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俺が書いたラブコメが現実になっている件について、完璧な生徒会長は何も知らないふりをする  作者: ウイング神風


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俺が書いたラブコメが、現実になった件について

「だあああっ! 次の展開は相合傘だ! これしかない!」


 静まり返った自室に、俺の叫び声が響き渡った。


 時刻は午後十一時。


 机の上には飲みかけの麦茶と、学校から持ち帰った教科書。そして、目の前には一台のノートパソコン。


 画面に表示されているのは、俺が執筆している学園ラブコメ小説だった。


「突然の雨! 傘を忘れた主人公! そこに現れる美少女ヒロイン! 二人は一つの傘の下で急接近! くううっ、王道だけど最高じゃないか!」


 我ながら完璧な展開である。


 雨音に包まれた帰り道。


 いつもより近いヒロインとの距離。


 ふとした瞬間に触れ合う肩。


 そして、主人公が初めてヒロインを異性として意識する。


「いいぞ、いいぞ! これぞ青春! これぞラブコメ!」


 俺は興奮したままキーボードを叩き続けた。


 カタカタカタ、と小気味よい音が部屋に響く。


 ちなみに、自己紹介が遅れた。


 俺の名前は桜庭悠馬。


 どこにでもいる普通の高校一年生だ。


 ただし、一つだけ人に自慢できることがある。


 それは――小説を書いていることだ!


 ……いや、正確には自慢できるほどの実績はない。


 俺はネット小説投稿サイトで細々と活動している、いわゆる底辺Web作家なのである。


 連載開始から一か月。


 投稿した話数は十話。


 総PV数は、驚異の八十七!


「……いや、少なすぎるだろ」


 自分で言っておいて悲しくなった。


 人気作家なら一日で何万、何十万というPVを稼ぐ世界で、俺の小説は一か月かけても百に届かない。


 ブックマークは二件。


 評価はほとんどなし。


 ランキングなんて、夢のまた夢だ。


 それでも、俺には夢がある。


 いつかプロの小説家になって、自分の書いた物語で誰かを笑顔にすること。


 落ち込んでいる人が、俺の小説を読んで少しでも元気になってくれたら。


 そんな作品を、いつか書いてみたい。


「……よし。完成!」


 俺は最後の一文を打ち終えると、大きく伸びをした。


 続いて、誤字脱字の確認。


 文章の流れ。


 会話のテンポ。


 ヒロインの可愛さ。


 すべてを確認してから、投稿画面を開く。


「頼むぞ、俺の最高傑作!」


 マウスを握りしめる。


 そして――。


「投稿!」


 クリック。


 画面に『投稿が完了しました』という文字が表示された。


「ふう……」


 俺は椅子の背もたれに身体を預ける。


 これで今日の仕事は終わりだ。


 あとは読者の反応を待つだけ。


 さあ、今夜は何人が読んでくれるだろうか。


 俺は期待に胸を膨らませながら、アクセス解析画面を開いた。


 新しい話のPV数。


 ゼロ。


「…………」


 更新。


 ゼロ。


 もう一度更新。


 ゼロ。


「だああああっ! 誰も読んでねえええっ!」


 思わず机に突っ伏した。


 いや、わかっている。


 投稿したばかりなのだから、すぐに読まれるとは限らない。


 そんなことは百も承知だ。


 だが、作家という生き物は、投稿ボタンを押した瞬間から読者の反応が気になって仕方がないのである。


「せめて一人……一人でいいから読んでくれ……!」


 祈るような気持ちで画面を見つめる。


 すると。


「……お?」


 数字が変わった。


 ゼロから、一へ。


「い、一だ!」


 たった一人。


 されど一人。


 この広いインターネットの海で、誰かが俺の小説を見つけてくれたのだ。


「ありがとう! どこの誰だかわからないけど、本当にありがとう!」


 俺は画面に向かって頭を下げた。


 すると、今度は通知音が鳴った。


 新着コメント、一件。


「……マジか?」


 慌ててコメント欄を開く。


 そこに表示されていたのは、見覚えのあるユーザー名だった。


『アイドルA』


「おおっ! アイドルAさん!」


 この人は、俺の小説を第一話から読んでくれている数少ない読者の一人だ。


 毎回、丁寧な感想を送ってくれる。


 俺が書いた何気ない台詞まで覚えてくれている、ありがたい存在なのである。


 今回のコメントは――。


『素晴らしい相合傘の展開ですね。雨の日だからこそ生まれる二人だけの時間、とても素敵でした。私も、桜先生の描くような出会いに憧れます』


「くううっ……!」


 俺は両手で顔を覆った。


 嬉しい。


 めちゃくちゃ嬉しい。


 自分の頭の中だけにあった物語が、誰かの心に届いた。


 それだけで、今日一日頑張った甲斐があるというものだ。


「しかも先生だってよ! 桜先生! いやあ、照れるなあ!」


 ちなみに『桜』というのは俺のペンネームだ。


 本名の桜庭から一文字取っただけという、安直極まりない名前である。


 それでも、先生と呼ばれると悪い気はしない。


 俺は早速、返信を書き込んだ。


『いつもありがとうございます! そう言っていただけて嬉しいです! これからも最高のラブコメをお届けできるよう頑張ります!』


 送信。


「よし!」


 俺は勢いよく立ち上がった。


「待ってろよ、未来の読者たち! いつか絶対に人気作家になってやる! ラブコメ王に、俺はなる!」


 ……まあ、今の読者は片手で数えられる程度なのだが。


 それでもいい。


 夢は大きいほうがいいに決まっている。


「さて、寝るか」


 パソコンの電源を落とし、布団に潜り込む。


 明日も学校だ。


 授業を受けて、帰宅して、小説を書く。


 そんな代わり映えのしない毎日。


 だけど、俺はこの生活が嫌いじゃない。


「明日も、いい一日になりますように」


 そう呟いて、俺は目を閉じた。


 まさか翌日、自分が書いたばかりのラブコメみたいな出来事を経験することになるとは、このときの俺は夢にも思っていなかった。


     ◇ ◇ ◇


「……しくじった」


 放課後。


 俺は昇降口の前で、絶望していた。


 目の前に広がっているのは、灰色の空。


 そして、地面を激しく叩く雨粒。


 ザーザーと降り続く雨は、止む気配すらない。


「なんで今日に限って傘を忘れるんだよ……」


 朝、家を出たときは晴れていた。


 天気予報を確認しなかった俺にも責任はある。


 しかし、ここまで見事に降られるとは思わなかった。


 周囲の生徒たちは、次々と傘を広げて帰っていく。


 友達同士で一つの傘に入る者。


 迎えに来た家族と帰る者。


 そして、仲良く相合傘をするカップル。


「……ちくしょう。青春しやがって」


 思わず恨めしい視線を向けてしまう。


 俺だって昨日、相合傘のシーンを書いたばかりだ。


 文章の中なら、どんな美少女とだって相合傘ができる。


 だが、現実はどうだ。


 傘もない。


 彼女もいない。


 迎えに来てくれる美少女なんて、もちろん存在しない。


「……よし、走るか」


 幸い、家までは徒歩二十分程度。


 全力疾走すれば、十分ちょっとで帰れるだろう。


 制服が濡れる?


 知ったことか。


 男は度胸だ。


 俺は覚悟を決め、雨の中へ飛び出そうとした。


 そのときだった。


「――そこのあなた」


「……はい?」


 背後から、涼やかな声が聞こえた。


「傘をお持ちではないの?」


 振り返る。


 そして、俺は言葉を失った。


 そこに立っていたのは、一人の美少女だった。


 腰まで届く、艶やかな黒髪。


 すっと整った鼻筋に、長い睫毛。


 澄んだ瞳は、まるで磨き上げられた宝石のように美しい。


 何より印象的なのは、その上品な佇まいだった。


 ただ立っているだけなのに、周囲の空気まで変わったような気がする。


 俺は彼女を知っている。


 いや、この学校で彼女を知らない生徒など、ほとんどいないだろう。


 九条栞。


 二年A組。


 成績優秀、品行方正。


 教師からの信頼も厚く、生徒たちからも絶大な人気を誇る、我が校の生徒会長である。


「え、えっと……九条先輩?」


「あら。私のことをご存じなんですね」


「そりゃ、もちろん!」


 知らないわけがない。


 入学式で新入生代表に向けて挨拶していた姿は、今でも覚えている。


 まるで物語に登場するお嬢様のような人だった。


 そんな高嶺の花が、なぜか俺に話しかけている。


「傘を忘れてしまったんですか?」


「は、はい。見事に忘れました」


「まあ。それは大変ですね」


 九条先輩は困ったように眉を下げた。


 その仕草すら絵になる。


 美少女ってすごい。


「でしたら……」


 先輩は手に持っていた傘を、そっと掲げた。


「よろしければ、ご一緒しませんか?」


「…………へ?」


 今、なんて?


「私の傘に、一緒に入りませんか?」


「えっ、俺がですか?」


「ええ。もちろん、あなたです」


 九条先輩は、花が咲くような微笑みを浮かべた。


 その瞬間。


 ドクンッ!


 心臓が大きく跳ねた。


 待て待て待て。


 これは、まさか。


 相合傘?


 あの相合傘?


 昨日、俺が小説に書いたばかりの、あの王道ラブコメイベント!?


「い、いや! 大丈夫です! 俺、雨には強いので!」


「雨に強い?」


「はい! 多少濡れたくらいじゃ、びくともしません!」


「ふふっ。面白い方ですね」


 笑われた。


 恥ずかしい。


 今すぐ地面に埋まりたい。


「でも、駄目ですよ」


 九条先輩は、優しく首を横に振った。


「そんな雨の中を走ったら、風邪をひいてしまいます」


「いや、でも、先輩に迷惑が……」


「迷惑ではありませんよ。私がそうしたいんです」


「…………」


 そんなことを言われたら、断れるわけがない。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


「はい。どうぞ」


 九条先輩が傘を開く。


 俺は、おずおずとその隣に入った。


 途端に、雨音が少し遠くなる。


 一つの傘。


 二人分の肩。


 思っていたより、ずっと近い距離。


「では、行きましょうか」


「う、うっす!」


 俺たちは並んで歩き始めた。


     ◇ ◇ ◇


 ……近い。


 近すぎる。


 いや、傘が小さいわけではない。


 普通の大きさだ。


 ただ、二人で入るとなると、どうしても肩が近くなる。


 九条先輩が一歩動くたび、黒髪がさらりと揺れる。


 ふわりと漂う、石鹸のような清潔な香り。


 俺は必死に前だけを見つめていた。


「桜庭くんは、一年生でしたよね?」


「えっ!? あ、はい!」


「ふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


「す、すみません!」


「謝らなくてもいいんです」


 先輩は楽しそうに笑った。


 くそっ。


 なんなんだ、この人。


 優しすぎるだろ。


 これじゃ、勘違いする男子が続出するぞ。


 ……俺もその一人になりそうだけど。


 やがて校門を抜けたところで、俺はあることに気づいた。


「あれ? 九条先輩、駅には行かないんですか?」


 先輩が歩いているのは、駅とは反対方向。


 俺の家へ向かう道だった。


「ええ。実は最近、引っ越したんです」


「引っ越しですか?」


「はい。こちらの方面に」


「へえ……そうだったんですね」


「不思議ですね。帰り道が一緒だなんて」


「ははっ、本当に偶然ですね」


 なんという幸運。


 美少女と相合傘ができるだけでも奇跡なのに、帰り道まで同じとは。


 神様。


 今まで散々、俺の小説を読まれないようにしてきたことは許す。


 今日だけは、心から感謝したい。


「ところで、桜庭くん」


「はい?」


「何か、夢中になっていることはありますか?」


「夢中になっていること、ですか?」


「ええ。部活動でも、趣味でも。何でも構いませんよ」


 突然の質問に、俺は少し考えた。


 趣味。


 夢中になっていること。


 そんなもの、一つしかない。


「……小説、ですかね」


「小説?」


「はい。読むのも好きですけど、書くほうがもっと好きで」


「まあ。素敵ですね」


 先輩の瞳が、嬉しそうに細められた。


「どんな小説を書くんですか?」


「ラブコメです。まあ、まだ全然人気はないんですけど」


「人気がないからといって、素晴らしくない作品とは限りませんよ」


「……え?」


「誰か一人でも、あなたの物語を楽しみにしてくれているなら。それは、とても素敵なことだと思います」


 俺は思わず、先輩の横顔を見た。


 昨日、たった一件のコメントに喜んでいた自分を思い出す。


 そうだ。


 俺の小説には、読んでくれる人がいる。


 だから、書き続けられる。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 先輩は、いつもの優しい微笑みを浮かべた。


 その笑顔を見ていると、不思議と胸が温かくなる。


 雨は、まだ降り続いていた。


 けれど、さっきまで鬱陶しかった雨音が、今は心地よく感じられる。


 俺は昨日、自分の小説に相合傘のシーンを書いた。


 主人公がヒロインを意識し始める、王道の恋愛イベント。


 まさか、その翌日に自分が同じような経験をするなんて。


 現実というのは、ときどき小説よりも奇妙なことが起こるらしい。


「桜庭くん?」


「は、はい!」


「肩、濡れていますよ」


「あっ、いや、これは……」


「もう少し、こちらへ」


 九条先輩が傘を俺のほうへ寄せた。


 自然と、二人の距離が縮まる。


 ドクンッ。


 また、心臓が跳ねた。


 ……まずい。


 これは、本当にまずい。


 俺は今まで、何人もの可愛いヒロインを小説に登場させてきた。


 でも。


 現実の美少女が、こんなにも破壊力のある存在だなんて知らなかった。


「……九条先輩」


「はい?」


「今日は、本当にありがとうございます」


「ふふっ。どういたしまして」


 先輩は嬉しそうに微笑んだ。


「私も、楽しいですから」


 その一言で、俺の心臓はまた騒がしくなった。


 雨はまだ、止みそうにない。


 だけど今だけは。


 もう少し、この雨が続いてくれてもいい。


 そんなことを、俺は思ってしまったのだった。

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