第6話 ビクトリー
で、現場到着。
「着いたぞ」と指し示された場所は木々の開けた小さな空間だった。その中央にこんもりと盛られた植物の山がある。
ピンク色の可愛らしい花が鈴なりについたつる植物、に見えた。先ほどからずっと甘い匂いがしていたのだが、発生源はどうもこの山らしい。
リジーはこの植物の名前を知らない。紋章魔術には使われていないので。
「ここで何をするんですか?」
「あ? 説明してなかったっけ」
「そういえば僕達が説明するんでしたねぇ」
おかしいだろ上司がすることだろ、とまた文句で盛り上がり始める二人を背景に、リジーはそっとピンク色の花を摘み取った。
落ちていた石で磨り潰し、持ってきていたペン先につける。この即席のインクを使って、同じく持ってきていたノートに小さな小さな円を描く。
魔力伝導率を確かめるための、極めて簡易な紋章だった。結果は……駄目そうだ。
「おい、何してんだ」
「仕事の説明をしますよぉ」
やっと教えてくれるらしい。リジーはノートから顔を上げた。
「このウィ……なんとかって花は放ったらかしておくと魔物を誘引するんだよ。駆除しろって言われてんだ」
「昨日僕達でこの辺に咲いているやつをぶっちぎってかき集めておきました。面倒臭かったんですよぉ、本当に」
「で、問題はコレをどう処理するかって話だ。燃やせれば解決なんだが、この量の生花を燃せるほどの火力を壁外で用意できねェ」
「燃やせないなら埋めるしかありません。やりたくないですけど。絶対やりたくないですけど」
ふむふむ。適宜相槌を打ちながらリジーはノートに書き込む。
コレ、と示された山はリジー三人くらいなら埋められそうな量がある。確かに並大抵の火力では難しそうだ。かといって埋めるのも大変だろう。
「腐り始めたらマズいんだったか。今の感じだと明日くらいまで置いとけそうだな」
「ですね。折角ですし、この優等生さんに見せてもらいましょうよぉ。紋章魔術」
そりゃあいいやと二人が笑う。
「となると、優等生さんには今日中に紋章魔術を組んでもらわないといけませんねぇ」
「可哀想に、徹夜仕事になっちまうかもなァ。紋章魔術を新しく作るって大変なんだろ?」
「エドワード君は前の仕事で一週間くらいかけてましたよ」
「じゃあ七倍早く作ってもらわないといけねーなァ」
ゲラゲラ。
甘い匂いの漂う真昼の森の中、危険な壁外のど真ん中で爆笑している二人と、その横で真剣にウィなんとかの山とノートとを交互に見る一人。
冒険者として真面目に壁外を探索している者が見たら目を疑う光景だった。幸か不幸か、迂闊とも言える彼らの行為を咎める人間はいなかったが。
「はー、じゃあ、帰るか。優等生ちゃんには一時間くらい机に向かってもらって、それで終いにしよう。んで、優等生ちゃんの口から『私に篝火隊は無理です』ってグラウス隊長に言いな」
「職場体験はこれでおしまいです。篝火隊なんて忘れてヴェルム・レウルに帰るといいですよ。この花は明日、僕達で埋めときますから。当然グラウス隊長も強制参加でねぇ」
「えっ?」
「あ?」
「んん?」
最初の「えっ?」はリジーによる「帰るんですか?」の意であった。
次の「あ?」はレッティによる「帰るっつってんのに何でノートなんか広げてんだ?」の意であった。
最後の「んん?」はヘルマーによる「なんか今火の粉が散りませんでしたか?」の意であった。
ドカン。
極めてシンプルな爆発音がレッティ、ヘルマーの背後から響き渡る。異様な音と熱に振り向いた彼らの目には、煌々と立ち登る火柱が映った。
太陽を招待したかのような輝き。煙すら立ち上らない灼熱。甘い香りをかき消して漂う灰の臭い。と、満ち足りた感じのリジー。
水気をたっぷり含んでいた植物の山が、一瞬にして跡形も無く消えていく。
ポロリと地面に落ちていくシャベル。熱気にはためく祭服。轟々と燃え盛る炎を前に、誰かがぽつりと呟いた。
「始末書……?」
リジーの耳には届かなかった。ので、リジーは堂々とブイサインを作ったのである。ビクトリー。




