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130 幼女の政治

 カノープスには無料のコーヒーマシンが置いてあり、誰でも利用していいとのことなので、厚かましくも一杯ごちそうさせてもらうことにした。


「このマシン、ファミレスに置いているタイプですよ」

「ボタンがたくさんあるね」


 初心者らしくブレンドコーヒーを抽出してみる。

 熱いのをふーふーしながら飲んでみると、豆が挽き立てということもあり、喫茶チェーンと比べても遜色のない美味しさだった。


「ん? お二人は砂糖とミルク無しっすか?」


 そこに龍造寺もやってきて、エスプレッソのボタンを押す。


 何をするのか見守っていると、スティックシュガー五本、ポーションクリーム五個をぶち込んだ。


 それで終わりかと思いきや、エスプレッソをもう一回押して、紙コップ一杯分の量にする。


「ちょっと! 龍造寺くん! その液体は絶対体に悪いよね!」

「甘い口当たりの缶コーヒーがこんなもんっすよ。加賀美はいちいち大げさだなぁ」

「いや……缶コーヒーをベースに語るのはどうかと思うけれども……」


 ドロドロの液体を龍造寺はうまそうに飲んでいる。


「コーヒー豆だって無料じゃないんだし、それって一杯何円するのかな?」

「豆が15円、砂糖が10円、クリームが25円らしいです。総務のお姉ちゃんにメチャ怒られました。なので私だけ給料からコーヒー代を毎月1,000円徴収されています」

「……だろうね。むしろよく1,000円で許してくれたね」


 何だろう……。

 龍造寺は秩序の破壊者というイメージがある。


 それはそれで魅力なのだが、既存のルールとか嫌いそうだし、流川でないと使いこなせない人材ではないだろうか?


「遊びは終わりっすよ。そのコーヒー飲んだらバリバリ働いてもらいます」


 俺たちは一枚の紙を渡された。

 いまガルメモが抱えている不具合の一覧が並んでいる。


「どれでも好きな不具合を選んでください。加賀美の腕前を見せてもらおうじゃありませんか」

「プレッシャーを掛けてくるね」


 加賀美は困ったように苦笑いしながらも、


「それじゃ、これと、これと、これを幼女株式会社で引き受けるよ」


 とあっさり決めてしまった。


「ん? 三件も対応してくれるのですか? 一件か二件でいいのに……」


 龍造寺が意外そうな顔をする。


「サプライズルーティンというやつさ。常に相手を少しだけ喜ばせてあげるっていう。いまは龍造寺くんが私のお客さんだから」

「うわぁ〜、加賀美はクソ真面目だな〜。真面目すぎて、一瞬、キモチワル! と思いましたよ。どうしたんっすか? 校長先生の爪の垢でも煎じて飲んできたのですか?」

「ひどい言い草だよね」

「褒めてるんっすよ」


 加賀美はホワイトボードを引っ張ってくると、これから作業しようとしている内容を書き出していく。


「このゲーム内メールの不具合だけれども、未読の件数が200件を超えたら、201件目以降が表示されない、というのが問題なんだよね」

「そうっす。運営からのメールにはゲーム内で使えるアイテムを添付してますから、アイテムボックス代わりにして、いつまでもメールを開封しないユーザーがいるんっすよ。まあ、全体の1%もいないですが……」


 加賀美はメールボックスの横にメールボックスを書いた。

 それはメールソフトの自動振り分けに似ている。


「幼コレでやっている手法なんだけれども、用途によってあらかじめボックスを分けてあげるんだよ」


(1)人から受信したメール

(2)運営から受信したメール ※添付アイテム有

(3)運営から受信したメール ※添付アイテム無


「こうすると読みたいメールが行方不明になっちゃうことも減るだろうし、ユーザーとしても便利でしょ」

「幼コレでそれを実装するとき、誰が考えたんっすか?」

「この部分は神宮寺さんじゃなくて社長が作ったね」

「気配り名人の瀬古さんらしいな〜」


 というわけで加賀美の案は採用となる。


 他の二件も似たような感じだ。

 ちょっと便利な機能に置き換えることで、今までの不便を手品のように消してしまう。


「ふ〜ん、不具合をただ改修するんじゃなくて、より良い機能に置き換えるなんて、加賀美はやり手のプロっすね」

「俗にいう横展開だからね。良い部分をコピーして、他に取り入れていくっていう、もっとも低リスクのお仕事だよ」

「いやいや、横展開って、コピー先とコピー元を深く理解していないと失敗するから、幸せな横展開って難しいですよ」


 話がまとまった時、カノープスの幼女社員が龍造寺を呼びにきた。


「龍造寺さん、もう幹部会が始まっていますよ! 遅刻しているの、龍造寺さんだけですよ!」

「あれ? 二時からじゃないの?」

「何いっているんですか! 今日は一時からですよ!」


 龍造寺は露骨に嫌そうな顔をして、手元のコーヒーをずずずっと飲む。


「私が参加しないとダメなんですかね?」

「ダメでしょう。ガルメモで発生している不具合の件数、ちゃんと把握しているの龍造寺さんだけなんだし」

「それね……私も正確な件数は把握していないんだよな……」

「うん、知っています。医者が患者数を把握していないのと同じですよね」

「なのに参加しないとダメ?」

「参加してください」

「意味があるのかな〜」

「あの場では龍造寺さんの言葉が真実になるのです」

「それじゃ、50件あった不具合を25件まで減らしましたっていうよ?」

「それでいいです。来週には12件にまで減る見込みです、と付け加えると100点満点です」

「正確な件数を把握していないのに? 12件まで減っちゃうんだ?」

「それが幼女の政治ってやつです」


 技術屋の龍造寺は納得できないようだ。

 すると幼女社員は周りをキョロキョロと気にして声のトーンをわずかに落とす。


「龍造寺さんには組織のナンバーツーとして現場を仕切ってほしい。流川さんはそう考えているようです」

「ほう? 流川さんが? 私に?」

「今日の朝礼、幼女株式会社さんをべた褒めしていましたよね」

「そうっすね」

「実はあれ、龍造寺さんのことも同時に褒めたのです」

「そうなの?」

「瀬古さんなんて一国一城の主じゃないですか。それを連れて来られる龍造寺さんも偉いんだって、社員たちに示したかったのです」

「私は気づかなかったな……」

「他の幹部連中は悔しそうにしていました。それで十分なのです。むしろ龍造寺さんは鼻にかけない方がいいです」

「面倒くさいな〜。社内政治なんて」


 龍造寺は連行されるようにして奥の会議室へと向かっていく。


「よし決めた! 幹部会を廃止しましょうって、幹部会で提案してくる!」

「いや、マジで勘弁してください。絶対に敵をつくるので。ガルメモが安定稼働するまで我慢しましょう」


 新興企業にも社内政治はあるらしい。


「龍造寺くんの無法っぷりを見ていたら、神宮寺さんが可愛く思えてくるよね」


 加賀美のそのセリフが印象に残った。

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