親族認定の基準について
本作に登場する人物の名前は実在の声優と酷似しておりますが、あくまで偶然という名の必然です。作者は当該声優を深く尊敬しており、軽蔑や悪意の意図は一切ございません。むしろ敬意が高じた結果の妄想であることをご承知おきください。
俺の名前は福山田潤。アニメを見る人なら名前くらいは聞いたことがあるだろう。かつては数ある声優の賞を総ナメにしたこともある、それなりの声優だ。
声優を目指す学生に『俺の名前を知らないなんて、モグリだぜ』なんて大口を叩いても失笑されない程度の知名度はある。……と思っている。
いや、関係のない話はやめておこう。そんなことより、俺の悩みを聞いてくれ。
アニメやドラマCDなどで、必ずと言っていいほど同業者と共演する。一人で出演する作品なんてほとんどないから、先輩や後輩を含めて同じ声優同士の繋がりは大事だ。
その時の作品次第で、時には友だったり、次はライバルだったり、恋人や兄弟姉妹であることも少なくない。それぞれに演じた役柄で関係性が固定されるのも、分からんではない。
それが現実の設定に持ち込まれると、大変厄介なのだ。
「け〜い〜!」
遠くからでもよく通る、聞き馴染みのある声がする。俺は思わずため息をついた。今日もこのやり取りがはじまると思うと、憂鬱で仕方がない。話の通じない相手と会話する時ほど、無駄に疲れるものはない。
「どうも、お疲れさまです」
「いたいた。んもう、パパのこと、無視したのかと思った!彗ってばいつまでも反抗期なんだから」
「その呼び方、何度かやめてほしいとお伝えしていると思うのですが」
「えっ?なんで」
「なんでって……」
俺は思わず言葉を詰まらせる。この方は声優の緒方恵美さん。俺なんかが足元にも及ばない大ベテランの声優だが、二十年近く前に共演したアニメで俺の父親役をやってから、俺のことを本当の息子だと思っている、やや困った人だ。
「俺はあなたの息子ではないですし、名前も彗ではなく潤です」
「何言ってんの?彗は彗でしょ」
「だから——」
「彗、このあと収録一緒だよね?パパ、彗と共演できるの楽しみにしてる!」
台風のようにやって来た緒方さんは、俺の話をろくに聞きもせず「バイバイ!」と陽気な声を残して去っていった。
毎回毎回こんな感じなんだ。たいそう可愛がってくれているのはありがたいが、会うたびに話が噛み合わないので、正直手を焼いていた。俺への溺愛っぷりと話の通じなさに、頭のネジが飛んでしまったのかとも思ったけれど——。
「(緒方さんが演じるキャラクターのお好きな台詞をご想像ください)」
収録現場で緒方さんの声を聴くと、その演技は完璧そのもの。キャラクターと呼吸する息づかいで、アニメーションに生命を吹き込む。その場にいたスタッフも思わず恍惚し、「ほうっ……」とした空気が漂う。
このように実力でねじ伏せられるので、俺は言いたいことも言えず、ただただ感服するしかなかった。
「彗。パパの演技、どうだった?!」
「……それがなければ完璧でした」
「えっ、どれ?今日リテイク出してないよ」
「まずは彗と呼ぶのをやめていただけますか?」
「どうして?彗は彗でしょ」
「彗ではありません」
「彗ではないわけないでしょ。……どうも噛み合わないなぁ」
「それはこっちのセリフです」
「わかった!照れてるんでしょ」
「違います」
「素直じゃないな〜、彗は!」
緒方さんはニコニコしながら俺の頭を撫でようとするので、条件反射で華麗に避ける。それを見た緒方さんがさらに俺を溺愛する発言を続けているが、何も聞かなかったことにする。終始ご機嫌な様子だった。
この人と話しをしていると、なんだか調子が狂う。すごい人だと思っているのに、素直に『尊敬している』と言えない。俺の中の何かがそれを拒否している。これじゃあまるで本当に、本物の彗とその父親だ。
「よう、砂名。やってるか?」
「と、ととと、とと、父さん?!」
突然現れたこの人に、緒方さんが一瞬で顔面蒼白になる。その表情から察するに、かなり苦手な人であることが分かる。
……というかさっき、この人『父さん』って言ったよな。
この大ベテランをもタジタジにさせるのは、声優の石田彰良さんだ。俺調べによると、後世に残したい声帯ナンバーワン。本気を出せば老若男女の演じ分けなんて朝飯前のすごい人だ。その実力は間違いなく本物なのに、随分前のドラマCDで親子役をした緒方さんを本当の息子だと思っている、残念な人だ。
「ととと、父さんはどうしてここに……?」
「収録見てたよ。さすがはオレの作品だな」
「えっ……ええ、まぁ」
「で〜も〜、勝手に孫と共演するなんて、感心しないなぁ〜。オレも誘ってくれたら良かったのにぃ」
「そそ、そんな、勝手にだなんて……。たまたま、たまたまですよ。共演したい人を選べるわけないじゃないですか、はは」
「へぇ〜。砂名ちゃんのくせに、オレに口答えするんだ?」
「そ、そういうわけじでは……」
石田さんが緒方さんににじり寄る姿を見ると、なんだか滑稽に思えてきた。あの親子設定と執着具合を、側から見る分には面白い。自分に被害が出ない限りは。
そんなことを考えていると、石田さんが今度は俺のほうに向き直った。
「ねぇ」
「は、はい」
「今度はオレと共演しようねっ!」
「……天使かよ」
「ふふ、それじゃ」
そう言い残すと、石田さんは笑顔で俺に手を振った。緒方さんはと言うと、泡を吹きながら小刻みに震えている。
今日の共演者リストに、石田さんの名前はない。でも、石田さんは来た。緒方さんのいる現場に石田さんがやってくるのは、声優界では有名な話だ。スタッフの間では『保護者参観日』と呼ばれている。そして最近は俺の現場にも、こっそり緒方さんや石田さんが見学に来るらしい。名のある方たちなので、スタッフも無下にはできないそうだ。
——どうやら俺は、知らないうちに彼らの家族ごっこに組み込まれてしまったらしい。




