いきなりの実戦
男子達4人は60式での基本操縦訓練を終え、パワーアームのついている66式の訓練へと移ろうとしていた。
小稲は98式に乗せられていたが、吐き戻しこそしなかったものの、操縦自体はかなり難しいらしく、水平に歩くのもやっとの状態だった。
「ひぃぃぃぃ……」
「肩の力を抜いて、舞いを踊る様に静かに」
「舞いって何ですか? 舞いって????」
カガネさんは男子を放置させて小稲につきっきりだった。でもあの様子ではそれも仕方が無い。
男子は男子で、初めてパワーアームという格闘武器と言えなくもない物を手に入れて、それを動かして遊んでいた。箱を素早く持つ事を競ったり、上手く積み上げるのを競ったりしつつ、アームの感覚を身体に覚え込ませていた。勿論一番難しいのはタマゴを持ち、移動させる事で、俺もエルイルも失敗していた。
このパワーアームはこういう細かい事には全く向いていないのだが、それでもこのデカイ爪で繊細な作業を強いられる時もあると想定しての訓練だった。
タマゴの他にも家庭用のコンセントの抜き差しや、箒で掃除するなどの、微妙な動作も練習させられる。パワーアームにも一応フィードバック機能はあり、多少の手応えは戻ってくるのだが、本当に微かなものでしかなかった。
おかげで訓練が終わる頃には、腕周りの神経がヘトヘトになっていた。筋肉痛とはまた違う感覚で、脳と手先の神経が細かい作業をする事に対してストレスを感じていた。
この訓練は、実際は俺達よりも98式に乗っている小稲の訓練に等しかった。二、三日後には俺達はもうやる事が無くなっていて、遊びにも飽きてしまい、見張りの警備兵の人に先輩の経験話を聞くぐらい暇になっていた。それでもカガネさんも先輩も怒る事はなかったから良いのだろう。
問題は連日の超ハードな訓練で、身も心もボロボロになっている小稲の方だった。カガネさんは、マッサージでもしてやりな。と言うので、トシとコーブは女体に触れるという下心を持ちつつ、小稲の身体を揉みほぐしていた。ちゃっかり胸も揉んだりしていたが、胸は凝ってないけど胸の筋肉はほぐして欲しいと小稲に言われて、二人で右の胸と左の胸を分担してマッサージするという事になっていた。
「98式ってどうなの?」
「コンピュータのマウスってあるよね……設定間違えると、ちょっと動かしただけで画面端まで動いちゃうよね。あの状態でゲームをする感じかな」
「手がつりそうだな」
「そう……全身がそんな感じ。随分慣れてきたけど、先輩達ってこんな大変なものに乗ってるんだよね」
「98式は10人程度しか乗ってないって噂だよ。大抵の人は乗りこなせないってさ」
そうトシが答えたのだが、全身を心地良くマッサージしてもらえた小稲は、いつの間にか目を閉じ、寝息を立てていた。
「女の身体を触るのって、やっぱりいい感じなの?」
とコーブに聞くと、頷いていた。
「女の子の身体は柔らかくて癒されるよ。精密訓練をした後だとリハビリにもいい」
「ほんとそれ。俺、また明日もタマゴ割り訓練出来そうだよ」
(そうか……それなら、俺もやってみようかな……)
下心もあったけど、この、両手のうんざり感はなんとかしたかった。今の所、熱いシャワーでも浴びて脱力するぐらいしか、リラックスする方法はなさそうだった。
しかし翌日、俺達に与えられたのは88式とFM七式だった。
「えっ? 88式の練習はまだ二週間先だと聞いてましたが?」
「88式の新品が工場から送られてきた。勿論新品は現場行きで、中古が訓練用に流れてきたわけ。実際にはお前達は88式で作業をするんだから、早く慣れるにこした事は無い」
「わぁ! これすごいですね! スキャンゲージが30種類もあるんですね! これなら色々と状況が分かりやすくなります」
(30って……60式のゲージはたった6つだぞ……)
一体何にそんなに大量のセンサーを使っているのか、理解が出来なかった。しかし小稲は98式での訓練を追えて七式に乗ると、軽快に操縦をこなしていた。しかも軽やかにダンスを踊れるまでになっていた。
「うわ! 気付いたらいきなり追い越されてたって感じ」
とトシとコーブが唖然としていた。でも88式に乗ってみると、66式に比べればはるかに稼働率もフィードバックも良く、センサーも12に増えていて、タマゴを掴むぐらいは簡単にできるようになっていた。
初日は機体に慣れる事を目的とし、二日目以降は更に精密な操作の訓練をする予定だった。こんどは タマゴではなく、実際の回路の修理や、溶接などの、実践訓練だった。
そして俺達全ての状態を管理するという実践を、小稲がしていた。
「トシさん、もう少し左へ。セトルさんは上の方の難しい部分の修理をお願いします。コーブさんはバッテリーチャージ、エルイルさんはバーナーの交換もお願いします」
つまりFM七式とは現場監督みたいなものだった。それ自体が作業をする事もあるのだろうが、こうして大量のセンサーを使って、それぞれの機体の状態を監視する為の機体だった。
「……どうした?」
俺達が訓練をしている時、見た事の無い制服の男がカガネさんに駆け寄ってきたのが見えた。そして耳打ちをすると、すぐに建物の中に戻っていく。
その後ろ姿をしばらく見ていたカガネさんは、何かをぶつぶつ言いながら、どこかへと歩み去っていった。
そのまましばらく、小稲の指示に従いながら補修訓練をしていると、FM七形に似ていながらも更に複数のスキャナーとアンテナを装備し、色も赤桃色に塗られた機体が俺達の方に近づいてきていた。指揮官機のFMV式だった。
そのコクピットは展開されたままで、カガネさんはダイレクトリンクせずに手動……いや自動操縦で近づいてくると、俺達に号令をかける。
「全員作業中止、整列!」
ただ事でない事は、カガネさんが機体に乗っている事で明らかだった。
カガネさんはコクピットの中の各所から細いコードを引っ張り出すと、指揮官用のスーツに繋いでいく。そして最後にヘルメットを着用するとコクピットを閉じた。
「お前達には悪いが、今すぐ実践戦闘を行って貰う。小稲は各機体のエネルギーと弾倉の管理を行い、フル装填させろ。皆は小稲に従え」
「あ、あの……今、戦闘って……」
トシがそう言うと、カガネさんは状況を説明した。
「お前達の先輩の小隊が全滅した。先日見た花橋小隊だ。彼らは全員、戦闘には不向きだと判断され、お前達が繰り上げで戦闘を行う事になった」
「あ、あの、わ、私……戦闘なんて……聞いた事が……」
小稲が怯えた声でそう言いながら、各機体の補給状態を見て、指示を出していた。トシにはサブマシンガンが渡され、コーブと俺にはアサルトライフルが持たされる。エルイルにはスナイパーライフルとまではいかないがロングレンジライフルが持たされていた。
「トシさんは残弾に気をつけて下さい。その他の機体は20ミリ弾丸を共有できますが、サブマシンガン用の8ミリの予備はありません」
「でもサブマシってばらまくのが仕事だろ……」
「トシの8ミリは対人と撹乱の為だ、ばらまけばいい。相手と撃ち合おうとは思うな」
カガネさんがそう言い、訓練場の端の方にある巨大貨物エレベーターの方へと歩いていく。補給を済ませた物から順に、カガネさんの所へと移動した。
「以降、私の事は隊長付けで呼べ。花端隊長は現在撤退中。我々はそれをサポートし、花端隊の撤退を援護する」
「私達、誰と戦うんですか? せめて、認識コードを教えて下さい」
「小稲。敵の一覧の中で一番上にあるやつを選べ」
「……ネクスター、ですか?」
「そうだ。細かい説明は無事に戻ってから説明する。全員、昇降機に搭乗!」