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250 フェーズ4の生態

 金曜日。

 ランチのお弁当を手にした社長と姫井が、通院先の病院から戻ってきた。


 引率してくれたのはクリスティナで「ちゃんと先生のいうことは守ってくださいね」なんて言いながら社長の頭をナデナデしている。


 精神レベルが小学生の社長は「おけまる水産!」と元気よく返事をした。

 これはメノウの影響かもしれない……知らない言葉じゃないが、社長の口から出てくるのは初めてだ。


「じゃ〜ん! 来週の行動予定を立ててきました!」


 社長が見せてくれたのはA4サイズの紙。

 一週間分のスケジュールが決められており、『予定』と『実績』をちゃんとお医者さんに管理してもらっているのだ。


「アリスシンドロームの検査結果はどうでしたか?」

「今回も横ばいだよ」


 社長はVサインをつくって嬉しそう。


 詳しいことは研究中だが、この症状は悪化こそすれ、二、三年で良くなることはないらしい。

 あと500日か1,000日か分からないが、現状維持することがベストの結果なのだ。


 お医者さんに管理されるのは勤務時間だけではない。

 睡眠時間。

 運動量(歩いた歩数とかもチェック対象)。

 食事内容。

 身長と体重。

 体温、脈拍数、血圧などなど。

 アリスシンドローム研究という名目のもと、あらゆるデータを抜きとられる。


 フェーズ4だから研究サンプル的に扱われるのは仕方ない。

 最初はそういう風潮だったが、通院がストレスになるのでは? という議論も噴出している。


「新しいアクティビティを増やしてもらったのですね」

「うん! 水泳教室に飽きたと伝えたら、来週からダンス教室とトランポリン教室に行けることになったよ!」


 ちなみに月曜の予定はこんな感じ。


 9:00〜10:00 通常業務

 10:00〜11:00 塗り絵タイム

 11:00〜12:00 通常業務

 12:00〜13:00 ランチタイム

 13:00〜14:30 お昼寝タイム

 14:30〜15:30 通常業務

 15:30〜17:30 トランポリン教室


 業務時間が少なくて物足りない、と感じるくらいがちょうど良いらしい。

 ランチタイムとお昼寝タイムは固定で、あとは勤務が午前1時間・午後2時間になったりと、日によって変動する。


 アクティビティは他にもフットサル教室、バレエ教室、テニス教室などが存在する。

 子どもに習わせる趣味・特技を想像したら分かりやすいか。


 この紙に実績をつけて金曜にはお医者さんと面談。

 社長と似たような生活をしている幼女が日本には数万人いる。


 アリスシンドロームの患者は軽い認知症の患者に似ている、なんて言われたりする。

 脳機能にブレーキがかかっているわけだから、同じような症状が出てしまうのは自然なことだろう。


 よく遊んで、よく笑う。

 社会的に孤立しないことが一番の治療なのだ。


「ちょっと、姫井ゆり」


 席につこうとした姫井がシイナに捕まっている。


「あなたに教えてもらったパスワードを入力しても、ファイルが開けなかったのだけれども」

「はぅ?」

「また記憶障害かしら。けっこう大切な資料なのよ。去年の数字の内訳がわからないと、今年の見積もりを立てられないわ」

「……すみません……努力はしてみますが……たぶんパスワードは思い出せません」

「まったく……」


 シイナが怒鳴る回数は明らかに減った。

 これは望ましい兆候といえよう。


「おい、シイナ、これをやる」

「なによ」


 神宮寺が手書きのメモを渡した。


「ゆり姫のパスワードのかけ方には、一定の法則があるようだ。私なりに推理してみた。このメモに従ってパスワードを何個か試したら、もしかしたら目的のファイルを開けるかもしれない」


 さっそくトライしてみるシイナ。

 ロックの解除に成功したのか、嬉しそうに指を鳴らしている。


「神宮寺さん、あなたって天才ね! 暗号解読のプロみたいだわ!」

「シイナが他人を褒めるなんて珍しいな。どうだ? 見直したか?」

「褒美を取らせてあげたい気分よ!」

「よせよ。お殿様かよ……」


 神宮寺とシイナが互いの拳を、こつん、とぶつけた。

 この二人がうまく連携してくれると組織内も明るくなる。


「僕からキスをしてあげるのです!」

「やめろ! 飯を食ったらお昼寝タイムだろ! さっさと食って着替えて寝ろ!」

「はぅ……」


 神宮寺は姫井の首根っこをつかむと、食堂がわりに利用している休憩エリアへずるずる引っ張っていった。


 ……。

 …………。


 日曜日の夕方。

 ゴロゴロお昼寝していた社長が、ソファの上へと移動して、しばらくぼ〜っとした後、しまった! という顔つきになった。


「どうしました?」

「やばい! 行動予定だと散歩することになっている!」

「あら……俺がちゃんと起こしてあげれば良かったです」


 いや、本当は気づいていたのだけれども……。

 社長が気持ちよさそうに寝ていたから起こすに起こせなかった。


「どうしよう! 二時間も余計に寝ちゃった!」

「う〜ん……」


 とはいえ実績は実績。

 お医者さんには正しく申告する必要があるだろう。


「誤魔化して書いたらダメかな?」

「たとえば?」

「私が寝る時間を後ろにスライドさせると、睡眠時間の帳尻は合うから、それで全てが計画通りだったことにする!」

「いや……それは不正行為だと思います」

「……だよね」

「小さな不正がそのうち取り返しのつかない不正に発展するのです」

「うぅぅぅぅ……私の心の弱さが憎い……」


 とりあえず『アニメ鑑賞』の時間を削って『散歩』はノルマ通り達成しておいた。

 お医者さんいわく、睡眠、運動、食事の順に大切なのだとか。


 就寝時刻はいつも通りだったので、純粋に、この日は計画より二時間追加で寝た計算となる。


 寝る子は育つ。

 あの言葉を信じることにしよう。

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