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地獄への扉


 今回は調査が目的だった為、エリスさんもオルフェ中佐もおらず、ハッカーは雪刃さん一人だった。

 雪刃さんがアビスに纏わり付いている肉片を排除していくのを手伝い、そして、一部の装甲を焼き切って、アビスの内部の回路に右手を突き入れる。俺はハッキングという事をした事が無いから、どうやるのかは分からないが、見る限りは皆、腕を奥まで突っ込んで、そのまま神経を集中させる為に沈黙していた。

 今野雪刃さんも同様に、そのまま寝ているかのように、アビスの本体に横顔をくっつけたまま動かない。


「……一箇所、出来ました。もう何カ所かあると思います」


 NCWのヘルメット越しに雪刃さんの目が開き、俺達を見てそう言った。その後、右腕を抜き取ると、また別の所からアビスの内部に手を突っ込む。


「ああ、大丈夫です……でも、大丈夫ではないかも」


 という微妙な事を言いながら、雪刃さんはすぐにアビスから身体を離した。


「このアビスは移動部分であって、本体ではないんです。本体は、この部屋のどこかに何カ所かあって、このレールを通して移動部分に指示とエネルギーを補給させ、そして必要な時はビーストを産み出させます」


「この移動部分さえハッキングしておけば、本体が生きていても、何もする事は出来ませんが……」


「とは言え、一度逃がすと大変だな……その移動部分を完全に止めておく事は出来ないのか?」


「それはできませんね……この移動部分が修理や補給を行っていますから、こうして動きを止めていると、ここのアビスはそのうち死んでしまいます」


「生きていく為にはこのコアの部分が必要なんです。例えて言えば手の様な物です。無いと何も出来ないんです」


「分かった。エルイル、アベリア、メインシャフトを使って下へ応援を呼びにいってくれ。私達はここでこいつを見張っている」


「了解」


 これだけ肉壁でコーティングされているにもかかわらず、メインシャフトの周りには生態かされた形跡はなく、綺麗に保持されていた。エルイルは操作パネルを使い、蓋を開けると、下へのエレベーターシャフトを開け、そして下降していった。

 そのまま待つ事30分ほどで、オルフェ中佐とエルスさんがやってきて、俺達にねぎらいの言葉をかけてくれた。


「よくやったな。調査に向かったという報告は聞いていたが、まさか単独でアビスを止めてくれるとは思わなかった」


「中佐、すみませんが、雪刃から説明を聞いて、ハッキングをお願いします」


「うむ。それぞれ別れている本体部分を全て中立化させなくてはならない様だな。エルス、頑張ろうか。雪刃は疲れてないか?」


「大丈夫です。この子を見張っていただけですから」


「では、引き続きそいつを見張っててくれ。よし、では小稲、本体の場所を探してくれ。行こう、エルス」


「了解」


 と意気込んで走り始めたオルフェ中佐は、身長が低い事が災いして、まるで子供がもがくように肉壁の上をもたもたと走る事になってしまっていた。仕方無く、小稲が中佐を背中に乗せて、その指示を聞いて歩いていた。

 本体は各壁に一定距離毎にあり、本体同士が連携して信号を出していた。また、この肉の壁の内部は生物工場になっていたが、オルフェ中佐曰く、とても効率的に作られているそうだった。

 全ての本体をハッキングして中立化するのは、それほど時間はかからなかった。一箇所に付き3分もあればハッキング自体は終わるので、あとはこの広大なフロアに点在する制御部分全ての所に移動する方が時間がかかっていた。


「ハッキングは終わったが……これはこのフロアはどうしたものか……こんな所に拠点は作れないから一階下にでも作るとするか」


「それは大佐と中佐にまかせます」


「では、あとはここから先……へはいったいどこから行けば良いのだ?」


「中央に大きな扉がありますが、現在は閉じています」


 小稲に言われてその場所に行くと、その部分は分厚い鋼鉄で閉じられた大きな門があった。上へ向かう部分がこんな風に厳重に閉じられているのは初めて見る光景だった。

 その扉は鋼鉄製で黒く、まるで人間の肋骨を模した様なデザインになっていた。一本一本の歪んだ横棒がこの扉の強度を高めると共に、閂の形で扉を固く閉ざしていた。


(まるで、地獄への門だな……)


 そう思いながら見上げていると、カガネ隊長がいつものように、皆の気を幾許か救ってくれる一言を告げる。


「ルゴールとしては、ここが最終防衛戦のつもりなのだろう。狂気に囚われているにせよ、それが自分の作ったこのアビスを守る事に執着しているうちは、大丈夫だ」


 心の中に膨れあげる不安。それを、大丈夫だという一言で払拭してくれる隊長の言葉は、アサリナ大佐にはない人間らしい気遣いだった。


「私には、この6メートル近い門の大きさと、爆発物程度ではびくともしない重厚さの方が気になります。小稲、スキャンを」


「あ、すいません! 今すぐ……うわっ……これは、なんでしょう?」


 小稲が皆にデータを転送すると、何かの生物の巨大な巣の一部が投影されていた。ここ2500階から上の地形には、もはや平行な床など無く、縦に伸びる柱と、その間を縫うように通路が絡み合っていて、正確に現在が何階、と呼べる様な物ではなくなっていた。


「この門は、どうやら、これだけの巨大なフィーンドを食い止める為に作られたのだろう。この先はまさに地獄だな」


 地上へ近づくに連れて現実から離れていくこの状態に、俺は軽い絶望感を覚えていた。

 俺でさえ、いったいこの先はどうなるのだろうと心のどこかで怯えているのだから、他の者はもっと怯えていただろう。

 その証拠に、カガネ隊長もオルフェ中佐も、その扉の向こうがどうなっているか、開くのかどうかさえも口にしなかった。

 目の前にあるこの巨大な地獄門は、今の俺達に対しても、この先へ通る事なかれ、という風に伝えていた。


「まずは、このアビスを支配下に置く。移動ユニットは移動先とそこまで通るルートを提示するようにプログラムを組み直した。改めて二小隊をここに呼び、一小隊は護衛、一小隊は安全装置の設置を行う」


「すまないが、一応、見張りを置いておきたい。もしもの時の為に」


「俺が残ります。わかるでしょ?」


「……頼む」


「わ、私も残ります!」


 俺がオルフェ中佐に言ったのは、今の俺達の心の中には絶望しかないけど、俺はそれをゲーム感覚で我慢出来るから大丈夫、という意味だったのだが、どうも小稲はそうとらなかったらしい。というよりは、小稲自身の心が壊れかけていたのかもしれない。


「セトル、小稲を頼む。少しケアしてやってくれ」


 カガネ隊長は疲れた顔をしながらそう言った。それを聞いた小稲が、自分の考えていた事と違うと思い、少し首をひねっていた。それに気付いて、カガネ隊長が付け加えた。


「小稲、セトルに優しくな」


「はい」


 ぶよぶよとした不気味な内蔵と、そこを切り裂いて血まみれになっているアビスのコアと、そして不気味で巨大な鋼鉄の扉。何一つ心を癒してくれる景色はなかった。

 だからかもしれない。小稲は皆がメインシャフトから降りて居なくなった事を確認すると、すぐさまNCWを脱いで俺に抱きついてきた。


「……小稲、大丈夫?」


「ごめんなさい、色々……色々考えちゃって、今は、こうする事しか出来ないの、ごめんなさい」



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