169 不穏な足音
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望んでいた薬草との邂逅が済むと、次に出てきたのは立派な鮑だった。
これは、いつか聞いた干し鮑を戻して煮付けた物だろうか?
干し鮑はかなり高価な物だ。
正直、一生口にすることなんてないと思っていた。
それが正に今目の前にある。
一体どんな味がするんだろう?
ワクワクしながらナイフを入れると、思っていたよりも抵抗なく切ることができた。
鮑というと硬いイメージがあったのだけど、全然柔らかい。
絡めたソースも味わい深く、美味しさに思わず口が緩む。
そうして食べ進めている間にも、隣では冬虫夏草の話題が続いていた。
「虫に寄生するということは、この料理に使われている物以外の種類もあるのでしょうか?」
「はい。寄生する虫の種類によって、種類が分けられています」
魔法抵抗が上がる効果があるということで、原料となった冬虫夏草に興味を覚えたらしい。
師団長様は、テンユウ殿下に冬虫夏草について根掘り葉掘り聞いていた。
「他の種類の物も料理に使われるのですか?」
「全てではありませんが、幾つかはあります」
「そうですか。他の種類の物も鑑定してみたいですね」
冬虫夏草は今日食べた物以外にも種類があるらしい。
師団長様が鑑定したいって言ってるけど、何か気になることでもあるんだろうか?
って、少し考えたら分かる話だ。
他の種類の冬虫夏草を使った料理にも魔法に関する効果があるかどうかを知りたいのだろう。
「何か気になることでもありましたか?」
「えぇ。他の種類の冬虫夏草にも魔法抵抗の効果があるのかと気になりまして」
想像通り、魔法に関する効果があるかどうかを知りたいってことだけど、魔法抵抗に限定するのは何か考えがあるのかしら?
「討伐の際に気付いたのですが、ザイデラの魔物は魔法抵抗が高いようで」
あれ? 話が飛んだ。
まぁ、いいか。
思い返せば、討伐後の反省会でそんな話が出た覚えがある。
魔物の魔法抵抗が高かったのがどうかしたんだろうか?
「もしザイデラの魔物、ひいてはザイデラで育つ生物の魔法抵抗が高いのであれば、それらに寄生して育つ茸はその特性を引き継いでいるのではないかと考えたのです」
なるほど?
素になった虫の魔法抵抗の高さを冬虫夏草が引き継いでいて、更にその冬虫夏草を使った料理は魔法抵抗が上がる効果があったのではないかと考えた訳だ。
ありえそうな話ではある。
ポーションと原料になる薬草にも、師団長様が言うような相関があったりするしね。
料理にもそういう相関があってもおかしくはない。
「ところで、皇都周辺以外の魔物も魔法抵抗が高いのでしょうか?」
「申し訳ありません。我が国の魔物の魔法抵抗が高いということも今初めて知ったことでして、分かりかねます」
魔物の魔法抵抗が高いという話は、テンユウ殿下も初めて聞いたようだ。
知らないってことは、今まで気にならなかったってことだろうか?
ということは、ザイデラの人達にとって、この間討伐した魔物の魔法抵抗の高さは一般的なのかもしれない。
「そうですか。今回の討伐で倒した魔物だけでは標本数が少ないですし、判断が難しいですね」
テンユウ殿下の回答に、師団長様は思案気な顔をした。
あれは、どうにかして他の地域の魔物について調べられないかと考えている顔だ。
ダメですよ。
ここは自国ではないんですから。
そんな自由に彼方此方へと出歩けませんからね。
やらなければいけないこともあるでしょう?
「今回の討伐ですが……」
気落ちしたような声に導かれてテンユウ殿下の方を見ると、テンユウ殿下は先程一瞬浮かべた、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「急にお誘いしてしまうことになり、本当に申し訳ありませんでした」
師団長様が討伐の話をしたからか、テンユウ殿下は再度討伐について触れた。
表情から判断するに、先程言い淀んだ言葉なのかもしれない。
お詫びの言葉を口にするテンユウ殿下は、しょんぼりという形容詞が当て嵌まるが如く、肩を落としていた。
少し置いて、カイル殿下が答えた。
「魔法開発のためとはいえ、元はこちらが【英雄】殿を無断で調べたことが発端です。寛大にもテンシャク殿下は許してくださり、【英雄】殿のことをより知ることができるよう機会を設けてくださった」
カイル殿下のコメントは、非常に好意的な解釈だ。
実際は、ここまで楽観視はしていない。
合同討伐のお誘いは、テンシャク殿下による一種の意趣返しだと考えている。
けれども、あまりにもテンユウ殿下が落ち込んでいるから、気を遣ったんだろう。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、少し気が軽くなります」
テンユウ殿下も気を遣われたことを感じたのか、眉は下がったままだったけど、口元に僅かに笑みを浮かべた。
「ただ、今回は折角参加していただいたのにもかかわらず、魔物もあまり出ず……。いえ、魔物が出ないのは悪いことではないのですが」
「私もそう報告を受けています。普段はもう少し多いのだとか?」
「はい。最近は狼型の魔物が増えていることもあり、あの場所が選ばれたと聞いていました」
魔物の数ね……。
魔物が出なかった原因に心当たりがあり過ぎることもあり、その話題はちょっと耳が痛い。
表情に出さないように気を付けているけど、口元が引き攣ってしまいそうだ。
「魔物の数が減ったのには何か原因があったのでしょうか?」
カイル殿下がズバリ切り出した。
殿下~~~~~っ!?
しれっと、何聞いちゃってるんですか!?
心の中で叫ぶ。
「何か原因があったという話は聞いていません。偶々ではないかという話です」
「そうですか」
しかし、テンユウ殿下というかザイデラ側では原因について思い当たることはなく、魔物があまり出なかったのは偶然だと見ているようだ。
原因を究明するなんて話が出ていないことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「恐れながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何でしょうか?」
「今回行った場所以外でも魔物は増えているのでしょうか?」
今まで黙って話を聞いていた団長さんがテンユウ殿下に声を掛けた。
他の地域の魔物が増えているか、か。
言われてみれば少し気になるかも。
「そう、ですね……。他でも増えてきたという噂を耳に挟んでいます」
団長さんの質問に対して、テンユウ殿下は少し考え込んだ後、答えた。
テンユウ殿下の管轄外のことなので詳しくは知らないらしいけど、皇都周辺以外の地域でも魔物が増えたという話がポツポツと出ているそうだ。
噂に上がっている地域はどこかの地域に集中しているということもなく、点在しているのだとか。
「へぇ……」
テンユウ殿下の答えを聞いて、師団長様が興味深そうに目を輝かせて小声で呟いた。
「それは大変なことですね」
反対に、団長さんは眉根を寄せて、無難な答えを返す。
何だか妙な反応だ。
団長さんから尋ねたにもかかわらず、深掘りしないのは何か理由があるんだろうか?
一体、何が気になったんだろう?
「はい。貴国と同じように我が国でも魔物の討伐は各地を治める領主が行っています」
団長さんの妙な素振りに反応することなく、テンユウ殿下は話を続けた。
テンユウ殿下曰く、各地を治める領主から魔物が増えたという話が聞こえてきているそうだ。
けれども、今のところは領主が抱えている兵士達だけで対応できているらしい。
「今後も魔物が増え続けるようであれば、何らかの対応が必要になるとは思うのですが……」
対応が必要だと口にするテンユウ殿下の表情は険しい。
こちらもこちらで、何やら問題があるよう。
果たして、このまま聞いていてもいいんだろうか?
不穏な気配を感じつつ、固唾を飲んでテンユウ殿下の次の言葉を待った。
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