248 雪合戦とチート奥義
「雪だ!」
興奮した社長がぴょんぴょん跳ねている。
「けっこう積もっている!」
ベランダの手すりに積もった雪を集めて、小さな雪玉をこしらえた。
月曜の朝である。
夜はとても冷え込む、みたいな天気予報だったので、この冬一番の大雪になるのでは? と覚悟していたが、道路の積雪は5cmから10cmに達しているようであり、別世界のように白く染まっている。
「あとで雪だるまをつくらねば!」
風邪を引くといけないので、テンションMAXの社長をベランダから回収した。
「とりあえず温かい服装に着替えましょう」
「は〜い」
「朝食は雑炊でいいですか?」
「は〜い」
「しばしお待ちください」
昨日の残りご飯を鍋に入れて、そこに水と雑炊の素を注ぎ、よく火が通るまで加熱してから卵を落とした。
これだけだと味気ないので、保存しておいたキュウリの浅漬けも出しておく。
にしても寒いな。
出社したくない、と思うくらいには寒い。
「雪合戦をやらねば!」
「今日はやけに元気ですね」
「うんうん! 雪やコンコンだよ!」
「そんな歌がありますね。でも犬って、本当に雪で喜ぶのでしょうか?」
「東北地方のワンちゃんは不明だけれども、滅多に雪が降らない地方のワンちゃんは喜ぶらしいよ」
「ああ……なるほど……人間と一緒ですね」
「うんうん!」
元気な社長は仔犬みたい。
俺はさしずめ老犬だな。
「みんなにメールせねば……交通機関のダイヤが大幅に乱れていると思うので、遅刻しても問題ありません。足元が滑らないように気をつけてください……と。送信!」
ちゃりん、と俺のスマートフォンがすぐに鳴る。
先輩たちも即返信したらしく、ちゃりん、ちゃりん、ちゃりん、と連続で鳴った。
神宮寺、姫井、加賀美はいつも通りに出社できそう。
雪森、奈良橋、有栖川は遅刻しそう。
シイナはもう出社済み。
すごいな。
雲雀さん効果なのか、チョコイベント以降のシイナの活躍は鬼のごとし。
体が三つあるんじゃないかってくらい仕事している。
「シイナさん、だいぶ職場に馴染んできましたね」
「マサくんのお陰だよ。よく雑談しているから」
「雲雀さんの話を振ると、かなり喜んでくれます。その時だけは、別人みたいに明るいです」
「恋する乙女だね」
「ですね」
食べ終わった食器を片づけたあと、歯を磨いてからスーツに着替えた。
社長の体が冷えないよう、手袋とマフラーと耳あてと毛糸帽子をしっかり装備させて、その上から厚手のコートを羽織らせた。
「こんなに必要かな? 会社まで歩いて10分くらいだけれども」
「必要です。社長はお腹が弱いですから。うっかり転ばないよう、外では絶対にぴょんぴょんしないでください。あと、氷柱が落ちてこないよう、建物のすぐ下を歩かないでください。俺としては、ヒヨコを散歩させている気分なのです」
「は〜い。怪我しないように気をつけます」
マンションから一歩を踏み出すと、粉雪混じりの風が吹いており、鼻と耳が痛いくらいに寒かった。
「俺が風よけになりますから。絶対に離れないでください」
「はい! 隊長!」
いつもより時間をかけてゆっくり出社した。
……。
…………。
昼下がり。
風が弱くなったタイミングを見計らって雪合戦をすることにした。
場所はビルの屋上。
四方がフェンスで守られているため、ここなら大遠投した雪玉がうっかり道路に落ちる心配もない。
「こんな日に外で遊ぶとか……本当にバカじゃないの……」
文句を垂れているシイナ目がけて、神宮寺がさっそく雪玉をぶつけた。
「たまにはバカになった方がいいんだよ!」
「こいつ!」
すかさずシイナが反撃。
顔面に雪玉をもらった神宮寺はケラケラと笑っている。
数年に一度といわれる大雪なので、チームに分かれて雪合戦勝負することにした。
幼女4名と幼女4名でバトル。
審判役は俺とクリスティナ。
「せっかくなので、障害物を用意しましょう」
どこから引っ張ってきたのか、卓球の試合でつかわれる防球フェンスのようなものを4枚、クリスティナが持ってきてコートの片方に2枚ずつ置いた。
公式ルールが定められているスポーツ雪合戦に近いスタイルだ。
太陽熱で一部の雪が溶けかかっており、このコンディションなら重量感のある雪玉がつくれるだろう。
「チーム分けなのだけれども……」
相談の結果、瀬古チームと早乙女チームで分かれることに決まった。
リーダーは社長とシイナ。
ドラフト形式で残りの3名を選んでいく。
ただし、フィジカル面で最強の神宮寺を先に取ったチームが有利なので『神宮寺を指名したリーダーは次の順番で姫井を指名する義務がある』と条件もつけておく。
姫井については『いない方がマシくらいの戦力』なので、神宮寺を指名するかどうかは慎重に判断したいところ。
「最初はジャンケンで……」
ドラフトの結果、
瀬古チーム:社長、神宮寺、姫井、奈良橋
早乙女チーム:シイナ、加賀美、雪森、有栖川
という風に分かれた。
シイナと仲がいいメンバーが早乙女チームに集まった印象である。
これは瀬古チームが勝ったな。
なぜなら、フィジカル面で二番目に強い奈良橋を選んでいるから。
姫井の戦闘力を『0人分』と計算しても、瀬古チームの有利は揺らがないだろう。
「五回勝負で決着をつけます! それでは位置について〜」
クリスティナがバトルの開始を宣言する。
『第一回 幼女株式会社 雪合戦』のはじまりである。
……。
…………。
ところがどっこい、勝負は4勝1敗で早乙女チームが勝利した。
「うにゃ〜」
力尽きた社長が雪の上に倒れこむ。
「ちくしょう〜!」
神宮寺が悔しそうに地団駄を踏む。
「残念だったわね。悪いけれど圧勝させてもらったわ」
シイナが得意絶頂といった感じで高笑いした。
社長の誤算だったのは早乙女チーム・雪森の存在だった。
秋田県で生まれ育った雪森は、雪コンディションでの移動とか、雪玉の投げ方がとても上手く、一人だけで瀬古チームと互角に渡り合っていた印象だ。
『ほ〜れぃ! ほ〜れぃ!』と弓なりに放たれた雪玉が、きれいな放物線を描いて着弾、障害物の後ろに隠れていた社長たちを次々と撃破したのである。
針の穴を通すようなコントロールの美しさは、あの水滸伝に登場する投石の名手・張清将軍の活躍を彷彿とさせた。
幼女ばなれした戦闘センスを持ち合わせている神宮寺は、一度目にした技を我がものとするチート奥義・完全模倣で対抗しようとしたが、時すでに遅し。
四連敗のあと意地の一勝を返すのが精一杯だったのである。
「雪ちゃんの活躍と功績を称えるとともに、今後の成長を期待しまして、ここに金一封を贈り表彰します」
雪合戦のMVPである雪森には社長から表彰状と金一封が手渡された。




