249 三月と卒業式
三月になった。
全国の小学校で、中学校で、高校で、大学で卒業式がおこなわれる季節である。
俺たちの近くにも二人ほど。
現役JK社長と現役JD社長の称号を返納するものがいる。
二人とは、メノウと流川のことなのだが、メノウの進学先は流川が卒業する私立大学らしく、二人は同窓になることが確定している。
特筆すべきは流川の卒業式だ。
毎年、著名人を呼んでありがたい講演をしてもらう伝統らしく、今年に限っては、卒業生の席に座っていた流川が、カノープス代表取締役社長・流川マキとして壇上にあがり、卒業生たちの前で熱弁をふるったのだとか。
人心をつかむのに巧みな流川だからこそできる芸当である。
もちろん話の内容も素晴らしく、大学アカウントにより投稿された動画は、あっという間に再生数200万回を突破して、早くも伝説のスピーチとの呼び声が高い。
(講演の中で流川は『お世話になった先輩の会社を潰したことがある』と語った。個人名こそ出さなかったが、うちの社長と立ち上げた初代カノープスのことだ。その大失敗を糧に流川が成長したことは、瀬古いのりにとって運命の皮肉といえるかもしれない)
卒業生の中にはカノープスに入社することが決まっている学生が5名いたらしい。
4月からお世話になる会社の社長と一緒に卒業するなんて、日本広しといえども、そんなに前例があることではないだろう。
俺がどうしてこの話を知っているかというと、カノープスの決起集会に招待されて、社のみんなと一緒に参加しているからだ。
合弁会社を立ち上げた仲なので、カノープスにとって幼女株式会社は最重要取引先の一つなのである。
……。
…………。
司会のお姉さんがマイクのスイッチを入れた。
「宴もたけなわのところ失礼します。これより流川社長から三カ年計画について説明があります」
ここはホテルのイベントホールである。
8年間の大学生活にピリオドを打った流川が、純度100%の社長として、はじめて俺たちの前に立つ。
「なんとか大学を卒業することができました、社長の流川です。お酒が入っている方もおりますので、手短に要旨だけを説明します」
クスクスという笑い声が会場のあちこちから起こった。
中でも若い社員ほど、全身を耳にして、一言一句たりとも聞き漏らすまいと集中している。
龍造寺の姿を見つけた。
親衛隊長のように流川の身辺を守っている。
いつもは気さくな幼女という印象だけれども、いまの猛獣のように眼光を鋭くしており、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。
流川のプレゼンテーション能力は、幼TEC社長の中でも群を抜いていると評判だ。
時どき、言葉を選ぶような素振りをするのだけれども、どこまでが用意してきたセリフで、どこまでがアドリブなのか、考える余裕を与えないほど聴衆の脳みそを刺激してくる。
壇上の流川が水を飲んだ。
その仕草とタイミングさえ計算し尽くされているイメージだ。
「……次が最後のスライドとなりますが……」
とにかく言葉選びのセンスがある。
この指揮官の下だと、どんなに軟弱な兵すらも、一瞬で精強な兵に変えてしまうような、魔術師のごとき話術を披露してくれる。
たとえばメッセージ性の強さ。
流川の言葉はシンプルであり、かつ記憶に突き刺さる言葉であり、例を挙げるなら、
『日本一頭のいい学生が入社したい会社にする』
『計画は上振れるか下振れるかの二つに一つである』
『君たちが感じている限界は、すべて君たち自身がつくり出した幻影に過ぎない』
などなど、優秀なカノープス戦士の心を無限に熱くさせる。
会場のボルテージが徐々に上がってきた。
大学でおこなわれたスピーチと似たような展開に胸がざわざわしてくる。
フィナーレが近い。
この場の誰もが格好いいセリフを期待している。
「敗者に用はない! 時代は勝者を望んでいる! これは古今東西に共通する普遍ルールだ! いつだって時代は勝者を望んでいる!」
あふれる闘争心が、渦巻くエネルギーが、カリスマ性に対する心酔が、割れんばかりの拍手となってホール中に響いたのだ。
「うわっ! すげえな……」
神宮寺が思わずひるむ。
「社員の目の色が違うよね」
社長は苦笑いしている。
『時代は勝者を望んでいる』
その勝者がカノープスであることを、俺たちはこの日、はっきりと確信した。
他の幼TECと比較しても、いや、国内の大企業と比較しても、カノープス社員は自信にあふれており、団結力が強く、流川の下で働けることを誇りとし、自分たちが日本で一番愉快な会社をつくる、という熱意で満たされている。
美酒である。
すべてのカノープス社員は流川に酔っている。
これは奇跡であり脅威である。
……。
…………。
壇上から降りた流川は、一直線に社長のところを目指してきた。
「瀬古先輩、今日はお越しいただきありがとうございます」
30秒前とは別人のような、人懐っこい笑みを浮かべている。
「先輩扱いされるの、そろそろ恥ずかしいな」
「先輩は先輩ですよ。私にとっては唯一の先輩です」
「でも水を開けられちゃったから。いまはこんな体だし」
社長がフェーズ4だと判明したとき、一番心配してくれた社外の人間は流川であった。
『カノープスにできることがあれば全力で支援させていただきます』と真っ先に声をかけてくれた。
もちろん、流川のことだから最悪のケースも想定しただろう。
社長が戦闘不能になった場合、残された社員を引き受けるとしたら、カノープスほど理想の受け皿はない。
どこよりも良い条件を提示する。
カノープスの財政力があれば、俺たちを養っていくことなんて朝飯前なのだ。
あと、これは俺の邪推なのだが……。
流川は加賀美と幼女コレクションを欲しがっている気がする。
もちろん、社長のことを尊敬しているのは疑いようがないし、口が滑っても私利私欲をいう人じゃないが、幼コレとその運営担当者が手に入れば、カノープスの野望は一年か二年くらい前倒しで実現しそう……という計算に興味がないほど、俺が知っている流川は、野心が薄いわけでも、お金の流れに無頓着でもないはず。
(神宮寺については複雑である……。優秀さゆえスタンドプレーが目立つ人であり、あの龍造寺のほぼ上位互換なので、カノープス的には扱いが非常に難しい、下手すると毒になるかもしれない……。ちなみに、龍造寺が現在でも流川の右腕である)
「お身体の調子はどうですか?」
流川がアリスシンドロームのことを気にする。
「定期検査しているけれど、症状は横ばいだよ。みんなに助けてもらっているから」
社長は真実を包み隠さずに伝える。
「それは良かったです。人員が欲しければ教えてください。二、三名くらいであれば、いつでも渋谷から派遣しますので」
「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうですか」
流川が爽やかな笑顔をつくる。
どこまで将来を見据えているのだろうか。
本心では幼女株式会社のことをどう思っているのだろうか。
社長の身に何かあった場合、俺たちには、カノープスを頼るという選択肢しか残されていないのだろうか。
別に、尻尾を振って生きることが恥ずかしいとは思わないし、俺だって流川のことは大いに尊敬している。
ただ、カノープスの一兵卒になって、常勝軍団のムードに酔ってしまうのは何か違う気もする。
「…………」
ただ一人。
シイナだけは値踏みするような冷たい目をしているのが気に掛かった。




