地下2500階の異変
ラボラトリーがXV1式を元にしたX68式を開発している間に、兵士達の心には一つの変化が出てきていた。オルフェ中佐はきっとその事を心配していたのだろう。
ミシュテカが守られ、安全が保証されると分かった今、無理をして先へ進む必要は無いと考える者達が出てきた。
彼らは記憶を消してミシュテカに戻る事を希望し、その数は30人近くにのぼった。戦いに疲れたというのもあるだろう。3500階へのゴリ押し作戦のツケが今になってかえってきた所もある。あの作戦で死んだ者を戦友に持つ者は、引退する機会を探していただろうし、戦意を失った以上は、兵士は続けられない。
そして3000階の半人型アビスの仮拠点に近づきたがる者も無く、サブベースは3500を中心にして作られ始めていた。3000階では相変わらず半生命体の兵器がビースト達と戦闘をしていたが、ハッキングのおかげで人間側には攻撃をしなくなっていた。
故に3000階まで降りてくる新たな敵、ビーストを迎え撃ちつつ、その種類やデータを持ち帰る日々が続いた。
ビーストには大別してアサルター、ガーダー、ハッカー、タンクが居て、兵器としての基本的な方向性は変わっていない様だった。しかしアサルターはヒョウやライオンなどの肉食獣を基本に遺伝子操作されて産み出されていて、しかもレーザーブレードが仕組まれた牙と爪で襲いかかってくる厄介な猛獣だった。ガーダーはサイや象と言った重量級であり、突進してゴリ押しする事を目的としていた。植物系の大抵はハッカータイプで、小型パルス発生装置を胞子のように拡散したり、或いは本体そのものがプラズマを放射したりする事で、相手を撹乱していた。
やはり厄介なのはタンクだが、まだ数体しか見た事が無く、ゴリラが背中に大砲を背負っている様な姿だった。その一撃はボマー級の破壊力を持つが、それ故に味方が居る所では攻撃してくる事はなく、長距離からの榴弾砲として数度攻撃を受けた事があった。
できればタンクはスナイパーに任せたいところだが、相手は壁の裏などの遮蔽物越しに攻撃するという知恵を持っている為、なかなか狙う事が出来なかった。
これに対し従来の火力型アサルトタイプに、キャノンタイプをつける事で対抗する流れになり、アサルターとウォリアーには近接戦と中距離戦という明確な差が出来ていた。
小稲の機体には、エネルギー変換器が取り付けられ、アビスから有線でエネルギーを転送するという試みが新しく行われていた。
そうしなければ、武器の破壊力が増大しているのに対して、バッテリーが殆ど持たず、20発も撃てば弾切れしてしまうという状態になっていた。この為にアサルターは常にエネルギーの供給を受ける必要があり、また、ガーダーの持つパルスシールドの充電も頻繁に行う必要が出てきてしまった。
3000階から本格的に侵攻する事は殆ど無かったが、俺達がビーストと戦う事によって半生体型のロボット達の数が増えていき、少しずつ押し返す様になっていた。
2900まで押し返すようになると、次は2800代まで押せるようになり、敵の猛攻が始まるとまた2900まで戻されるのだが、一度撃退すると敵の攻撃はあきらかに弱くなり、また、よく撤退するようになった。
「生物兵器の弱点は生物というその部分にあるのだろう。つまり、高性能だが多くは作れない。半生体型ロボットは資材があればいくらでも作れるが、NCWとパイロットはそういう訳では無い、だから撤退し始めている」
「ただし、相手はロボットではない。どんなアビスかは想像もつかないが、ビーストを作り出しているアビスは守りを固める筈だ。無理はせずにセンサーで敵の動きを把握しながら詰めていこう」
というオルフェ中佐のアドバイスの元、俺達は2800階付近でビースト達と応戦していた。
やがてラボが開発していた武装ができあがり、本体のNCWもX68式が普及するようになると、少しずつ兵士達にも活気が出てきた。
3000階の不気味な顔はマスクによって覆われ、見た目にいくらかはマシになり、床と壁面を覆う筋肉繊維からは目玉が外され、外見としてはメインベースに近くなった。
戦闘には俺達だけでなく本体の兵士も参加する様になり、ビーストに対する戦い方を知る事ができる様になった。ただし、気を抜けば即死する相手である事に変わりはないため、死傷者が出るのは避けられなかった。
「……敵が居ない?」
「はい、2500階まで、敵の反応がありません」
「罠とは考えにくいな……この数週間ほど、敵の姿も殆ど見ていない。カガネ隊は調査へ。他の物は3000階に後退」
感覚としては、とうとう全滅させた。という雰囲気が強かった。今までの経験だと、こんな風に敵の数が激減すると、2500あたりに敵の塊がいるのをセンサーで発見し、様子を見ながら後退するという事を繰り返してきたのだが、今回は全く敵が居ないと小稲は言う。
「センサーにひっかからない敵なんて居ませんよね?」
「可能性はあるかもしれない。或いはセンサーを無効にする方法もな。熱センサーは注意してみておけ」
怯えつつ、2500階に辿り着き、そして、3000階よりも、もっと生体的……というよりも、壁も床も天井も肉壁で覆われていて、まるでこのフロア全体が巨大な生物の内臓の様に思えた。
「……アビスはどこだ?」
吹き抜けのフロアには、アビスの姿は無い。その代わりに、一部の壁が盛り上がりまるで膿みが出てくる様に中から生物兵器が出てくるのが見えた。
「アサルト型、全員、射線を集中させろ」
産まれたばかりのビーストは、まだ無防備な状態所にエネルギー弾の雨を受けてすぐにその命を失っていた。
「……この肉の壁の中を、何かが移動しています。移動は矩形で、直進のみ。一定距離毎に停止して、移動する方向を変えています」
「つまり肉の下にマス目状のレールがあってその上を動き回っているという事か」
「はい。床だけでなく壁にも移動します。今は、左斜め前です!」
小稲が指したところの肉の壁が盛り上がり、今度は花が産み出される。すぐにそのビーストの息の根を止めるが、確かにこのペースでは、今の俺達の侵攻スピードには追いつけないだろう。
「まずは動きを止めよう。全員散開して、包囲網をつくれ」
俺達は縦横に大きく広がると、まずは相手が移動できる面積を狭めていく。ビーストが産み出されるとそれに対応して、全員が一箇所の戻って対応し、倒すとまた散開し、アビスの動きを追う。
ビーストを一度編み出すのに30分ほどかかる事がわかると、俺達は走ってアビスの移動先を狭めていった。アビス一応壁にも登れるが、低い部分しか移動出来ない様で、南西の端に追い詰められていた。
「壁を裂いて、アビスを探すぞ」
実はやりたくなかったのだが、隊長の命令とあっては仕方が無い。近接武器を持っている者は、この内蔵の様な肉を切り裂き、両手で掻き分け、血と汚液の様な物にまみれながら、掘り進んでいく。肉の表面を斬り通すと、黄色い脂肪分が見える所など、生物そのもので、吐き気がした。
後ろで小稲と比奈瀬さんが、吐きそうになっているのを我慢している声が聞こえた。
しかし俺と隊長、そして雪刃さんは懸命に肉の中を切り分けて進み、そして三人でようやく抱えられるほどの金属部分を捕まえる事が出来た。
「パルス弾、撃ちます!」
雪刃さんがそう言って、金属の蓋の部分にパルス弾を撃ちこむと、アビスは移動をやめた。
「雪刃、一人で出来るか?」
「頑張ります」




