253 五月と一族会議とマンチカン
五月の大型連休になった。
俺たちを乗せた新幹線は『品川』『新横浜』の両駅を通過して、目的地の『京都』目がけて定刻どおりに走っている。
座っているのは三列のシート。
並びは奥から順に俺、社長、シイナ。
なんでシイナが通路側かというと『お手洗いへ行くとき、いのりさんに声をかけるのが癪だから』とのこと。
入社したばかりの頃に比べたら10倍マシだが、プライドの高さは相変わらずエベレスト級といえよう。
いや、ちょっと殺気立っていると表現した方が正確か。
これから参加するのは瀬古コンツェルンの一族会議。
場所は瀬古本邸。
時刻は午後2時から。
瀬古本家、瀬古分家、姫井家の有力者など、会長や社長という肩書きを持つ者が大勢やってくるのである。
当然、姫井ヴィクトリアもやってくる。
雲雀さんから教えてもらった情報によると、行事のたびに姫井家と早乙女家は顔を合わせるのだが、向こうは一族郎党がたくさんいるのに、シイナはポツンと一人寂しく座っており、姫井の面々……特にヴィクトリアには苦手意識が強いらしい。
初対面のときなんか、
『香月さんのお情けで取り立ててもらった早乙女はあなたのことかしら?』
と声をかけられて憤死しそうになったほど。
家臣がいないお殿様は色々と肩身が狭そうだ。
(早乙女屋敷は戦時中の火事で燃えたらしく、旧姫井屋敷を改装して、いまの早乙女屋敷に変えたらしい。姫井家のお下がりという事実が、エベレスト級のプライドをボコボコに痛めつけたことは想像に難くない。今にして思うと、姫井ゆりに対する当たりが強かったのも、そこら辺の背景が影響していそうだ……)
メノウとクリスティナも一族会議に出るらしいが、俺たちとは別の便で移動すると聞いている。
「がた〜ん♪ ごと〜ん♪ がた〜ん♪ ごと〜ん♪」
「いのりさん、新幹線が楽しくて仕方ないといった感じね」
「うんうん。景色がビュンビュン飛んでいく、みたいな童謡があったよね」
「汽車ポッポ……本当に能天気ね。フェーズ4のあなたが羨ましいと、初めて思ったわ」
「そうかな?」
「悩みとかなさそう」
「悩みならあるよ。駅弁をどのタイミングで食べようか、非常に悩んでいる」
「それは迷いであって、悩みの数には含めない」
「そうなの?」
「そうよ」
社長が手元の牛タン弁当を見つめている。
「迷いであって悩みではない。シイナちゃん、哲学者になれる才能があるよね」
「このご時世に哲学者とか、地獄の門を叩きにいく蛮行だわ。私はそこまで酔狂じゃない」
「なるほど。なるほど。そこまでスイキョウじゃない……あれ? スイキョウってどういう意味だっけ?」
「これだからフェーズ4は……羨ましいといったのは撤回ね」
「そんなぁ〜」
シイナがクスクスと笑う。
空元気にも似た笑いだった。
「どこにいくの?」
「お手洗いよ」
スマートフォンをチェックしたシイナは、好きな人からの連絡がないことに気落ちしたのか、やれやれと首を振ってから歩きだす。
「シイナちゃん、悩んでいるね。たしかにあれは、悩みであって迷いではない」
「社長、そろそろ牛タン弁当を食べますか?」
「そうだね。寝落ちして京都に着いちゃうと、何のために駅弁を買ったのか分からないしね」
窓の外にはウナギで有名な浜名湖がキラキラと輝いていた。
……。
…………。
何のために駅弁を買ったのか分からない。
と社長は発言したけれども、俺が何のために京都の瀬古本邸へやってきたのか、少し整理しておく必要があると思う。
京都駅から送迎リムジンで移動すること20分。
住宅街から少し離れたところに、瀬古本邸の広大な敷地はあった。
まず大きなゲートを二つくぐる。
それから番犬が放し飼いされていそうな土地を1キロくらい進む。
ヨーロッパ式の噴水が見えてきたところで、ようやくリムジンは停車して、300人くらい寝泊まりできそうな瀬古本邸に到着なのである。
「でけぇ!」
なぜか社長が驚いている。
「でけぇ!」
俺も一緒に驚いておいた。
「やめなさいよ。品がない。いのりさんの場合、前回来たのが数年前とかで、体が小さくなっただけでしょう」
「あ、そっか」
ここに新しい飼い主を募集中の『マンチカン』がいるらしい。
100歳超のおばあちゃんが飼っていた愛猫なのだけれども、もう主人は耳が聞こえないわ、目が見えないわで、いったん瀬古本邸が引き取って、次の飼い主になってくれる人が出るまで面倒を見ているそうだ。
10歳のマンチカンなので人間でいうと還暦の手前くらい。
『ワトソン』という名のメス猫らしい。
社長の主治医に相談してみたところ『ペットと一緒にいるとセラピー効果が期待できるので、もし猫アレルギーが心配ないようでしたら、この機会に飼ってみるのもいいですね』と勧められた。
『まだ飼い主募集中なら我が家にください』
とお母様経由で伝えてもらい、引き取ることに決めたのである。
つまり俺はマンチカンを東京へ連れ帰るため、わざわざ社長に同行したのだ。
「我が家に新しい子どもが増えるね」
「といってもお婆ちゃん猫ですけれども」
うちの不動産会社には連絡をして、ペットを飼う許可をもらっておいた。
普通は『猫家賃』を月々5,000円とか上乗せするはずが、『壊しちゃったり汚しちゃったりした部分は、人起因だろうが猫起因だろうが、原状回復費用として請求させていただくだけですので……』という『猫を差別しない謎ルール』により家賃は据え置きとなった。
「どんな子だろう?」
「大人しい猫とは聞いていますけれども」
飼い主がご老人だったので、猫もおっとり気質に育ったらしい。
あと柔らかい猫缶ばかり食べてきたせいで、安くて硬いキャットフードは食べられないかもしれない、という情報をもらっている。
ブルジョワ猫め。
東京で庶民の暮らしを教えてあげる必要がありそうだ。
「でも、ワトソンって、我々の感覚でいうと姓だよね」
「つまり『ヤマダ』とか『スズキ』みたいな感じですか?」
「うんうん……たぶん」
一年中空調システムが動作しているであろう部屋の中にワトソンはいた。
トロンとした眠そうな目をしている。
先っぽが折れ曲がった耳、マンチカンらしい短い脚。
全体的に灰色なのだけれども、脚の半分から下と、胴体の裏側が白い毛で覆われている。
「にゃ〜ごろ♪」
床で寝転がっていたワトソンは、機敏とは言いがたい動きで、キャットタワーの最上段まで避難した。
(何者にゃのだ! お前たち!)
という表情をしている。
「はじめまして、ワトソンちゃん。君の新しい飼い主になることが決まった瀬古いのりだよ」
(はじめまして、私はワトソンにゃのだ)
「寝耳に水かもしれないけれど、今夜の新幹線で東京に行くからね」
(今夜にゃのか⁉︎ 猫って新幹線に乗れるのかにゃ?)
「君は手回り品という扱いになるから。300円くらいで乗車可能さ」
(安すぎるにゃ〜)
という会話が聞こえてきそう。
いつもワトソンの世話をしている使用人さんに声をかけて、お土産で持ってきた高級猫缶を食べさせてもいいか訊いてみた。
用意してくれたお皿に猫缶の中身を盛ると、ワトソンはキャットタワーから華麗な着地を決めて、嬉しそうに舌をペロペロさせている。
人を警戒するタイプの猫ではなさそう。
あっという間に完食すると、
(美味しかったにゃ、おかわりは無いのかにゃ?)
と言いたげな目を向けてくる。
「可愛い! おうちに帰ったら、ゆっくりモフモフせねば!」
「にゃ〜ごろ♪」
社長とワトソンが嬉しそうで何よりだ。
……。
…………。
そろそろ一族会議の時間というとき、二つの足音が部屋に入ってきた。
「ミス・ワトソンを気に入ってくれたかしら?」
聞き覚えのある声はお母様のものだった。
品のある山吹色の和服をバッチリ着こなしている。
「お母様、ご無沙汰しております。とても穏やかな性格の猫なので、私とうまくやっていけそうです」
「それは良かったわ」
お母様が後ろに従えているのは雲雀さん……ではなかった。
ぱっつん前髪の女性で、マキャベリー社員のようにスーツを格好よく着こなしている。
俺のなかで『ぱっつん前髪が似合う』=『仕事ができそうな美人』という図式があり、おそらく瀬古の人間なのだろうが、デキる女のオーラが半端ない。
「この方がお弟子さんの?」
ぱっつん前髪がいう。
「弟子なんて堅苦しい関係でもないわ。10年くらい大宮で一緒に住んでいた仲よ」
お母様の手が社長の頭をポンポンした。
「しかし幼女株式会社は、瀬古コンツェルンから独立した組織です。いのり社長に目をかけているとはいえ、一族会議に呼んでしまっては、あらぬ噂が立たないとも限りません」
「私はこの子の会社の株式を持っているわ。いつか大化けすると信じているの。それでは理由にならないかしら」
「ご年配の一族は相変わらずITに疎いですから。理由にはなっても、理解は得られないでしょうね」
「本当に困ったわね。幼女株式会社やカノープスという社名すら知らない時代遅れたちは」
「誰かに聞かれますよ」
「聞かれるよう話しているのよ」
社長の頬っぺたをプニプニするお母様の瞳には、妖しい光がみなぎっていた。
「私たちは先に行きましょうか、誠二郎さん」
「はい、お母様」
女性……だよな?
なのに次男っぽい名前なのか。
「ヴィクトリアさんが何か企んでいるのよね。とても愉快だわ。彼女、瀬古の血を一滴も持っていないのに、私と一番似ていますもの」
「きっと向こうも似たお考えでしょうね。日本人の女性にしては骨がある、と」
部屋には俺と社長とマンチカンが残される。
「誠二郎さん……社長はご存知ですか?」
「噂だけは……幼少から頭が良すぎて『瀬古の至宝』と呼ばれている……分家の出身だから、野心はないと思うけれども……」
「頭が良すぎて、とは?」
「中学三年生のとき、全国高校生模試で一位の成績を取ったことがあるらしい」
「はっ⁉︎」
「うん、自分でも何いっているのかよく理解できない。少なくともお母様が信頼している一人なのは間違いない」
瀬古ママと姫井ママの駆け引きに、誠二郎という女性が絡んでくるのだが、その鬼才っぷりが見られるのは、もう少し先の話となる。




