暴走する善意
3500階では序々に前線基地が作られ、3小隊が交代でメインベースと行き来していた。現在はメインシャフトエレベーターが解放されている為、下へ戻る分には楽だが、上に登るのは相変わらず迷宮の中を通る必要があった。
その迷宮の通り道も、最短かつ路幅も大きくすることで登坂を楽にしていたが、まだこの3500階が、完全に安全な場所では無い為、100階毎に遮蔽壁とジャミング装置が設置され、警戒を怠る事はなかった。
「本当に……何もいませんね」
「既に太陽系軍の兵士の亡骸は処分した。全部で三小隊がここまで降りてきた形跡がある」
「三小隊も、ここまで来れたんですか」
「ああ、3000階から上の状況次第では、我々も本腰を入れて交戦する事になるだろうな」
「つまり、上で太陽系軍とフィーンドが交戦していたら、俺達も参戦するという事ですね」
「そうだ。地球側とコンタクトが取れれば、あらゆる意味で、私達のこの百年の戦いは無駄ではなかった事になる」
この時点では、俺達の心には希望という名の期待が生まれていた。一人でもいい、生きている太陽系軍の兵士と話がしたい。外はどうなっているのか、地球はどうなっているのか。ミシュテカは助かるのか、或いは、この惑星C9は150年前の様に地球人達が訪れるようになるのか。
3000階まで登る間に、交戦した箇所は多数あり、太陽系軍が光学兵器を使用していた事は確認出来た。おそらく、この俺の機体と同等か、それ以上の破壊力を持った最新の武器によって、戦っているのだろう。
相手は自動警備ロボットばかりで、興味深かったのは、ボマーとタンクが無力化されていた事だった。双方ともセンサーと動力部分を破壊されて無力化され、爆破された形跡はなかった。その破壊の傷跡を見る限り、それは近接武器による斬撃であり、それが意味するのは、センサーを無効化して近づく装備があるらしい事だった。ロボットから見れば、透明の敵が近づいてきていきなり倒されたという感じだったろう。
その手の隠蔽装備が残っていれば良かったのだが、捜索班の持ち帰った残骸からは、その類の物は無かった。
考えようによっては当然かもしれない。彼らの様に姿を消せる兵士がいたなら、その装置を使ってここから脱出、撤退した事だろう。
――BF3010
まずは調査隊が生体反応を確認した所まで進み、そこで小稲にスキャンさせた。
「こ……れ……は……」
「何だこれは……」
小稲は言葉を詰まらせて、スキャンしたマップデータとセンサーの状態を皆に転送する。地獄の光景としか想像できない状態に俺達も唖然とした。
地下3000階はアビスフロア特有の吹き抜けのMAPになっている。そしてそこには無数の自動防衛ロボットと生体反応のある敵が、入り乱れて戦っていた。
フィーンドが攻めて来て、アビスがそれに抗っているとしか思えないのだが、そのアビスにも生体反応が重なっている。
アビスがフィーンドに浸食されているという可能性ぐらいだろうか。何にせよ、俺達にとって良い答えに至る想像は皆無だった。
「上がどうなっているか分からない。場合によっては即時、退却する。それをふまえて、生体敵を攻撃し、アビスを守る」
ここまではアビスが敵だったというのに、ここではアビスを守るというのだから、現実は何がどう変わるか予想出来ない。
アサルターである俺とカガネ隊長、アベリアさんがまず上に出て、出口付近から様子を見る。敵が交戦しているのはアビスより西側で、3000階への出口は南東にあり、様子を伺うには良い位置だった。
「うわ……こ、これ……ええーっ……」
「…………」
カガネ隊長とアベリアさんは、その光景を見ても言葉が出なかった。
フロアには一面に脂肪の様な白い部分と筋肉のような赤い筋で床が覆われていて、しかも所々には目にしか見えない球体があり、キョロキョロと周りを見回している。
そしてその肉塊の上を走る警備ロボットには、それぞれ小さな脳味噌の様な物がついていて、半生命体の様な姿をしていた。
俺達は出来る限り、敵から隠れながら、アビスへと近づくと、そのアビス自体に人間の顔の様な物が複数ついていて、それぞれ表情を変えながら、呼吸をしているのを見た。
そのアビスに対し、襲いかかっているのもまた人智を越えた存在で、鋭い牙を持った象の様なロボットや、地面を動き回る花が電磁パルスの様な火花を散らしながら、警備ロボット達と戦っていた。
「っ!」
すぐ右脇の、赤い筋肉の筋の上から、ローグタイプのロボットがカガネ隊長に飛びかかり、隊長はすぐに避け、俺とアベリアさんがエネルギー弾を撃ち込む。頭部にはやはり小さな脳味噌があり、それがはじけ飛ぶと、ロボットは動かなくなった。
「気持ち悪い……」
小稲が一言そう言ったが、誰もがそう思っただろう。
「3500階では、アビスにNCWが取り付けられ、そして警備ロボット達を操っていた。その考えを進化させたとすれば、次はアビスとロボットに擬似的であれ生体脳を持たせる事だろう」
「でも、脳なんて作れるんですか?」
「私に聞かれてもな……一体、なんとかして生きたまま、連れて帰るか」
周りの様子を伺いつつ、最も手頃な敵はやはり4足形かガーダーだっただろう。20分ほどセンサーを睨みつつ、4足形が一体近づいてきたのを見て、比奈瀬さんが囮として前に立つ。
盾を構え、4足形から放たれる20ミリ弾を受けている間に、俺が後ろへ回り込み、まずは足をマチェットで切り落とした。
しかし、その時、俺はこの4足ロボの頭部についていた目が俺を見ている事に恐怖を感じた。
(こいつ! 分かっていたのか!?)
動けなくなった機体を押さえつけ、すぐに20ミリマシンガンとビームガンを斬って壊したのは、その砲塔がなんとかして俺を撃とうとしていたからだった。残ったのは一つの目と小さな脳。その目は不気味な事に、じっと俺を見ていた。
「今回はこれで撤退しよう。そいつを連れてメインベースまで戻ろう」
俺達のもたらした情報は、ラボの研究者達にとっても、メインベースの物にとっても、
暗い影しかもたらさなかった。
「考えられるとすれば、ルゴール博士はNCWの次に人工脳を作った。もしかしたら作ったのではなく、誰かの脳を利用したのかもしれない。警備ロボットを支配して守りに徹するアビスの次は、自律して行動するアビスと警備ロボットを作ったという事だ」
「要するに、このホラー映画の人面塔の様なアビスは、自律して行動する簡易殺戮兵器を産み出しているという事だ。そして、もう一つの問題は、一体何と戦っているかだ」
「映像では、巨大な花と象に見えます。象型の4足のロボットで身体全部が装甲で覆われている。牙の部分はおそらく近接武器でしょう。花は一体何なのか……小さなパルス体を胞子のように散布している様に見えます」
「これらの敵はフィーンドではないでしょう。フィーンドはこの様な地球上に存在する生物とは全く別の生き物です」
ラボラトリーにいるドクター達が、絶望に満ちた表情で、自分達に理解できる範囲での分析と答えを言い合っていた。




