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260 夏祭りと射的と精密マシーン

 納涼祭の会場へやってきた。

 盆踊りパレードがおこなわれるメインストリートには、焼き鳥、かき氷、りんご飴などの出店が所狭しと並んでいる。


 社長がチョコバナナのお店にふらふらと吸い寄せられる。

 子どものように指を(くわ)えていたので、一本だけ買って、二人で半分こすることにした。


「おいしい! お家でもつくれるかな?」

「材料さえ買ってくれば、問題なくできると思います」


 交互に食べていく俺たち。


「今度、みんなも誘ってチョコバナナをつくろう! このおいしさを布教せねば!」

「いいですね」


 今日の社長はピンク色の浴衣(ゆかた)を着ている。

 ゆらゆらと泳ぐ金魚の柄が入っており、夏らしさと可愛さが両立していた。


 特筆すべきは、いつものツインテールを後ろでアップにしていること。

 ヒスイ色のリボンが清楚な社長にぴったり。


「うまうま〜♪」


 文句なしで可愛いな。

 将来、子どもが生まれるなら、一人は女の子が欲しい。


 時刻をチェックする。

 そろそろ待ち合わせの時間だ。

 遅刻にはうるさい人なので、遅れてくることはないと思うのだが……。


「待たせたかしら?」


 シイナの声が聞こえた。


「いま来たばかりだよ!」

「チョコバナナ食べているじゃない……男女のデートじゃないんだから、白々しい嘘はよしなさいよ」

「ずるい……チョコバナナ食べているのを知りながら『待たせたかしら?』はないよ! 誰だって『いま来たばかりだよ!』と脊髄反射で答えるよ!」

「ふ〜ん」


 シイナはアサガオ柄をあしらった水色の浴衣を着ている。

 こちらも黒髪をアップにしており、リボンの赤色と帯の赤色がお洒落(しゃれ)だ。


 非の打ち所がない可愛さ。

 社長と造形が似ているから、俺好みなのは当たり前か。


「なによ?」


 ギロリとにらまれた。


「可愛いですね、と伝えようと思いましたが、怒られそうなので、やっぱりやめておきます」

「もう伝えているじゃない」

「おっしゃる通り……」


 ますますにらまれた。


「可愛いのは私? それとも浴衣?」

「両方です。どっちも可愛いです」

「よかったわ。浴衣とかいったら、股間にキックかますところだったわ」

「…………」


 過去にあったな。

 金たまキックで誠一郎を一発KOしたことが。


「冗談よ。仕事の部下を蹴ったりしないわ」

「シイナさんがいうと冗談に聞こえないですってば」


 (たわむ)れを口にできるのも仲良くなった証拠ではないだろうか。

 いまは好意的に解釈しておこう。


「シイナちゃんもチョコバナナを一口食べてみる? とてもおいしいよ」


 社長は恐るおそるといった感じでシイナの鼻先にチョコバナナを近づける。


「この世にマズいチョコバナナなんて存在するのかしら?」

「……食べないの? ……もしかしてバナナアレルギー?」

「食べるわ。今日はお祭りですから。仲良くしましょう」


 よかった。

 ひと昔前のシイナなら『いのりさんのチョコバナナはいらない!』といって社長の手をはたいただろう。


 シイナがバナナに食らいつく。

 小さな舌が唇についたチョコを舐めとる。


「うん、おいしいわ。ありがとう」

「……きゅん」

「……きゅん?」

「きゅんきゅん」

「何なのよ?」

「胸がキュンキュンするんだよ」

「その目……人たらしの目ね……油断も隙もない」

「えっ⁉︎ ガビーン!」


 社長の目からお星様が流れ落ちていく。


 言葉にトゲはあるけれども、シイナの態度はかなり軟化してきた。

 面倒見のいいお姉さんのように振舞ってくれるシーンも増えた。


 どういう心境の変化があったにせよ、社長とシイナの会話が増えてくれると、我が事のように嬉しかったりする。


 ……。

 …………。


「射的で勝負しようよ!」


 と社長が言い出したとき、シイナは露骨に嫌そうな顔をした。


「あなた、正気かしら。どう考えても泥仕合になる予感しかしないわ」

「あれあれ〜? 私に負けるのが嫌なのかな〜?」

「こいつ……」


 渾身のドヤ顔をつくる社長。

 むかっ腹を立てたシイナが、チッ! と舌打ちしてから小銭を台に叩きつける。


「射的に必要なのは、集中力、観察力、修正能力! いのりさんには負けない!」


 というわけで射的バトル開始。


 1回200円。

 コルク玉3発。

 並んでいる景品はおもちゃとお菓子で、どれも100円か200円くらいのアイテムと思われる。


(携帯ゲーム機や遊園地ペアチケットのような高額景品もある。それらの的は根元がテープで固定されており、明らかにネタだと思われる。小細工を隠す気すらないようだ)


 ぱん、ぱん。

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……。

 あっという間に二人が3発を消費。

 的を倒すどころか、かすりそうな気配すらない。


「もう一回!」


 熱くなった社長が二人分の小銭を台に叩きつける。


 ぱん、ぱん。

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……。


 時空が歪んでいるんじゃないかってくらい、コルク玉は変な方向に飛びまくる。


「くそっ! コルク銃がおかしいのではないか⁉︎ マサくんも一回やってみてよ!」

「別にいいですけれども……」


 200円を払ってコルク玉をもらった。

 射的に挑戦するなんて5年ぶりだけれども、3発中2発が命中して、チョコ菓子とシャボン玉を入手する。


「うにゃ⁉︎ ちゃんと当たった⁉︎」

「だから泥仕合になるって警告したのに」


 まずいな。

 社長もシイナも軍資金はたんまり持っている。

 いつぞやのUFOキャッチャーの二の舞、いや、あれより(ひど)い結果にならなければいいのだが……。


「どうする? 二人とも千円つかっちゃったわ。どちらかが降参するまでやるの?」

「ぐぬゅぬゅ……せめて一個だけでもこの手で倒したい……」


 お店のおっちゃんが苦笑いしている。

 特別サービスということで、的までの距離を短くしようとしたとき、その救世主はやってきた。


「おやおや、シイナさん。かなり苦戦していますね」

「雲雀さん!」


 あらゆるミッションを完璧にこなす万能人間の登場である。

 シイナは嬉しさのあまり目尻に涙を浮かべている。


「射的勝負ですか? いのりさんとシイナさん、完全に互角ですね」

「この金ヅルにお手本を見せてやってよ!」


 スーツ姿じゃない雲雀さんを目にするのは初めてだ。

 去年の暮れから髪が伸びたせいか、クールさの中に色っぽさがある。


 男女兼用できそうな浴衣……白黒チェック柄の浴衣を着ている。

 頭に紫色の花飾り(コサージュ)をつけており、大人の女性らしい気品があった。


 狙った獲物は逃さない。

 雲雀さんのお手並みに注目である。


「大将、千円分のコルク玉をください」

「あいよ」


 おっちゃんも相手が只者ではないと直感したのか、勝負師のように眼光を鋭くさせる。


 15発も玉をつかって何をする気だ。

 まさか台からお菓子を一掃する気か。


 しかし使えるのはコルク銃。

 雲雀さんが訓練しているであろう実弾付きの拳銃ではない。


「お手本になるか分かりませんが……」


 ギャラリーの子どもたちが集まってくる。

 お祭りとは思えない緊張感が漂ってきた。


「…………」


 まず玉を込めていない状態でターゲットに狙いを定めた。

 そして手元を一切見ないまま玉をセット。

 流れるような動きでトリガーを引く。


 すぐに次弾を装填(そうてん)する。

 即発射。


 同じシーンが15回だけ繰り返された。

 まるで精密機械のような動き。

 つまり全弾命中。


「……なっ⁉︎」


 テープで固定されていた的……遊園地ペアチケットの的が腹からポッキリ折れたのである。

 これには店主が青ざめる。


 そりゃそうだ。

 露骨なテープ固定、ネタでしかない景品だから、酔っ払った客くらいしか狙わない想定のはず。


 今日は相手が悪かった。

 この地球で一番敵にしてはならない女性に目をつけられた。


「すごいッ‼︎」


 社長が少年のように喜ぶ。


「さすが雲雀さん!」


 シイナが一番誇らしそう。


 シイナを困らせると雲雀さんが駆けつける……俺はそれを肝に(めい)じておく。


「どうします? 的の下半身も破壊しましょうか?」

「いや! 参った! 俺の負けだ!」


 ワンテンポ遅れて割れんばかりの拍手が起こり、何事かと気になった客がさらに集まってくる。

 千円で遊園地のペアチケットだから、店側は九千円くらいの損失なのだけれども、おっちゃんは清々しい表情で『虎の子』を差し出してくる。


「あんたには恐れ入ったよ」

「いえいえ。お手本を見せて、とせがまれたので。柄にもなく格好つけたくなりました」


 この日の戦利品、遊園地のペアチケットはお店から雲雀さんの手へ、雲雀さんからシイナの手へ渡った。


 勝者、雲雀さんである。


 ……。

 …………。


 想い人がやってきてから、シイナは別人のように明るくなった。

 社長とも仲良く手をつないで、一個のりんご飴を姉妹のようにシェアしていた。


 雲雀さんはどこまで計算していたのだろうか?

 千円あれば的をへし折れると、あの短時間で計算したのだろうか?


 底が知れない強さとは雲雀さんのために存在する言葉といえる。


 カステラ焼きの前で社長の足が止まる。

 シイナがMサイズを注文する。


「ずいぶんと可愛らしいお客さんね。双子姉妹かい。二個オマケしてあげるね」


 社長とシイナは互いの髪が触れるほど肩を寄せて、


「今日だけは双子姉妹だね」

「今日だけは双子姉妹ね」


 と気脈を通じあわせて楽しんでいた。


 夏の終わりを告げるヒグラシが遠くで鳴いていた。

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