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247 二月とチョコレート

 二月といったらバレンタイン。

 バレンタインといったらチョコレート。


 というわけで、俺たちは幼女コレクションに実装するバレンタインイベントの企画を練るべく、全員参加の会議をおこなっていた。


 去年やって好評だったイベントなので、仕組みをそのまま流用して、景品を豪華にするイメージだ。

 というか人手が足らなさすぎて、新しいシステムを組むのには限界がある。


「う〜ん、とはいえ、マンネリ防止は全人類の課題だからな〜」


 俺は議事メモに『マンネリ化は避けたい(瀬古)』と一行つけ足した。


 他ゲームでよくある手法が『バレンタイン限定衣装を出す』というやつ。

 手軽にできて、手堅く稼げるアイディアなので、リスクを犯したくない競業他社の気持ちはよく理解できる。


 一番恐れるべきは、新しい機能を足そうとして新しいバグまで足しちゃうこと。

 うちには天才幼女・神宮寺がいるので、重大バグは一件も出してこなかったが、この先も出ないという保証はない。


「というわけで、今年はチョコをつくってみようと思います」

「チョコですか?」

「あのチョコを?」

「チョコをつくると?」


 社長の発言にみんなが呆気(あっけ)にとられる。


「あ、リアル世界の話ね。チョコをつくりながら、アイディアを考えてみるんだよ。ほら、指先を動かしながらの方が、頭も回転すると思うんだ」


 ああ、なるほど。

 全員参加のチョコイベントというわけか。


 こういう突飛な発想が出てくるあたり、瀬古いのりは運や偶然で成功してきた人じゃなくて、社長になるべくして社長になった人なんだと思う。

 あのカノープスだって、実際にチョコをつくろうなんてアイディア、思いつかないだろう。


「シイナちゃん、キッチンスタジオを借りるのに、誠一郎の力を借りようと思うのだけれども、どうかな?」

「いいんじゃない。あのボンクラ、活用するだけ活用してあげた方が本人の市場価値も上がるわ」


 というわけでキッチンスタジオの都合もつきそう。

 人数は多い方が楽しいので、身近な人にも声をかけることにした。


「雲雀さん、来るといいですね」


 シイナに声をかけてみる。


「あの人は忙しいのよ。お母様の懐刀(ジョーカー)なのだから。私たちに構っている暇はないわ」


 気丈にいう声は、少しだけ寂しそうな響きを帯びていた。


 ……。

 …………。


 そして当日。

 社員九名の他にも、メノウ、クリスティナ、誠一郎、歌恋がきてくれた。


 やっぱり雲雀さんの姿はない。

 そもそも期待していなかったのか、シイナは残念そうな素振りを一切見せなかった。


「うわぁ! 芹沼歌恋の中の人だ!」

「驚くのはこっちだよ! よく企業広告に起用されているJK社長だ!」


 メノウと歌恋は初対面なのだが、年が近いせいか、ほぼ一瞬で意気投合している。


「涼くんの社長さんって、すごい一族の出身なんだね」


 歌恋がパートナーの体を包むようにハグする。


「前にも何回か伝えた気がするけれど……」

「そうだっけ?」


 奈良橋は恥ずかしそうに視線をそらした。


「メノウさん……あの……」


 クリスティナが気まずそうに、けれども照れたように体をモジモジしている。


「どうしたのだ、クリス?」

「いえ……メノウさんはどなたに本命チョコをつくるのかなと……気になってしまいまして」

「そんなの、お世話になっているクリス以外にありえないのだ」

「あぁ……なんとも勿体ないお言葉……」

「だからクリスも私用にチョコをつくるのだ。これは社長命令なのだ」

「はい、おおせのままに」


 仲良し姉妹のようにベタベタする主従。


「はぁ……チョコに媚薬(びやく)を混ぜたい」

「ん? 何かいった?」

「いえ、ひとり言です!」

「???」


 兄のゆりといい、妹のクリスティナといい、姫井兄弟の二人は幸せそうだな。

 いささか頭のネジが緩んでいる点もそっくり。


 誠一郎の知り合いが経営しているキッチンスタジオには、必要な器具と素材がすべて用意されていた。

 二人一組のペア、

 社長と俺

 神宮寺と姫井

 奈良橋と歌恋

 メノウとクリスティナ

 雪森と有栖川

 加賀美とシイナ

 というふうに分かれて、さっそくチョコ作りに取りかかる。


「それでは伊織さん、また後ほど」


 誠一郎はこの後も仕事があるらしく、すぐに立ち去ってしまった。


 バレンタインで登場しそうなレシピは限られている。

 トリュフ。

 生チョコ。

 ガトーショコラ。

 チョコクランチ。

 あとは市販のチョコを溶かして型に入れて冷やしてデコレーションしたやつ。(あれの呼び方がわからない……)


「社長は何をつくるのですか?」

「でっかいチョコケーキだよ! マサくんのハートを射止めるのさ!」


 なにこれ……。

 この宣告だけで心臓がドキドキしてきた。

 しかも社長はハート模様が入ったエプロンまで用意しており、ちょこちょこ動きまわる姿が可愛すぎる。


「ゆり姫は何をつくるの?」

「僕は食べる係なのです。神宮寺さんはつくる係なのです」

「いい加減にしないと、フライパンで尻をぶっ飛ばすからな」

「ごめんなさい……冗談です……チョコレートムースをつくります」


 神姫コンビは相変わらずコメディーみたいなことをやっている。


「雪ちゃんは?」

「ガトーショコラをつくります。アリスさんも一緒にどうですか?」

「いいね〜。便乗しちゃおっと!」

「では、チョコの湯せんと、メレンゲ卵に取りかかりましょう」


 雪森と有栖川のコンビは心配なさそう。


「涼くん、卵割れる?」

「たぶん大丈夫……」


 すぐに、あっ! という歌恋の声がした。


「ダメじゃん!」

「幼女の手だと割りにくい。でも次は大丈夫。このスタジオには電動式の卵割り機があるから」


 なぜここに『あっと驚く主婦の味方』が存在するのか……。

 奈良橋の料理スキルは怪しいが、歌恋が一緒であれば問題なさそう。


「メノウさんのお肌をきれいにするため、カカオポリフェノールがたくさん入った高カカオチョコをつかいますね」

「さすがクリス! 私が口にするものは全部一任するのだ!」

「お任せください」


 そのうち媚薬を盛られそう……。

 クリスティナの下心は見え見えなのに、気づいていないメノウがちょっと可愛い。


「……あの……加賀美さん」

「……はい」

「……お菓子づくりの自信は?」

「……え〜と、普通ですかね」

「……つまり経験者なのね?」

「……いちおう。シイナさんは?」

「……訊かないで」

「……わかりました」


 シイナは未経験か。

 一番心配なのは加賀美・シイナ組という気がする。


「とりあえず、素材と器具を取ってきましょう」


 アレコレと指示を出してあげる加賀美。

 不慣れな相方をリードするのは賢明な判断といえよう。


「卵に、生クリームに、バターに、ナッツに……」


 たくさんの材料を抱えたシイナが足を滑らせてバランスを崩しそうになった。

 なんとか(こら)えたが、はずみで卵が逃げてしまい、床に落としたかと思いきや、横合いから伸びてきた腕がスーパーキャッチを決める。


「そこのお嬢さん、運ぶのをお手伝いしましょうか?」


 聞き覚えのあるイケメンボイスに、シイナが恐るおそるといった感じでまぶたを持ち上げた。

 何回もまばたきを繰り返して、その人影が幻でないとこを確認している。


「雲雀さん⁉︎」


 まさかの想い人降臨である。

 (ほう)けているシイナの腕から、雲雀さんは材料を根こそぎ奪っていく。


「どうしてここに⁉︎」

「シイナさんがチョコをつくるとお聞きしましたので」

「でも他のお仕事で忙しいはずなんじゃ……」

「ご心配なく。そっちは片付けてきました。それに……」


 雲雀さんはキッチン台に材料を置くと、シイナの頭をナデナデしてあげた。


「シイナさんがチョコをつくっている姿、見てみたいじゃないですか? 私にもくれるのですよね?」

「いや……それは……」

「あれ? 違いましたか?」

「マズいに決まっているから! 他人にプレゼントできないわよ!」


 興奮したシイナが吠える。

 その反応まで計算していたのか、小刻みに震える体を、雲雀さんは優しく抱きしめてあげる。


「シイナさんは物覚えがいいですから。きっと大丈夫」

「……本当にそう思う?」

「もちろんです。それを伝えるために来たのですから」

「……ありがとう」


 圧倒的イケメン!

 この人が本気になれば99%の女性は口説けるだろう。


「ねえねえ、涼くん。私にも、ああいうのやってよ」


 興奮が飛び火したのか、歌恋がおねだりしている。


「いや、無理」

「なんで⁉︎」

「私は身長が足りないから。いま歌恋にハグしても不格好になる」

「…………」

「あと十年待って。頑張って背を伸ばすから」

「……うん」


 先が長いな。


 ……。

 …………。


 けっきょく俺はチョコプリンをつくって社長に食べさせてあげた。

 好物と好物の足し算だったので、当たり前なのだが、社長は床をゴロゴロするくらい喜んでくれた。


 肝心のイベントの方は『幼コレのキャラクターたちがお菓子づくりに挑戦する』という期間限定シナリオを追加することになった。

 いつもは有栖川がシナリオ担当なのだけれども『みんなで分担して書いてみよう』と社長がいい、全員がその案に賛成した。

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