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聖女の魔力は万能です  作者: 橘由華
第五章
204/204

舞台裏28 秘密

ブクマ&いいね&評価ありがとうございます!


本編163「断れないやつ」の後、テンシャク殿下が師団長様に会いに行った直後のお話です。

 一日の仕事を終え、自分の部屋に戻ってきたテンシャクの顔色が悪いことに老人は気が付いた。

 他の者が気付いた様子はない。

 幼い頃から見てきた老人だからこそ気付いた僅かな変化だ。


 他人に弱みを見せることは自身の破滅に繋がる。

 それが分かっている老人はいつも通りの態度を崩さず、お茶を用意し、テンシャクへと差し出した。

 他の者達が退室し、部屋の中にテンシャクと老人の二人になってから老人は口を開いた。



『お疲れ様でございました。いかがでございましたか?』



 スランタニア王国の宮廷魔道師団師団長であるユーリが皇宮内で魔法を使ったことをテンシャクに報告したのは老人だ。

 報告内容には使った魔法が鑑定魔法であることも含まれていた。

 現場にいたことから、【英雄】のショウユウに対して鑑定魔法を使ったのではないかと推測もしていた。

 しかし、その場には他にも多くの人がいたため、はっきりとはしなかった。

 老人はそのことが少々気に掛かっていた。


 

 『ショウユウに鑑定魔法が使われたのは間違いがなかった』



 はっきりと言葉にせずとも、長年の付き合いで意味は通じる。

 老人の問い掛けに対して、テンシャクは老人が聞きたかったことを返した。



『左様でございましたか。一体、何を鑑定されたので?』

『ショウユウ自身だ』

『自身でございますか?』



 テンシャクの言葉に老人は目を丸くした。

 ザイデラでは鑑定魔法は物に対して使う魔法だというのが常識で、人間に対して使われることはない。

 常識外の内容に、老人が驚くのも仕方のない話だった。

 事実、ユーリから直接話を聞いたテンシャクも表情には出さなかったが、内心では驚いていた。



『テンユウ殿下からは、そのようなお話は』

『聞いていないな』



 ユーリと会う前に、テンユウからも話を聞いたことを老人は知っていた。

 話した内容についてもテンシャクから聞いていたが、魔法で人物が鑑定できるという話は出なかった。

 念のため確認すると、テンシャクも聞いていないという。


 果たして、テンユウはこのことを知っていたのだろうか?

 テンユウと使節団の関係を鑑みれば、テンユウがあえて話さなかった可能性も否定できない。


 もっとも、疑問には思うが、ここで深堀する必要はなさそうに老人には思えた。

 テンユウはテンシャクの派閥に属しているという訳ではないが、敵対している訳でもない。

 どちらかといえば、第一皇子や第二皇子よりもテンシャク寄りである。

 ならば、今すぐに危険視する必要はないだろう。

 完全な味方ではないと注意すればいいだけだと考えを切り替えた。



『鑑定魔法で人物を鑑定した場合、何が分かるのでしょうか?』

『……ステータスが見られると言っていたな。自身で見るのと同様の内容を見ることができるようだ』

『それは……』



 老人の問い掛けにテンシャクは一瞬言い淀んだが、すぐにユーリから聞き取った内容を伝えた。

 話を聞いて、老人の眉間に皺が寄る。


 ステータスが確認できるということは、戦力の把握ができるということでもある。

 他国の人間が戦力を把握しようとするのは立派なスパイ行為だ。

 老人の表情が険しくなっても仕方がない。



『ドレヴェス様は何故ショウユウ様を鑑定なさったのでしょうか?』

『魔法を開発するためだと言っていたな』



 ユーリが魔法を使った動機を気にするのは自然な流れだ。

 老人の疑問に、テンシャクはユーリから聞いた話を伝える。

 盗まれた剣を下賜されたのが【英雄】だったので、今の【英雄】から何か開発の手掛かりが得られないかと思い調べたという話だ。



『ははあ。それで手掛かりは得られたのですか?』

『得られなかったと言っていた』

『それは残念なことで』



 まったく残念だとは思っていない風に老人は答える。

 魔法を開発される方がテンシャク達にとって面倒なことになるのだから、当然の態度だ。



『手掛かりが得られなかったということは、ショウユウ様のステータスは一般の者と変わらなかったということでしょうか?』

『……、どうだろう。鑑定魔法を人に使えるということに驚き、そちらは確認していなかった』

『おやまあ。これは殿下らしからぬことで』



 老人は珍しいこともあるものだと、殊更大袈裟に驚いてみせた。

 そんな老人を見て、テンシャクはばつが悪そうに眉を下げた。



『軍からの要求だが、ショウユウと討伐に行かないかと提案した』

『受けるでしょうな』

『あぁ。上と相談して回答するという話だが、恐らく飲むだろう』



 滅多にない失敗を老人に知られて居心地が悪かったのか、テンシャクは話題を変えた。

 軍からの要求というのは、ショウユウから要望されていたショウユウとユーリの模擬戦についてだ。

 皇宮内で許可なく、しかも軍の重鎮である【英雄】に対して魔法を行使したのであれば、それを理由にこちらの要求を飲ませることは難くない。

 テンシャクも老人もそう考えていた。


 模擬戦でなかったのは、共に討伐に行く方がユーリの実力を測れるのではないかとテンシャクが考えたからだ。

 ショウユウの実力はテンシャクも把握しており、そう簡単にユーリに負けるとは思っていない。

 しかし、他国の重鎮相手に模擬戦で本気を出せるかと考えると疑問が残る。

 ユーリの性格を完全に理解している訳ではないが、少なくとも殺さないようには手加減するだろうと思っていた。

 魔物相手であれば、する必要のないことだ。


 また、討伐であれば、共に行く兵士達の中に配下の者を紛れ込ませることもできる。

 そうすれば、多方面からの視点で観測でき、多くの情報を得ることができるだろうと考えたのだ。


 後はほんの少し、ショウユウの希望をそのまま叶えることを厭う気持ちもあった。


 ショウユウの強さは自他共に認めるところで、ショウユウ自身も己の強さを誇っている。

 ただし、ザイデラ周辺に限った話だ。

 遠い国から来た優れた魔道師の噂を聞き、自身の強さを更に顕示するために、模擬戦を要望したのだろうとテンシャクは考えた。


 テンシャクの予想通りだ。

 ショウユウは模擬戦でユーリを倒し、自分の力を内外に向けてアピールしようと考えていた。


 模擬戦でもユーリの実力はある程度測れるだろう。

 けれども、ショウユウが勝ち、ショウユウの思い通りに事が運ぶのはテンシャクには面白くなかった。

 テンシャクの気持ちだけではなく、政治的にも不都合がある。

 そこで、模擬戦ではなく討伐という形に変更した。

 模擬戦でないことに不満は上がるだろうが、そこはどうとでも言い包めるつもりだった。



『話は以上だ。軍には正式な回答が来てから指示するが、兵の中に手の者を入れるよう動いてくれ』

『承知いたしました』



 スランタニア王国の者達との合同討伐に関して、準備をするよう指示をしてテンシャクの話は終わった。


 老人は一度頭を下げた後、テンシャクの顔をじっと見る。

 帰ってきたときには顔色が悪かったが、今は普段通りに戻っていた。


 何かテンシャクが顔色を悪くするようなことが起こったのかと心配したが、話を聞く限り、事態は概ねこちらが望んだ通りの流れになっている。

 顔色が戻っていることからも、話しているうちに問題を解決する道筋を思い付いたのかもしれない。

 老人はそう考えて、追求はしなかった。



 『今日はもう下がっていい』

 『かしこまりました。おやすみなさいませ』



 一連の報告の後、テンシャクは就寝の準備をし、寝台に横になった。

 老人も部屋から下がり一人になると、今日のことを振り返る。



(かつての【英雄】と今の【英雄】の比較か……)



 考えるのは、ユーリが言った言葉だ。

 剣を下賜された者が【英雄】だったから、現在の【英雄】から何か魔法の開発の手掛かりが得られないかと思い調べた。

 そう言って鑑定魔法を使ったということは、かつての【英雄】と現在の【英雄】のステータスを比較しようとしたということだ。


 しかし、剣を下賜された【英雄】のステータスが文献として残っているという話をテンシャクは聞いたことがなかった。

 比較元がないのに、どうやって比較するのか?


 テンシャクが知らないだけで皇宮の書庫には文献があったのだろうか?

【英雄】の活躍を描いた()()()は多くあるが、まさかそれらから推測する訳ではあるまい。

 或いは、一見で分かるような違いがあるというのだろうか?

 そこまで考えて、テンシャクは眉間に皺を寄せた。

 思い当たる節があったからだ。



(ドレヴェス殿は手掛かりが得られなかったと言っていた。爺が言う通り、他の兵と変わりがなかったということなのだろうか……)



 思い付いたことを踏まえて、考えるのはショウユウのステータスについてだ。

【英雄】であるショウユウはザイデラの兵士達の中でも無類の強さを誇る。

 人物の鑑定をできる者がいないザイデラでは自己申告となるが、ショウユウが申告している基礎レベルは50レベルで、他の者よりも高い。

 基礎レベルに比例してHPやMPも高いが、それだけだ。

 他に特別な点は見当たらない。


 基礎レベルの高さを特別だと見做すかどうか。

 自分達と同様に、ユーリもまた特別だとは見做さなかったのだろうとテンシャクは考えた。



(所詮、第一皇子陣営の後押しで任命されただけの者ということか……)



 セイが気付いたように、テンシャクとショウユウの仲は良くない。

 派閥の違いと、ショウユウの態度が原因だ。

 

 ショウユウが他の兵士達よりも強いことは事実だ。

 しかし、【英雄】として皇帝に任命された理由はそれだけではない。

 第一皇子陣営からの強い後押しがあったのも理由の一つだ。

 当然、ショウユウは第一皇子の派閥に属している。


 もとより、自身の強さを鼻に掛けて傲慢な振る舞いが多かったショウユウだが、【英雄】の任命がそれに輪を掛けた。

 そして派閥の違いもあって、皇子であるテンシャクを見下すようになったのだ。


 テンシャクは皇位継承争いから一歩引いていたこともあり、自ら事を荒立てることは少ない。

 けれども、そのような態度を取られ続ければ、テンシャクと(いえど)も疎ましく思うようになる。

 自然とショウユウに対する態度に棘が含まれるようになり、結果として二人の仲の悪さは公然のものとなっていった。



(あれを引き摺り下ろすことができれば、一の兄上の力を削ぐことができるが……)



 当代の【英雄】が配下にいることによって、第一皇子は軍では一定の発言力を持っている。

 テンシャクが考える通り、ショウユウを【英雄】の座から追い落とせば、第一皇子の影響力を削ることができるだろう。

 そのためにはショウユウに代わる新たな【英雄】を立てる必要があった。


 代わりとなる人物にテンシャクは心当たりがあった。

【英雄】のステータスには一見しただけで分かる違いがあるのかもしれないと思い至ったが故に、気付いたのだ。


 しかし、同時に問題もあった。


 テンシャクはそっと自分のステータスを表示した。



『『ステータス』』



--------------------------------------------------

 ホウ テンシャク   Lv.■5/剣■


 HP:5,275/■,3■8

 MP:3,260/3,■■5


 戦闘スキル:


 生産スキル:


--------------------------------------------------



 目の前に表示されたステータスは、所々文字化けを起こしていた。


 他の者のステータスには文字化けなどない。

 自分のステータスを目にする前にそのことを学んでいたテンシャクは、文字化けについて固く口を閉ざし、公には偽りのステータスを語った。


 兄弟同士で足の引っ張り合いが激しい後宮では、些細なことでも瑕疵とされる。

 ステータスの文字化けなど、どんな理由をでっち上げられて排除されるか分からない。

 テンシャクの行動は正しいものだ。


 故に、ステータスに文字化けがあることはテンシャクしか知らない。

 テンシャクが皇位継承争いから距離を取っていたのは、これも理由の一つだった。


 どうしてステータスが文字化けしているのか?

 テンシャクは一人密かに調べたが、原因は分からなかった。


 もし文字化けが【英雄】である証なのであれば……。

 しかし、……。

 テンシャクはステータスを眺めながら、一人煩悶した。

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