囚われの小稲
――BF2280
俺達がフィーンドと交戦したのは、約2300階だった。そこから更に上へと進んだ時、遙か上方で爆音と振動が起こったのを小稲が俺達に報せた。
「おそらく2200階付近で戦闘が行われています」
だとしたら、先ほど俺達がフィーンドと遭遇したのも不思議な事では無かった。むしろ単独で良かったというべきだった。
周りの景色を見て思うのは、2200階のアビスがどんな形態であるにせよ、フィーンド達からミシュテカを守っているという事実だった。
「改めて言うが、無理はするなよ。これは調査だ。調査は全員が帰還する事が前提だ」
カガネ隊長が横穴の中を歩きつつ、そう言った。それだけこの先が危険だと言いたいのだろうが、それを実際に体験する事になってしまった。
「隊長、『親玉』が来ます」
「来るか。出来るだけ上の方から見よう」
近場の横穴から、大トンネルへ続く横穴のうち、できるだけ高く、見晴らしの良い所を探す。三箇所ほど候補があり、俺達はそれぞれ別れて、その穴から地響きの正体をその目で見た。『親玉』とはエルイルが皮肉をこめて、芋虫達の親玉という意味で言った言葉だったが、その姿を見た時、俺達はその言葉が皮肉では無いという事を感じた。
「ああ……こいつは……」
「これって……味方? これは、アビスなの? フィーンドではなく?」
超巨大な芋虫が、その巨躯の横に着いた無数の足を動かして、トンネルの中を猛スピードで走っていた。その頭部はヤツメウナギの口にそっくり……というべきか、このピーストのモデル自体がヤツメウナギなのだろう。少なくともフィーンドとは違い、実際に存在する生物を模した物だった。
その怪物は走り去る際に、尻の部分からバラバラと小さな芋虫と体液をばらまいていく。この巨大芋虫は常にトンネル内を巡回しつつ、もしそこに敵が居たら轢き殺しつつ、そして小さな芋虫達をばらまく事でトンネルの補修と拡張をおこなっていた。
「おそらくはアビスだろう。敵意があるなら、もう下層階に掘り進んでいる筈だ」
誰かにそう言って貰いたかった。という点では、カガネ隊長は本当に優秀な上司だった。たとえ嘘偽りでも良い、時折爆発しそうになる不安を和らげてくれるこの隊長に、俺は心の中で感謝した。
この狂気の世界では、ギリギリの理性を保つだけでも精一杯だった。
「……?」
ふと、小稲がその場で立ち止まったので、俺達は何事かと彼女の方を振り返る。
「何か……通信が……」
「通信? どこからだ?」
カガネ隊長の言葉に対し、小稲はすぐに答えなかった。おそらくその通信がどこから来ているのかを逆探知しているのだろう。見つからなければ、小稲が次にする事は簡単に予想できた。
「……うっ!? う! んっ……あ!!」
「小稲! すぐにMGを元に戻せ!」
最大感度のマインドゲインモードにした途端、小稲は全身を震わせてその場にしゃがみ込んだ。
「ご、ごめんなさい……みんな、ごめんなさい!!」
誰に対しての謝罪だったのか。小稲がそう言った時、彼女のX68式の全身に何か、コードの様な物が巻き付き、捕らえられてトンネルの奥へと引き込まれていった。
「小稲さん!!」
咄嗟に反応出来たのは雪刃さんだけだった。彼女は射出型の小型センサーを小稲に向かって数発撃ち込み、その一発がなんとか当たっていた。
だが、所詮は近隣を警戒したり、通過地点に置いておく監視カメラ代わりのセンサーの為、出力は弱く、あっという間に俺達のディスプレイ上から範囲外へと反応が消えていく。
「追いましょう!」
俺がそう言うと、カガネ隊長はすぐに頷いた。
「勿論だ」
小さなトンネルの中を潜り、小稲が連れ去られた方へ進むと、自然と地響きと爆音のする方へと近づいていく事になる。
ある意味では、この追跡は、上へと進む最短ルートを教えてもらっている様な物だった。無数に交差する小さなトンネルと、時折突き当たる大通りに相当する大きなトンネルで出来た立体迷路の中を、小稲は迷う事無く、上方へと向かっているのを小型センサーが伝えていた。
小稲の居ない今、最も広範囲を探知できるのは雪刃さんしかおらず、彼女はハッキングの機能を一時停止して、彼女が感受できる最大限のMGレベルで周辺を警戒していた。
(小稲は……どうして謝ったんだ?)
生き物の腸内の様な通路を、両手両足を酷使して進みながら、頭の中で先ほどの小稲の様子を思い返していた。
精神感応値を最大にした彼女は、まず通信が来たと言っていた。そしてその次にオーバーロードが起こり、皆に謝った。
(簡単な想像だと、敵側の通信網に触れてしまって、こちらの位置を知られたって事だろうか)
小稲が傍受した通信は敵側の物で、そして逆探知をされてしまい、過剰反応に至った。
敵はすぐに探知した小稲を狙い、捕まえて連れて行った。
(……どうして、連れて行ったんだ?)
こちらの位置が分かったなら、攻撃してくるのが常套だろう。小稲の機体に巻き付いていたのは、触手ではなく電気のコードの様な無機質なものだった。
「うっ……!」
すぐ近くで爆発が起こり、俺達は狭い通路の中で四肢を踏ん張ってその振動に耐えた。アベリアさんが小さく悲鳴をあげて、滑り落ちそうになっていたが、エルイルが咄嗟に壁に銃身を突き刺して足場にして彼女の身体を支えた。
「あ、ありがと……いつもごめん……」
「いつだって助けるさ」
エルイルとしては、精一杯格好をつけたキザな台詞だった。しかし、聞いている他のメンバーは皆、一瞬その場に凍り付いていた。
「う、うん……」
「行きましょう。これ以上離れてしまうと、どこへ向かったのか予測さえも出来なくなってしまいます」
雪刃さんの言葉に現実へと引き戻された俺達は、すぐに小稲の追跡を再開する。既に俺達のセンサーには全く反応が無いが、雪刃さんにはギリギリで見えているらしく、俺達に進む方向を指示してくれていた。
再び爆発と振動、そして獣の咆吼。おそらくそれはフィーンドの声だった。猛り狂う声がすぐに小さくなり、そしてディスプレイ上の光点の一つが明滅する。他にもビーストとフィーンドの光点は多数反応していたが、雪刃さんの指示する道は、それらの敵の間を上手くかいくぐっていた。雪刃さんにその事を尋ねると、違うと言う。
「小稲の連れて行かれているルートが、敵の居ない所を選んでいるんです」
「連れて行った奴は、敵がどこに居るか分かっていて、避けているのか」
カガネ隊長の言葉に雪刃さんが頷き、隊長はむぅ、と小さく声を漏らした。
「味方か敵か、どちらが連れて行ったのかなんて、追いつけば分かる事だが、それでも気になるな」
想像を巡らせた所で所詮は想像。現実の方が想像を越えているこの状況では、考えるよりも身体を動かすべきだった。それは皆が分かっている。しかし俺達が人間であり、正気であるなら、大切な仲間を連れ去ったのが何者なのか考えたくもなるだろう。
もしフィーンドに捕まったのなら、もう死んでいるかもしれない。もし味方なら……味方って一体誰なのか? 太陽系軍が機体をコードで絡め取って連れ去るなんて事はしないだろう。もし、一つだけ可能性があるとすれば……。
(まさかな……)
皆も同じ事を考えていただろう。そして、その答えを俺達は程なく見る事になった。
大トンネルの中に走る小さな道を通り抜けると、巨大な空間に辿り着いた。
「地下……2200階……」
雪刃さんが声を詰まらせながら、俺達の居る階層を告げた。遙か上方、2100階までの吹き抜け空間は、今までにあった様な、待ち伏せをする為の空間ではなかった。
ここは、言わば、巨大なスズメバチの巣の内側だった。




