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コミカライズ決定【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: 王璃月
おまけ

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23/23

予告編

「物語の解像度は、他者が振るうインクの奔流に比例して深化する」


更に一巡した世界の朝は、ホワイトボードに書き殴られたデタラメな『定理』から始まった。

ヴェリタス探偵事務所。

貴族街の煌びやかなレンガ造りの舗道と、スラム街の泥濘んだ路地が交差する境界線に建つこの古びたビルは、築年数不詳の違法建築である。窓の外では、新暦108年の魔導産業革命を象徴する蒸気とマナの排煙が空を灰色に染め、接触不良で点滅する魔石灯が、まだ眠い目をこするような頼りない明かりを路面に落としていた。


白衣の裾を揺らし、エラーラ・ヴェリタスは事務所の窓枠に腰掛けていた。彼女の視線の先にあるのは、王都の光景ではない。

それは、この世界の「外側」だった。


「……ふむ。ナラ君よ、聞こえるかね。この空間が、少しずつ平面的に、それでいてより強固な実体へと収束していく音が!」


エラーラは手にしたドーナツを一口かじり、銀色の髪をかき上げた。その瞳は、いつもの不敵な光を宿しながらも、どこか遠い観測地点を見つめている。


「はあ?……な、何言ってるのよ、お母様。また変な魔法の実験?それより早くその書類を片付けてよ。あと、そのお腹!線が太くなる前に、少しは引っ込めたらどうなの!」


ナラティブ・ヴェリタスが、湯気の立つマグカップを机に叩きつけるように置く。彼女の赤い瞳には、怒りではなく、なんとも、言葉にできない戸惑いが混じっていた。

だが、彼女もまた、感じていたのだ。

自分たちの存在を定義する「言葉」の密度が変わり、もっと別の、鋭利で力強い、別の者の「線」の意志が、自分たちの輪郭をなぞり始めていることを。


「いいや?ナラティブよ。これは進化だよ。私たちが、より多くの人間に『観測』されるための、いわば、『転生』だ。私たちのこの愛すべき日常が、今度は白と黒のコントラストの中で、音もなく叫び始めるんだ。ほら、そこにある影の形を見てごらん。今までよりもずっと、濃い黒色をしているだろう?」


そこへ、アリシア・ヴェリタスが優雅な足取りで紅茶を運んできた。彼女はエラーラの言葉を聞き、慈愛に満ちた、それでいて底の知れない微笑みを浮かべる。


「あらあら、おかあさま。わたくしたちが、絵になるということですのね? それは素敵なことですわ。わたくしの愛が、より美しい曲線となって皆様の目に留まる……」


アリシアの言葉には、確かな確信がこもっていた。彼女たちは気づいている。この世界が一度「完結」し、そして今、新たな意志によって「リメイク」されようとしていることに。


「ちょっと!さっきから何なの?言ってる意味が全然わからないんだけど?」


扉を蹴破って現れたニーアが、ふさふさの尻尾を逆立てて叫ぶ。


「なになに?私のこの自慢の尻尾が、もっと細かく、一本一本の毛並みまで書き込まれるってこと!? だったら、もっと可愛く描きなさいよ!私は世界一の歴史学者なんだから!」


「……ふふ、ニーアは相変わらずだね」


ルキアがその隣で静かに笑う。彼女の瞳には、かつて失われたはずの、そして今ここに再構築された世界の全てが映っていた。


事務所の中は、異様な熱気に包まれていた。それは、新しい世界へ踏み出す期待と、自分たちの形が変わることへの根源的な恐怖が入り混じった熱だ。


アスナがくしゃみをし、鼻先から小さな炎が漏れる。その炎の形が、今までよりもずっと鋭く、躍動的な「描き込み」に変わっているのを、彼女自身も気づいていた。


「とういうことは!……私の……私の領収書も、もっと鮮明に燃えるっていうんですか!許せません、エラーラさん!」


その混沌の中で、ルキアは自分の手を見つめた。

かつて、すべてが消え、すべてが痛みさえ共有していたあの静寂の世界。

それに比べれば、今ここで起きている変化は、なんと騒がしく、なんと生命力に溢れていることか。


「ねえ、お母様」


ナラティブが、少しだけ声を落としてエラーラに尋ねた。


「私たちは、変わってしまうの?この事務所も、この空気も。誰かのペン先一つで、別の存在に書き換えられてしまうの?」


エラーラは窓枠から飛び降りると、ナラティブの頭を乱暴に撫でた。


「まあ、観測者が変われば、見える姿は変わる。外見も、性格も、関係性もね。……だが、私たちの核心にある『生きる意志』……すなわち『愛』は不変だよ。たとえ線が太くなろうが、背景が緻密になろうが、私がドーナツを愛し、君が私を、そして、世界を愛でるという真理は、どの次元に行っても揺るがない」


エラーラは事務所の真ん中に立ち、集まった全員を見渡した。

事務所の壁が、天井が、少しずつ、まるで紙の上に描かれたスケッチのように、白黒の諧調へと溶け込んでいく。


「さあ、みんな!準備はいいかね!私たちの物語は、ここで一度幕を閉じ、そして次のページで、より鮮明な『線』となって再誕する!」


エラーラの声に呼応するように、事務所全体が眩い光に包まれた。

それはインクの匂いと、新しい紙の匂いが混じり合った、生命の予感だ。


「争いも、悲劇も、すべてはこの新しい紙面の上で、力強いインクの飛沫となって昇華される。私たちが歩んできたこの苦難の道も、これからは美しい『ビジュアル』として、誰かの魂を揺さぶるだろう!」


ルキアの目から、一筋の雫が零れ落ちた。

それは今や、一滴の熱い、黒いインクとなって、彼女の頬を伝う。

だが、その熱さは、どの文字よりも熱かった。


「私たちは、生きている!今度は、誌面の中で、この、ページの隅々まで、愛という名の意志を刻み込んでやるんだ!」


エラーラの高笑いが、世界に響き渡る。

ナラティブが笑い、アリシアが微笑み、ニーアが叫び、アスナが炎を吐く。

それぞれのキャラクターが、自分の新しい「形」を受け入れ、その輪郭を強く、深く、自己定義していく。


「さあ、描き始めるといい!  私たちの、最高に騒がしくて、最高に愛おしい、新しい日常を!」


エラーラが最後に、読者の視線に向けて、不敵なウィンクを投げかけた。

その瞬間、ヴェリタス探偵事務所のすべてが、鮮やかな一本のペン先によって、新しい紙の上へと吸い込まれていった。

世界が、白と黒の、より深い真理へと反転する。


「ただいま、新しい世界(ページ)!」


物語は漫画「ヴェリタスの最終定理」へと続く。

主題歌:Prototype

https://open.spotify.com/track/3AF20K9zGJskBf25VvmGLE?si=CJucv8nzSy680U2bHWPtjQ

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