのよね……。まあ、クラエスに疑いが向いたおかげで私は難を逃れたわけだけど)
肩を落とし、いつになく悄気た様子のクラエスを前に、さすがのユリアナもかける言葉は選ばざるを得ない。
「その、元気出しなさいよ。――ね?」
「……家に帰ったら縫合手術をします。それまでは我慢していてくださいね、ミナ……」
クラエスは小声でぬいぐるみに話しかけると、裂かれた腹をハンカチで押さえて鞄の中に仕舞った。そして気を取り直したように顔を上げると、「武器も取り上げられてしまったので、いざというときに困りますね」と肩を竦めてみせた。――その表情も、どことなく浮かないままだったが。
◇ ◇ ◇
徒歩で長い跳ね橋を渡ると、ユリアナの背丈の何倍もありそうな門扉が待ち構えていた。周囲には実弾入りの銃を装備した、複数の警備兵の姿がある。
そこで招待状の確認と二度目のセキュリティチェックを済ませ、ようやくふたりは城壁の内側へと招かれたのだった。
「湖に薔薇園に迷路? いろんなものがあるのね……。あ、宝物庫もあるわ。見学可能ですって」
入城の際に手渡された見取り図を覗き込んで、ユリアナは興味深そうに言った。敷地内のあちこちに機関銃を持った兵士が見受けられる一方で、ポルトカリウ城は観光地さながらの充実ぶりである。
「旧い時代の城を、その後に観光地化したもののようですね。遺失文明期を経て荒廃していたものを、誰かが買い取って整備したんじゃないでしょうか。クイーンズランドにも似たような城がありますが、ほとんど帝国に接収されてしまったので、一般の人の手に渡るのは珍しいですね」
ようやく復活したらしいクラエスが、高い尖塔の屋根を見上げて言った。
「ふうん……。遺構とは違うのね――遺跡と言うべきかしら? それにしても、思ったより楽しそうだわ。オークション自体は夜中に開催されるし、部屋に荷物を置いたら散策しましょうよ」
「……それはかまいませんけど……。あまり油断はしないでください。ここは帝国の統治を離れた場所と言っても過言ではありません。何があるか分かったもんじゃないですよ」
わかってるわよ、とユリアナは唇を尖らせる。
ひとまずは宣言通りに、マップを手に宿泊用の部屋がある主塔を目指し始めたところで、どこからかエンジン音が聞こえた。
ユリアナは思わず足を止めた。その方角へと視線を向ければ、軍用トラックがちょうど跳ね橋を渡り終え、王城の敷地へと入るところだった。
「……何でここに軍用トラックが?」
塗装されたコンテナの表面では、剥がれかけた正規軍の紋章が太陽光を照り返している。しかし先を行くクラエスに呼ばれると、慌てて彼のもとへと歩み寄ったのだった。
用意された部屋は、主塔の上階に位置していた。
「このカードが鍵代わりなのね」
入城時に招待状と交換した、薔薇の模様を刻印した白いカードを扉に翳す。間もなく鍵が開く音がして、ユリアナは部屋のなかに足を踏み入れた。
ふわりと上品なアロマの香りが鼻をくすぐる。予想していた以上に広々とした空間だった。応接間や浴室、寝室などが続き部屋となっており、古城の内装に合わせてそれぞれがアンティークの調度品で統一されていた。
「――天蓋付きのベッドだわ。ひとつしかないけれど」
最奥に位置する寝室を覗きこんで、ユリアナは応接間のクラエスを振り返った。
「よかったですね。私はこちらのソファベッドで寝るので、ご自由にお使いください」
応接間の長椅子にふたり分の荷物を置いて、クラエスは肩を竦めた。
ふうん、とユリアナはうなずいた。彼が荷解きを始めたのを確認すると、靴を脱いで寝台の上に飛び乗る。キングサイズのベッドは天蓋から落ちる白い紗幕で四方を覆われ、綿の入った厚手の枕やクッションが複数置かれていた。
そのひとつに頭を預けて、「雲の上にいるみたいだわ……」と天井を見上げてつぶやいたユリアナは、今度はマットレスの感触を味わおうとごろごろと敷布の上を転がった。寝台は、どこまで転がっても果てがないくらいに大きい。
「いままで寝た中で最高のベッドだわ。マットレスはラテックス製ね……」
「……何やってるんですか」
突然、近くから響いたクラエスの声――そしてベッドを覆う紗幕が引かれる音に、ユリアナは弾かれたように上体を起こした。
「な、何でもないわよ! 入るなら一言かけなさいよ、もう!」
紗幕の隙間から顔を覗かせたクラエスに対し、ユリアナは頬を紅潮させて叫んだ。捲れかけていたスカートの裾を慌てて直し、行儀よく座り直す。そして肩を竦めたクラエスを睨むと、小さな声で付け足したのだった。
「……でもまあ、このベッド……ずいぶん広いから、あなたに半分貸してあげてもいいわ」
スカートの裾をぎゅっと握りしめて言えば、間髪入れず、「結構です」と返された。
「……もう何度も一緒に寝た仲じゃない、ケチ」
「誤解を招くような言い方はやめてください。それより、応接間に荷物が届いてましたよ」
その言葉に、ユリアナはようやくクラエスが複数の箱を抱えていることに気が付いた。
「荷物?」
「貴方のお義父様から。貴方宛のものと、私宛のものが」
クラエスから二種類の化粧箱を渡される。
片方はずっしりとした重みがあり、もう片方は比較的軽い。
不審に思いつつ、まずは白いリボンをかけた軽い箱に手をかける。――中に入っていたのは、一着のドレスと靴、そして装飾品だった。
「ああ……そういえば。連絡をとったときに、服を贈ると言っていたわね。オークションは正装必須だから」
すっかり忘れていたわ、とユリアナはもうひとつの箱に目を向ける。だったら、この箱の中身は? クラエスの分は彼宛の箱に入っているだろう――そんなことを考えながら、化粧箱を飾る赤いリボンを外す。
興味があるのか、クラエスも箱の中身を覗きこんだ。
「……義足ですね」
――中に入っていたのは、一対の義足だった。
「これも正装のひとつってことかしら?」
ファランドール家の紋章が上部に刻印された、バイオニクス義足だ。
白く塗装された脚はまるで陶器のようで、深い青い色で緻密な蔦模様が描き込まれ、ところどころに青のスピネルが嵌めこまれている。《リエービチ》とは異なり――実用を度外視して、服飾の一環として「美しさ」をデザインした義足のようだった。
「きれいな足だわ」
よく観察しようとユリアナがその義足を持ち上げた拍子に、一枚のメッセージカードがひらりと寝台の下に落ちた。
それを拾い上げたクラエスが、文面に目を通し、途端ひどく渋い顔をする。
「……何て書いてあるの?」
「何も書いてありません」
「見え透いた嘘はやめなさいよ」
メッセージカードを取り戻そうとするユリアナに、クラエスは苦い表情のまま腕を掲げて抵抗した。寝台の上で立ち上がってカードを奪おうとすれば、その瞬間、クラエスがズボンのポケットに仕舞ってしまう。
「怪しいわ!」と叫んで、ユリアナは思わず地団駄を踏んだ。
「ひどいわ、何様のつもり!? 私宛のカードでしょう、せめて何が書いてあるのか教えなさいよ!」
「絶対に嫌です。それからその義足も履くのはやめてください」
「何でよ! 私のことに関してあなたに決定権があるとでも思ってるの!? 何でそんな意地悪をするのよ、バカバカバカ! クラエスの性悪!」
両手の拳を握って抗議する少女を無視して、クラエスは「これは没収しますので」と義足の入った箱を抱えた。
「その足があれば十分でしょう。――大好きなバラドのくれた足があればね」
「……何だか感じの悪い言い方だわ」
「普段の貴方に比べたらマシでしょう」
そう言って、早足でクラエスが寝室を出て行く。追いかけようとしてバランスを崩し、ユリアナは寝台から転がり落ちた。
「っ……もう!」
今履いているのはバイオニクス義足で、《リエービチ》のように本物の足のように機能するわけではない――加えて、今のユリアナはリハビリ真っ最中だ。
クラエスに速度を合わせてもらってゆっくり歩くことはできても、走ることは困難だ。早足のクラエスにも追いつくことはできない。
床に寝そべっているうちに、自分の手では届かない位置の棚に化粧箱を置かれてしまう。ユリアナはドンドンと床を拳で叩いた。
「クラエスのバカ! この恥知らず! 今度、ぜったいに仕返しするわよ……お気に入りのクマちゃんを誘拐して冷凍庫で氷漬けにしてやるんだから……」
「……聞こえてますよ」
隣の部屋から溜息が響いた。




