Act1・アークエネミー
「ん、朝か……」
ガルーダ討伐から丁度一週間経った日の朝。
夜明けの太陽と共に俺は目を覚ました。
相変わらずフィリスの部屋に居候している俺はほぼ日課になりつつある事をするため、身体を起こす。
「今日も晴天かな」
日差しを遮るカーテンを退けて、両開きの窓を開ける。穏やかな風を体に当て、意識を完全に覚醒させる。
「さて」
身体をグッと伸ばして、息を吐いてから俺は窓から背を向け部屋を出る。
居間に当たる空間を通り、丁度俺の借りた部屋の反対側の部屋に着く。
扉には丸っこい文字で『フィリスの部屋』と書いてある。
「フィリス、起きてるか~?」
扉をノックしながら、今日に至るまで毎朝言ってきた台詞を言う。
…………
「やっぱりダメか」
もうここまで来れば分かるかもしれないが、俺の日課、それは寝起きがトコトン悪いフィリスを起こす事だ。
フィリス本人に頼まれて始めた事なんだが、当事者が言う通りかなり寝起きが悪い。
今やってるドアノック程度じゃ起きないし、部屋に入って呼んでも起きない。
最終手段であるデコピンで漸く起きる。
「はぁ……」
まぁ、寝顔を見れるという役得があるからあまり苦にもならない。
「フィリス、入るぞ」
ドアノブを捻って部屋に入る。
奥の窓際にあるベッドの上でフィリスが此方に背を向けて眠っている。
この部屋は家具の配置が逆である事以外は俺の部屋の間取りと一緒だ。
ベッドに近寄ってフィリスの顔を覗き込む。
「すぅ……んぅ」
毎度思うけどフィリスの寝顔って可愛いよな……
普段起きてる時も可愛いけど。
こう、寝ているからこその無防備さが……って何語ってんだ、俺。
「フィリス~、朝だぞ~」
「う~……」
気を取り直して名前を呼んでみるも効果無し。
身体を揺すっても起きないのはもう経験している。てか揺するとヤバイ。主に俺の理性が。
仕方ないじゃないか。スイカ……いや、メロンが目の前で揺れるんだぜ?
あの時は自分を殴りたくなったな。
「……仕方ない」
一向に起きないフィリスに最終手段を使おうと思って、止める。
何か新しい起こし方はないだろうか……デコピンは確かに使えるが、フィリスが痛みに慣れてしまったら使えなくなる。
「ふむ……」
ここは一つ、テンプレな手法で行くか。
意を決して、俺はフィリスの耳元に顔を近づける。
「フィリス、起きろ~」
最終確認。起きない。
よし、せ~のっ――
「ふっ!」
「ふひゃぁ!?」
耳に息を吹きかけると、フィリスが跳ねるように身体を起こした。
「な、何!?何事!?」
「おはよう、フィリス。よく眠れたか?」
「……クレン、何したの?」
「耳に息を」
俺がそう答えるとフィリスは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
そんなに怒るような事か?
「はうぅ……」
……どうやら怒った訳じゃなく、恥ずかしいようだ。
今更何を恥ずかしがるのか分からないが。
ただ、言えることが一つ。
恥ずかしがってるフィリスは……いい。
「朝から良いものを見せてもらったな」
フィリスの頭を撫でながら呟く。
この状態のフィリスは何て言うか、庇護欲が増す。
故に頭を撫でてしまうのは仕方ない事だ。
「あ、あう……クレン、恥ずかしいから止めてよ」
涙目+上目遣い……ヤバイ、破壊力がヤバイ。
例えるなら直撃ちでhagelのルーンをぶちこまれた感じでヤバイ。
「わ、悪い」
手を話して窓の外に視線を移す。
危うく理性が吹っ飛ぶ所だった……。
「と、とりあえずおはよう、クレン」
「……ああ、おはよう」
気を取り直して朝の挨拶。さて、フィリスも起きたことだし、顔を洗って朝飯を食べよう。
「アークエネミー?」
「そうだ。遭遇する確率はかなり低いが、とりあえず教えとこうって思ってな」
朝飯時で騒がしいギルドのホールでリンドのおっさんがそんな事を言い出した。
ちなみに今日の……いや、今日も朝飯はパンと野菜スープだった。毎度代わり映えしないからその内厨房借りて自分で作ろうかと思ってしまう。
「個体数がかなり少ないんだよね?」
スープに入ってる人参をスプーンで避けながらフィリスが会話に参加する。
「ああ。アークエネミーは兎に角個体数が少ない。現在確認されてるのだけで、たったの四体だ」
「…でもその四体は揃って強いってオチだろ?」
俺が先読みして答えるとリンドは腕を組んで深く頷いた。
「連中はかなり強い。なにせ最初の一体の発見以来、未だに『一体も討伐されていない』からな」
「何だそれ」
どれだけ強いんだよ…討伐出来てないって事は上手くやっても撃退が精々ってところか。
「アークエネミーはもはや天災の一種だからな。犠牲者が大量に出るのを覚悟で撃退するか、見つけ次第さっさと逃げるしかない」
それは言外に出会ったら死んだと思えと言っているのだと理解する。
「……まあ、遭遇しないで一生終える奴が居る位の少なさだからな、そう不安になる事もない」
リンドは一通り話終えるとそう言って笑みを浮かべる。
俺はその実、不安とは真逆に面白いという感情が沸き立っているのだが、俺の対面に座るフィリスはそうではなかったらしく。
「…………」
カタカタと体を震わせていた。
話、聞いたことあるんじゃなかったのか。
「ね、ねぇクレン」
「ん?」
「そんな魔物と遭遇する確率は低いんだよね?」
何で俺に話を振る。
つか、この台詞を聞いた瞬間に、言い様の知れない寒気を感じたんだが。
「あ、ああ。そうらしいな」
「そうだよね!大丈夫だよね!」
俺の言葉に安心しきった表情を浮かべるフィリス。
対して俺の内心は不安しかない。
そう、何か起こるような、そんな予感。
……人それをフラグと言う。
「はあ……」
そして、俺が不安を吐き出すように溜め息を吐いた次の瞬間。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!
街全体を震えさせるほどの咆哮と、破壊音が響き渡った。




