40:情報あつめ
体育館から戻ると、友里に耳打ちされた。
「今度の土曜日。午後から。どう?」
どう、と訊かれはしたが、皆の予定はそれでほぼ決まっているのだろう。結子の都合で改めて手配をしてもらうのは申し訳なくて、大丈夫だと答えた。
週末は糸結びの合間を縫って神社の手伝いをしているが、そこに合コンが捩じ込まれると何かの予定が心太のように押し出されてしまう。
糸結びを、今後──たとえば夏休みに──精力的にこなせば一日くらいはどうにかなるだろう。おそらく。
流れで頷いてしまったが、行くのだ、合コンというものに。
「ねえ。合コンってどんな雰囲気……?」
「んー、適当に話したりする感じ。あ、向こうも同学年だから敬語とかそういうの気にしなくていいよ」
じゃあ、と要件を伝え終えた友里は席に戻ってしまう。
適当に話をする、とはどういうものなのだろう。できればもう少し具体的に知りたかったが、聞けるような相手は──。
「今日は、お休みさせてください」
放課後、HRが終わるのを待って特別教室が列ぶ階へと急いだ。誰の気配もないことを確認し、何度も糸を引いて近衛を無理やり呼び出す。中々来なかったのは、忙しかったからなのか、どうか。とにかく、結子の前に姿を見せた近衛は少しばかり不機嫌だった。
『……どうした』
「今日、香菜と話がしたいので……その、糸結びは」
合コンのアドバイスを貰えそうな人物というと、香菜しか思い浮かばなかった。そもそも、友達らしい友達は香菜の他には居ないのだけれど。
大事な糸結びを休んでまでする話か、と根掘り葉掘り訊かれたらどうしようか。言った後で、そこまで考えていなかったことに気付く。けれど、嘘をついたところで近衛が相手だとすぐにバレてしまうだろう。
合コン参加の件は、近衛には伝えたくなかった。なんとなく、という曖昧な理由にもならない理由だけれど。
『分かった。今日は糸を結ぶのは休みにしようか』
「良いんですか?」
あまりにもすんなりと受け入れられたことに驚いて、思わず問い返す。
『……このまま無理やり引きずって連れていく方が良いのか?』
「それはちょっと……」
『だろう』
「近衛さんは、このまま神社に戻るんですか?」
何を話すのか、聞かれたりはしないだろうか。その中に含まれている意味はしっかりと伝わったらしい。
『付き添って欲しいのか』
「ま──まさか!」
慌てて首を振ると、近衛の表情が少し笑ったように見えた。
『盗み聞きするような悪趣味はしない』
盗み聞きという言葉が近衛には似合わなくて、結子もつい笑ってしまう。
「確かに。似合いませんね」
『それよりも、約束はしているのか』
「何がです?」
『江東香菜と』
「いえ。これから──」
言い終える前に、近衛が外を見るようにと視線で促す。騒がしさまでは伝わってこなかったが、昇降口からは帰宅する生徒の姿が見える。
『先に約束しておけば良かっただろうに』
「でも、近衛さんとの約束が先でしたから」
『神崎は、律儀だな。──遅くならないよう、気を付けるんだぞ』
「はい、それじゃあ──。今日はありがとうございます!」
断りを入れて踵を返す。廊下に足音を響かせながら、昇降口まで急いだ。
「香菜!」
昇降口に着いた時には、口の中がからからに乾いていた。名前を呼ぶのがやっとで、後が続かない。髪もぼさぼさになっていたかもしれない。結子を見た香菜は、手にしていたローファーを落としてしまったのだった。
「どうしたの、そんなに慌てて……」
「……きょう……」
一緒に帰ろう。そう続けたかった。だが、喉が水分を失ってくっついてしまっているのか声が出てこない。
「うん、何となく分かったから、とりあえず──ほら、水」
そう言って、鞄から取り出したペットボトルを差し出された。礼も言えないまま受け取り、半分ほど残っていた水を飲み干す。
「落ち着いた?」
「……ありがと」
空になったペットボトルの蓋を閉めて、改めて伝える。
「今日、一緒に帰ろう」
香菜は大きく口を開けて笑う。
「喜んで」
空は薄っすらと雲がかかっていたが、幸いにも雨は降っていなかった。せっかくだから、と駅までの道を遠回りしながら歩く。
「今日は先帰らなかったの?」
昼は一緒に食べるけれど、帰りは別。それが、珍しく廊下で待っていた結子を見て、香菜は驚いたようだった。言葉には嫌味な雰囲気はなく純粋に驚いている。
「ちょっと。たまには一緒に帰ろうかな……って」
本来の目的を切り出すことができず、特に用事はないけれど、という風を装う。
「そ。私で良かったら、何でも話してみてよ」
けれど、香菜には何も言わなくとも伝わっていた。いつもは別々に帰っているのだから、大慌てで追い駆けて来られたのでは何かあると思うのが当たり前だろうけれど。
「……ありがと」
「どーいたしまして」
香菜が振ってくれたお陰で、ぼんやりと頭の中で考えていた言葉が自然と出て来る。
「もし知ってたり、行ったことあったら、なんだけど」
「どこに?」
深呼吸をひとつして、例のイベントの名を口にする。
「合コン。……香菜は、行ったことある?」
その後で、少しの沈黙があった。時間にしてみればほんの数秒。だが、結子にはその数秒が長い。
待った末に返ってきたのは、期待通りのもの。
「あー……る、ねえ。ある」
歯切れがいい返事ではなかったが、けれど経験談は聞ける。
「楽しい?」
「びみょー。学校の話とか、趣味とかそういうの話したり。あとカラオケ? アルコールあったらそこそこ楽しめるかもしれないけど」
「は? え、アルコール……」
「飲んでない。飲んでないよ。成人してからの合コンなら楽しいのかもねって話」
楽しくはないのか。
「でも、なんで急に」
そう訊ねたくなるのも当然だろう。結子と合コンとを結び付けるのは難しい。
「ちょっと、興味があって」
「まさか」
香菜に肩を掴まれる。そして、ぐいと身を乗り出してさらに詰め寄られる。
「行くの? 合コン」
「あ──……まあ……うん」
「そっかー」
それは、どういう反応なのだろう。恐る恐る訊いてみる。
「……行かない方がいい?」
合わないから。そんなことを香菜は言えないだろうから、結子から振ってみる。
「なんで?」
「いや、なんとなく……」
「全然。行ったことないんでしょ? だったら、経験してみるのもいいと思うよ」
「そっか。うん……ありがと」
「た・だ」
「え?」
「合コンには合コンのドレスコードっていうか、ある程度はお洒落な格好して行かないといけないんだけど」
「……だよねえ」
何となく、香菜の言わんとすることは分かった。そしてきっと、結子のクローゼットに入っている洋服は少々場違いであろうことも。
香菜はクローゼットの中を知らないし私服で遊んだことはなかったが、それでもこの短い付き合いの中で何となく結子が場違いになるだろうと予想できたようだった。
「いつあるの?」
「今度の土曜。午後から」
残りの日を指折り数えてみる。放課後、服を買いに行くべきなのだろうか。いや、服をどうにかしたところで化粧や髪型──その他もろもろはどうすればいいのか。
「じゃ、その日の午前中はヒマ?」
「たぶん……でも、やっぱり」
都合が悪くなったといって断った方が良いかもしれない。いや、その方が結子のためだし参加する皆のためだ。
「え、結子、なんて顔してんの」
「だって、やっぱり止めたほうが……」
「大丈夫だって。土曜、朝イチでうちに来なよ。私が結子ちゃんを合コン仕様に変身させようではないか」
「え?」
「この江東香菜様に任せておきなさいって」
香菜は、そう言って得意げに胸を叩いたのだった。
一度、行くと言ったのだから後からやっぱり止めた、は失礼だろう。香菜も手伝ってくれると言っているから、悩んだ末に朝から香菜の家にお邪魔することにしたのだった。
食事の後、皿を洗いながらリビングでのんびりテレビを見る父に話しかける。
「お父さん」
「どうした?」
「今度の土曜日、朝から出かけていい? 夕方には戻ってくるから」
父の負担にはならないよう、言い添える。手伝いはできなくても、せめて家のことくらいはしなければ。
父の返事は、けれど思っていたものとは違うものだった。
「結子」
名を呼ぶ声音は、しごく真面目なものだった。まさか、どこかで合コンの話が漏れてしまったのかと構えてしまう。
「な、なに……」
だが、それは杞憂だった。
「いつも手伝ってくれて助かっているけどな。遊ぶ約束を優先して良いんだぞ」
「いや、でも。お父さん大変でしょ」
「昔から、何でも言うことを聞く子だったからな。一人娘だからと周りが言うから、遊ばずに手伝ってくれていたんだろうが──……うん」
テレビが消え、静になる。これは真面目な話なのだ。だから結子も水を止めた。
「手伝いだけじゃないな。ずっと言おうと思っていたが、良い機会だ」
シンクから離れ、リビングへ。父の向かいに腰を下ろすと、それを待っていたらしい。ようやく話が続けられる。
「神社の手伝いは楽しいか?」
「え? え、っと……」
楽しいか楽しくないか。そんなことは今の今まで考えたこともなかった。家のことだから手伝うのが当たり前。友達もいないから、ならば手伝うのも良いかと──そんな程度にしか考えていなかった。
「後を継がなければと思っているんだろうけどな。他になりたいものがあるんなら、その道に進めばいい」
神職以外の道。
確かに世の中には様々な職業がある。同時に、職業を選べる人と選べない人が居る。結子は、選べない側の人間。だが、それはそれで楽だった。何も考えなくて良いのだから。
「そりゃあ跡を継いでくれるのは嬉しい。だけど、結子が自分の夢を諦めてまで継いで欲しいとは思っていないよ」
「……うん」
「行きたい大学があれば、言うんだぞ。一人暮らしは寂しいけどな。結子がしたいことには、お父さんもお母さんも、出来る限り協力する」
「──……ありがとう、お父さん」
礼は自然に出ていた。皿を洗い部屋に戻る間、父の言葉が頭の中で繰り返されていた。
神職以外の生き方もあるのか。目の前には一本の道しかないと思っていたけれど、単に結子が気付かなかっただけで、いくつもの分かれ道があったのだ。
結子が神職に就かなかったら。
誰とも結婚しなかったら。
近衛は、どうするだろう?




