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かくして、少女は死と踊る 〜虐げられた少女は悪の道を歩む〜  作者: 八束
【急】第三章 燃えさかる鏑矢をつがえて
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(16)petit autre i

 クラエスが去ったのを確認し、私は扉に取りつけられた認証パネルに手をかざした。するとすかさず、かすかな機械音とともに扉が開いた。

 まず目に入ったのは、壁や床を侵食するに飽きたらず、巨大な繭のように膨れあがって室内を圧迫する糸の群れだった。一瞬、そのおぞましい姿にたじろぐ。

 しかし拳を握りしめると、足を踏み入れた。

 ――遺構第二〇二、中央制御室。

 視界をさえぎる黒い糸を払いながら進むと、唯一、その侵食の及んでいない場所に出た。これまでの閉塞感のある空間から解放され、吹き抜けとなった天井ははるか高みに据えられ、わずかな明かりが射していた。――想像していたような大型の装置や複雑な構造物はない。

 むしろ異様なくらい殺風景な空間。そこに、丸い壇だけが置かれていた。

 迷わず、その壇にむかって突き進んだ。

 壇上にはまず右足を乗せた――すると、それまで沈黙していた義足が、突然発光をはじめた。透明な金属の表面が、七色の光にきらめき――と同時に、足を載せた壇もまた、同じように一面が虹の輝きを帯びた。

 目を開けていられないほどの眩しさに、思わず顔を背ける。

 そのとき、周囲に立体映像《ホログラム》が立ち上がった。壇の上に立った私を取り囲むように、複数の操作盤が浮かんだのだ。

《―― |Здравствуйте《ごきげんよう》》

 と同時に、頭上から声が降りかかった。私が天井に目を向けると、ひとの形を成した立体映像《ホログラム》がふわふわと浮いていた。

 光の集合体に目を凝《こ》らす。三〇代か、あるいは四〇代に差しかかろうという年代の女性の立体映像だ。

 色褪せることのない金髪に、はしばみ色の瞳の容姿。――身覚えがあった。

 ――オレーシャ・セラヴィンスキーだ。

 私が見た写真よりも、すこしだけ老けた容貌。

 彼女の右足には虹色の《白鳥》が、そして左足には漆黒の《黒鳥》がそれぞれ装着され、宙を自由に泳いでいるようにみえる。

 すこし考えて、それから理解する。これは「ありえない未来」だと――オレーシャ・セスラヴィンスキーは骨肉腫で両足を切断後、さらに全身にガンが転移し、二〇代のうちに死去したと記録に残って居た。

 おそらくこれは、この遺構の――そして義足の開発者とされる、ルスラン・カドィロフの描いた、オレーシャの未来像なのだ。

「ロシア語はわからないわ」

 どこか無機質な瞳を見返し、私が言い放つ。するとオレーシャは宙でくるりと回って、《使用言語をアラビア語に切り替えます》と抑揚のない声で答えた。

《管理者ウルヤナ・ファランドール様、認証いたしました。ソヴィエト連邦国立アカデミー管轄研究所〝レベジーナェ・オーゼラ〟管理システムへようこそ。本日はヒジュラ暦***年、**月**日、断食月《ラマダン》です。次の礼拝時刻まで後二時間二一分一〇秒……天気は晴天》

 オレーシャは両目を細めてほほ笑んだ。美しい笑みだ。

 抑揚のない声や時折のぞく不自然な表情を除けば、「生きている」と錯覚するような姿。ルスラン・カドィロフは何を考えて、この遺構の中枢機能――人工知能に《オレ―シャ》と名付け、その姿を与えたのか。二〇〇年以上昔の人間に、私は問いかける術《すべ》を持たない。

 ――ふと、頭の片隅にエレノアが浮かんだ。

 この国は祈る神を持たない、と彼女は言った。

 それに近いことだろうか、と思う。死んでしまった人、どこかへ消えてしまった人の不在を、私たちはどうすることもできない。時間の経過とともに見過ごすことはできるようになっても、「その人がいない」という厳然たる事実は変わらない。

 私はゆっくりと息を吸った。私がここにいる理由は、いくつか存在する。ウルヤナを探すこと。そして、ウルヤナから継承したこの右足を――彼の思惑どおりに、使うこと。

 ――あの図書館《マクタバ》で、私は10年振りにウルヤナと再会をした。

 立体映像《ホログラム》の彼は、「私」に対して、義足を探せと言った。一〇年前の事故で失われた《リエービチ》を。ウルヤナから義足を託された陳鎮雨によって持ち出され、結果的に私へと移植されたが、その事実を、ウルヤナは知らない。

 知らないままに死んだのだ。

 本来、《リエービチ》は黒鳥の持ち主であり、遺構の管理者であるウルヤナにしか移植できず――赤の他人への移植を可能としたのが、陳鎮雨の研究だった。

 先ほどから絶えず脳に響く未知の「声」、そしてウルヤナとエレノアの話が、私にひとつの確信をもたらしていた。黒鳥には、微生物の上位種である《女王》の核が内臓されている。それを移植された人物が、微生物の頂点へと「なり代わる」のだ。

 これが生物兵器であり、微生物の完成形である《ドヴッジャイラ》の制御桿となる。と同時に、移植された段階で二本の義足は持ち主の「生体」同様の存在となる。これを移植する際の拒絶反応を排除したのが、陳鎮雨の研究と技術だったのだ。――おそらくは。

 では、白鳥とは何だったのか。遺構の認証システムの役割を果たすというのならば、もっと別の存在でもよかったはずだ。

 思うに、ふたつの義足――そしてこの遺構そのものが、両足を失ったオレーシャの遺物であり、彼が弔うための墓だったのではないか。

 プリマであった彼女へと捧げられた、美しい足。自由自在に操ることの足。――踊るための足。

 結局、彼女はそれを身に付けることなく死んだ。ルスラン・カドィロフと彼女の関係性を私は知らないが、魔術的と言われるほどの足を捧げるための熱意を燃やすほど、特別な思い入れがあったのだ。

 だからこそ、彼は自分の無念を晴らすため、この場所に彼女をよみがえらせた。そしてこの足を履かせた。――人工知能《オレーシャ》として。

「攻撃衛星を破壊するにはどうしたらいいの? マニュアルがあったら出して」

 部屋そのものが小刻みに振動するのを感じながら、私はオレーシャの立体映像《ホログラム》に問いかけた。

 すると彼女は白い瞼を伏せ、《質問事項を検索します》とつぶやいた。

《――破壊は不可能ですが、攻撃衛星を墓場軌道に乗せ、未来永劫にアクセス不可とすることであれば可能です。同時に、私を破壊してください。なぜならば、私が衛星の操縦桿の役割を果たしているからです。なお、これらの行為を完遂するためには、所定のコードを入力する必要があります》

「――所定のコード、ね」

 入力するわ、と私は迷わず答えた。

 オレーシャは瞬きひとつして、《それでは》とうなずいた。彼女が腕をかざすと、立体映像《ホログラム》のキーボードが正面に現れた。

 それを目にしたとき、ひどく緊張して、顔がこわばるのがわかった。

 バラドから手渡されたマイクロチップに内蔵されていたコードは、何千桁にも及ぶ数字の羅列だ。一文字も間違えることはできない。

 クラエスに指摘されるまでもなく、私は自分が臆病で、弱気な一面を持った人間であることを知っている。キーボードへと添えた指先もみっともなく震えている。

 ――けれども。

 一〇年前、ウルヤナは《試行》がこれからも続いていくと言った。そのために、彼の「すべて」が私に継承された。世界中の遺構やファランドール家の関連施設、帝国の情報管理システムに刻まれた彼の権限は、私の権限へと書き換えられた。私は知らず知らずのうちに彼の権限を得て、トラウゴット・ファランドールはその事実を知っていたからこそ、私(・)に(・)目(・)を(・)か(・)け(・)た(・)。

 それだけではない。

 たえず頭のなかに響く「声」が、私に語りかける。ウルヤナ・ファランドールという今はもういない人の記憶と知識が、肉体という枠を越え、微生物の意識のなかに融け出し――私のなかへと流入していた。まるで、彼のすべてを私という一個人に継承せんと言わんとばかりに。

 ――最初のキーを押す。それからは流れるように。

 きっとこの遺構を出るとき、私を取り巻く世界は一変している。

 ウルヤナからすべてを与えられ、そして彼の意図しないところで片足を失い、私は《リエービチ》を継承した。きっと最初から、運命はさだまっていたのだ。

 ――ファランドール。ウルヤナの代わりに、その名を継承する。

 その業と原罪によって、私は生かされてきたのだから。

 これは、そのための一歩なのだ。

《コードを確認いたしました。攻撃衛星はこれより墓場軌道へと移行をいたします。そして私は少々の眠りにつくことになるようです。長年のご利用、ありがとうございました。

 さようなら(ビッサラーマ)、ウルヤナ・ファランドール様。

 ――そしてルスラン》

 最後は、機械音とは思えないほどやわらかな声音で、オレーシャは言った。

 周囲を覆う光が消滅し、オレーシャのすがたも見えなくなると、沈黙が訪れた。

 私は一度、長い息を吐いた。脱力したところで、周囲の地震が収まるどころか、より一層激しさを増していることに気が付いた。

 攻撃衛星を停止させるだけでは、問題は片付かないようだ。

 私は「声」が聞こえる方向へと目を向けた。

 黒い糸の侵食は留まるところを知らない。その糸が複雑に絡まり合い、ひとつの球体になっている場所があった。「声」に導かれるまま、その球体へと腕を伸ばし――糸に触れた瞬間、バランスを崩した。

 糸の中へと倒れ込んだ私は、そのまま「落下した」。

 糸の底はひとつの穴であり、地下シェルターへの入り口が侵食されたものであると気が付いたのは、真っ逆さまに落ちたあとのことだった。たゆむ糸に受け止められた私は、慌てて視界を遮る糸を腕で薙ぎ払った。

 周囲を見回し、そして目を瞠《みは》った。

「…………っ」

 私の真横に、骸骨が落ちていた。

 おそらくは成人男性の――それも、新しいものではない。

 思わず目を逸らし、早鐘を打つ胸を押さえる。息を整えてから、ゆっくりと、再度それに目を向けた。

 両足の骨が欠損していた。

 たぶん、ウルヤナではない。彼が切断したのは左足だけのはずだ。

 それでは、誰なのか? 

 ゆらゆらと揺れる黒い糸は周辺を覆い尽くし、ひとつのトンネルとなっていた。おそるおそる、その空洞を進んでいった先に、その答えがあった。

「――ウルヤナ」

 目を見開く。

 シェルターの奥地には、巨大な装置。そしてそこから伸びた複数の管に繋がれ、酸素マスクを身につけたウルヤナの姿があった。一目見て彼であると理解しつつも、それ以上、直視することはできなかった。あまりに見るに耐えない状態だったのだ。

 ピッ、ピッ、と小さな電子音が響く。装置の周囲に浮かんだ立体映像《ホログラフィ》は彼のバイタルサインを記録しつづけている。

 ――「生きている」。

 予想外のことだった。

 彼は一〇年間に渡って、こ(・)の(・)場(・)所(・)で(・)生(・)き(・)て(・)い(・)た(・)の(・)だ(・)。(・)

 遺構の管理者として。

 おそらく彼の背後にあるものは、生命維持装置であり――骸骨の人物(先代の管理者)の代わりに、ウルヤナはあそこに繋がれた。たぶん、意識はない。

 図書館《マクタバ》の映像は、彼が「死ぬまで」の記録だったはずだ。その「死」とは精神の「死」だったのではないか。推測するに、現在の彼は脳死に近い状態で――その無同然の精神が、この遺構に棲みついた微生物の無意識下に取り込まれてしまった。だから黒鳥は操縦桿としての役割を失ってしまい、彼の記憶と知識だけが、片割れの《リエービチ》を身につける私へと流れ込んでいる。

「……ウルヤナ」

 きつく目を閉じる。両手の拳を握りしめ、奥歯を噛みしめる。

 私は顔を上げ、彼の姿を視界に入れた。意を決し、歩み寄る。

 そのときだった。

 それまで断続的に続いていた地震が、突如、突き上げるような深い揺れに変わった。視界が上下左右に揺さぶられ、立っていることもままならない。

 揺れは収まる気配がなく、私は床にすがりつきながら、それを耐え忍ぼうとした。何かがくずれ落ちる音に気が付いたのは、次の瞬間だった。

 逃げる暇もなく、落下してくる装置を呆然と見上げる。

「声」が忽然と消える。私は自分に覆いかぶさろうとする影をみつめ。そして。


 ――反響音。



 ◆


「――ナ、ユリアナ……」

 懐かしい声に、薄らと目を開けた。

 倒れ込んだ私の前に、誰かが屈み込んでいた。

「……バラド……?」

 名を呼べば、彼がホッと息をつく。大きな手のひらで私の頭を撫で、「大丈夫だから」と小さな声で続けた。

「何も心配することはない……だから……」

 ひどく切迫した声だった。彼らしくなく、震えている。

 いったい、何が大丈夫だというのだろう。私は白く霞む視界のなかで、ゆっくりと頭《かぶり》を振った。

「……だめよ」

 痛みは感じなかった。というより、感覚がなかった。


「――私の左足、潰れたみたい」

 

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