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106 攻略サイト

 無課金ユーザーの俺は、二つ目のエリアを攻略し、三つ目のエリアに挑戦したところで、とうとうボス敵に初敗北を喫してしまった。


 あと一歩で勝てそうだったので、キャラクターを鍛え直してこい、という運営からのメッセージなのだろう。


「う〜ん……」


 隣にいる神宮寺も難しそうな顔をしている。

 この人は課金ユーザーなので、攻略スピードは俺の二倍くらいなのだが……。


「俺はとうとう壁にぶち当たりました。もしかして神宮寺さんも苦戦中ですか?」

「いや、攻略は余裕なんだけれども……」


 神宮寺のパーティーはすべて高レアリティのキャラで構成されている。

 いわゆる俺TUEEEE状態であり、これをやると本当に何も考えなくてもバトルに勝利できる。


「圧勝するのって楽しいですかね?」

「不思議と楽しい。脳みそがバカになりそうな楽しさだな。開発者が何十時間もかけて用意したステージを、たった一分で突破するとか、快楽以外の何物でもない」

「ダメじゃないっすか。俺たちはガルメモの分析が目的なのですから」

「だよな……つい楽しくて」


 神宮寺は腕組みをすると、う〜ん、と再び悩んでいる。


「さっき課金した石で『SSRキャラ選択券』を手に入れたのだが……」


 いきなり最強キャラ一体が手に入るアイテムを買っちゃったらしい。

 神宮寺、まさかのガチ勢である。


「何を選べばいいのか迷うんだよね。攻略サイトによると汎用性の高い『パンドラ』か『モルドレッド』がオススメらしい。一応課金したから、最善手を選びたい気もするし、逆に、ネタに走っても面白い気がする。ちなみに選択券を買えるのは一人一回まで。だから余計に悩ましい」


 勇敢なる騎士モルドレッドも当然ながら可愛い女の子である。

 まあ、アーサー王を金髪碧眼の女性にしてくるのがゲーム業界あるあるだから、誰も文句はいわないだろう。


「もう攻略サイトが更新されているのですね」

「早いよな。直接リュウゾーにメールで質問しようかな」


 その時、神宮寺のもう一台のスマートフォンが振動し始めた。

 ディスプレイには


『龍造寺ヒイラギ』

『着信中』


 と表示されている。


「この時間帯にビデオ電話かよ。リュウゾーのやつ、余裕だな。悪い予感しかしねえ」


 タップした画面にブレザー姿の人物が映し出される。

 雪のような白髪の中にひと房だけ黒い部分が混じっているハイカラな幼女だ。


「神宮寺さん、おはようございます。見ました⁉︎ 見ましたか⁉︎」


 龍造寺は興奮を隠しきれない様子でいう。


「ん? ガルメモ? だったらいまプレイ中だよ」

「違いますよ! 週刊幼女ですよ!」

「ああ……」


 正直に、読んだよ、と伝える神宮寺。

 すると龍造寺は胸元のネクタイを緩めながら人懐っこい笑みを返してきた。


「メチャ可愛いでしょ! 流川さん! あの可愛さは天文学的でしょ!」


 龍造寺はかなり整ったフェイスラインをしている。

 笑うと女形俳優のような色気が生まれるのだ。


「なんだよ。天文学的な可愛さとか意味不明だよ。確かに可愛かったけれども……猫とか猫とか猫とか」

「ああ……ペルちゃんっすね。あいつ、本当に生意気なんだよな。流川さんには懐くくせに、私には敵意むき出しなんです。よく社長室にいるから、避けて通れないのが泣き所で」

「猫にルカにゃんの寵愛を奪われているのかよ。リュウゾーは本当にダセェな……」

「あいつの給料は猫缶なんで。私の方が百倍は貢献してますね」

「そこで張り合うなよ」


 ペルシャ猫に嫉妬するなんて龍造寺にも可愛いところがあるんだな。

 そう考えてしまった俺は思わず失笑した。


「ん? 笑い声? 須田くんかな?」

「いつも私の隣に座っているよ」


 とっさに名前を出された俺は、


「おはようございます。お疲れ様です」


 と当たり障りのない挨拶をしておいた。


「須田くんもガルメモを?」

「はい、さっき初めて負けちゃいました」

「それって『カルデラ溶岩林』のエリアかな? だったら適当に水属性のキャラを積めば突破できますよ。普通にドロップする一般キャラでいいので。まあ、戦闘は長引いちゃいますが、無課金でもコツコツ頑張れば最後のエリアまで攻略できます」

「なるほど。とても良心的な設計なのですね」

「いえいえ。幼コレを参考にしてます」


 しれっと嬉しい発言をしてくれる。

 どこか棘のあるイメージだったが、本来の龍造寺は温厚で、謙虚で、とても親切な性格らしい。


「なあ、リュウゾー」


 次は神宮寺が質問する番だ。


「さっき『SSRキャラ選択券』をショップで買ったんだけどさ……」

「えっ⁉︎ 神宮寺さん、もう課金したのですか⁉︎ やるなあ。私たちは売上で勝負しているのに……」

「おい、素直に喜べよ。一応、私はお客だぞ」

「まあ、そうなりますね」

「それでさ、さっき攻略サイトを開いたら、汎用性の高い『パンドラ』か『モルドレッド』がオススメと書かれていたけど、開発元としてはどうなの? 情報が出回るの早すぎじゃない?」

「そうっすね……運営元が一個人に肩入れするのはあまり良くないですが……」


 龍造寺が手元のスマートフォンをポチポチと操作する。


「いいんじゃないですか。その二体の片方で。イラストと声優の好みで判断していい感じですね」

「へえ、攻略サイトの情報って正しかったんだな。有志の誰かが更新したのかな」

「いや、そのページは私が書きました」

「なんだよ!」


 神宮寺は驚きのあまり咳き込む。


「攻略サイトってリュウゾーが更新しているのかよ! 騙された気分だぞ!」

「いやいや! 一部だけですよ! オススメ課金アイテムとか! ユーザーに変なお金の使わせ方をすると、満足度が下がるじゃないですか! あと間違った情報が出回っていないか、たまに社員がチェックしています!」

「抜け目ないよな……カノープス。さすがルカにゃんの会社だな」

「どういたしまして」


 龍造寺は手の内をあっさりと公開してくれた。

 同業他社のそういう情報は、わりと刺激的だったりする。


「逆に聞きますけど、幼コレの攻略サイトって、誰がアップデートしているのですか?」

「あれは100%ユーザー任せだな。偽情報が出回っても知らない。自己責任だ」

「ふ〜ん、なんか社風の違いを感じますね。瀬古さんは自然体だな〜」

「押し付けがましい感じとか、好きじゃないからな」

「緩いっすよね。それが瀬古さんですよね」

「自主性に任せたいんだろうな」


 互いの社長トークで楽しそうに盛り上がる二人。


「そういや神宮寺さんって……」


 龍造寺が一瞬だけ口ごもり、恥ずかしそうに前髪をいじった。


「瀬古さんのことを好きになったりしなかったのですか? 同じ幼女として胸がときめいたりしないのですか?」

「なっ⁉︎ ないよ! なんだよ、急に⁉︎ いのりがすぐそこにいるんだよ……」

「だって瀬古さんも可愛いじゃないですか? 文句なしで」

「う〜ん、私たちは友達だからな」


 神宮寺は動揺しつつも、可愛い、の部分はあっさりと認めた。


「いのりに不意打ちの頬っぺチューされたことがあるけどさ、全部が冗談って感じなんだよ。本気じゃないんだよ。だからリュウゾーが想像するような感情はないな」

「え〜、いいな〜。私も流川さんに頬っぺチューしてほしいな〜。嬉しさで呼吸不全に陥っちゃうな〜」

「愛が深いな。でもルカにゃんってマイペースそうだけど。リュウゾーの片思いなの?」

「そうっすね。流川さんの写真は山ほど保存してますけどね」

「へえ、写真は撮らせてくれるんだ」

「撮り放題っす」


 龍造寺が誇らしそうに親指を立てる。


「あと私が抱きついても無反応っす」

「それっていい意味で? 空気と同じってこと?」

「嫌なら嫌がるじゃないっすか。無反応ってことはその逆ですよ」

「なんか強引だよな……」


 そういう片思いって嫌いじゃないかも。

 幼女の恋話に耳を傾けながら、俺は柄にもないことを妄想してしまう。


「流川さん、私の好意にまったく気づかないのですよ。社長としては敏腕なのですが。そのギャップが可愛くて。あとですね、ちょっと聞いてくださいよ」

「なんだよ。恋する乙女かよ」


 龍造寺の冗舌に拍車がかかってくる。


「猫が好きなくせに。絶対にそれを認めないのです。『あれは好感度を上げるツールなのだよ。私はむしろ犬派なのさ』。口ではそういうくせに、家で猫を三匹も飼っているのですよ! ペルシャ猫とは別に! それでも猫好きを否定するって、頑固すぎて可愛いすぎるでしょ!」

「すまん。その感情は理解しかねる」

「ええっ⁉︎ なんで⁉︎」


 龍造寺が抗議の声を上げたとき、


「ちょっと龍造寺くん。さっきから何回も呼び出したのだけれども。今すぐ社長室まで来てくれないかな?」


 という流川のツンと取り澄ました声が聞こえた。

 これは恥ずかしすぎるタイミング。


「うわっ! すみません!」


 一瞬だけカメラに映った流川の胸元には、あのペルシャ猫がしっかりと抱きかかえられていた。

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