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コミカライズ決定【3位】ヴェリタスの最終定理6 悪魔の慈愛  作者: 王璃月
●第22章:悪魔的な解答

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証明7:絶望に至る最後の断片!

ルキア・ブラックとマキナ・バイタル。

二人の悪魔による骨肉の争いは、キャピタルシティの空を舞台に、凄まじい空中戦として展開された。魔力と魔力の衝突は空間を歪め、放たれた漆黒の光弾と破壊の波動は、無数のビルを薙ぎ倒し、街のインフラに多大な被害をもたらした。本来であれば、国家を揺るがす大事件として歴史に刻まれ、首謀者たちは永遠の地下牢へと叩き込まれるはずの惨劇である。


しかし。


ここは狂った倫理と経済至上主義が支配するウエストワールドだ。この街には「経済発展のためにはトラブルすらそのまま進行させて、後々に帳尻を合わせる」という、正気の沙汰とは思えない政策が根付いている。


結果として、半壊した街はたった数日のうちに突貫工事で不自然なまでに平らに均され、仮設の店舗が立ち並び、市民たちは何事もなかったかのように「正しい歩行マナー」を守って出勤していく。そして、あわや街を消し飛ばしかけた張本人であるマキナ・バイタルは、倫理局の白いデスクに座り、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドの完璧な指揮の下、理知的に、かつ驚異的なスピードで復興予算の書類に判子をつきまくっていた。


一方、ボーン探偵事務所でも、日常は完全に元通りになっていた。

古びたソファの上で、ルキア・ブラックは毛布にくるまり、平和そのものの顔でフィレモの淹れたミルクコーヒーを啜っていた。その向かい側では、アレック・ボーンが新聞を広げながら、昨晩の野球の試合結果に一喜一憂している。どこからどう見ても、のんびりとした探偵事務所の平和な朝の風景である。つい数日前、娘と元嫁が自分のために殺し合いをしていると勘違いして絶叫していた男の姿は、そこにはない。


だが、この底抜けに明るく、そしてどこかピントのずれた平和な日常に、ついに終止符を打つ者が現れた。


フィレモである。


「アレックさん、ルキアさん。……突然ですが、私、この探偵事務所を辞めさせていただきます」


コーヒーカップをテーブルに置き、フィレモは深々と頭を下げた。その手には、すでに荷物が詰め込まれた小さなトランクが握りしめられている。事務所の明るい日差しの中、彼女の表情はこれまでにないほど真剣で、そしてどこか晴れやかであった。

アレックは新聞から顔を上げ、目を丸くした。


「おいおい、冗談だろフィレモ。急にどうしたんだ。給料の未払いなら、先月分はちゃんと払ったじゃあないか」


ルキアは毛布から顔だけを出し、じっとフィレモの目を見つめた。ルキアには、説明されずともフィレモの決断の理由が手に取るように分かっていた。

フィレモが探偵事務所を辞める理由。それは、金でも名誉でも、ヴォイドの思想に心酔したからでもない。


理由はただ一つ、「命が大切だから」である。


フィレモは、アレックのこともルキアのことも大好きだった。この騒がしくも温かい探偵事務所の生活を、心から愛していた。

しかし、先日のルキアとマキナの凄絶な決闘を間近で目撃し、彼女の生存本能は最大級の警鐘を鳴らしたのだ。あの二人の悪魔の戦いは、完全に規格外である。今はたまたま休戦状態にあるだけで、いつまた些細なきっかけで、あの破壊の嵐が巻き起こるか分かったものではない。

次にあの壮大な親子喧嘩が始まった時、魔力を持たないただの人間である自分がこの探偵事務所にいたらどうなるか。


次は間違いなく、流れ弾に当たって、死ぬ。


大好きな人たちと一緒にいたいという気持ちはあるが、死んでしまっては元も子もない。生き残るためには、この爆心地から離れるしかない。それが、フィレモが出した究極に現実的で、そして正しい「改心」であった。


「今まで、お世話になりました。お二人には感謝してもしきれません。……私、ヴォイドさんが代表を務める倫理局へ行くことにしました。あそこなら、今の私にできる仕事があると思うんです」


フィレモが申し訳なさそうに、しかしはっきりと行き先を告げた瞬間、アレックの顔からスッと表情が抜け落ちた。

ほんの一瞬のことだった。すぐにアレックはいつもの人の良い笑顔を作り直し、明るい声でフィレモの肩を叩いた。


「ああ、そうか!倫理局か!ああ、あそこは今、優秀なヴォイドがトップになっていろいろと改革を進めているらしいからな。うん、フィレモみたいに優秀で気の利く子なら、きっと向こうでも大活躍できるさ。まあ、寂しくなるけど、お前が選んだ道なんだからな!俺は全力で応援するぜ!頑張れよ!」


アレックは快活に笑い、フィレモと固い握手を交わした。フィレモは少しほっとして、涙ぐみながら「はい、ありがとうございます」と微笑んだ。そして、ルキアにも別れの挨拶を告げ、探偵事務所の扉を開けて出て行った。


事務所の扉が閉まり、静寂が戻る。


アレックは、ドアを見つめたまま、笑顔を崩さずに鼻歌を歌いながらキッチンへと向かっていった。

だが、ソファに取り残されたルキアの心は、千々に乱れ、そして深く、深く傷ついていた。


ルキアには見えてしまったのだ。


アレックが笑顔で送り出したあの瞬間、彼の声の底に張り付いていた、どす黒く、粘り気のある「侮蔑」の感情が。

アレック・ボーンという馬鹿男は、フィレモというひとりの女性の現実的な選択を、微塵も理解していなかった。

彼のひねくれた、そしてどうしようもなく矮小な自尊心は、フィレモの行動を最悪の形で解釈していたのである。


「貧乏な探偵事務所を捨てて、裕福な倫理局の生活を選んだんだな」


「俺を裏切り、倫理局という俺たちの宿敵の元へ、尻尾を振って寝返ったんだ」


「俺を捨てた元嫁のマキナと、そのマキナを寝盗った憎きヴォイドのいる場所へ……結局、女はカネとコネに靡くんだ」


アレックの心の中で渦巻いていたのは、そんな身勝手で被害妄想に満ちた、醜い侮蔑であった。


彼は自分がどれほど度量の広い男であるかを演じるために、表面上は明るく送り出してみせた。そして、自分の中に渦巻くそのドロドロとした感情が、悪魔であるルキアに「バレていない」と、本気で思っているのだ。自分の完璧な演技で、ルキアもフィレモも騙せていると信じ込んでいる。


その事実が、ルキアの胸を刃物のように抉った。


自己保身と破壊衝動にしか目がない母親のマキナも、確かに狂っている。異常だ。

だが、それにしても、この父親のアレックは、いったいなんなのだろうか。

表面上は良い人を演じながら、内側では他人を見下し、自分の矮小なプライドを守るためだけに卑屈な妄想を膨らませる。そして、そんな自分の醜さに気づかず、悪魔の目すら欺けていると信じている、底抜けの愚かさ。


「……バカみたい」


ルキアはぽつりと呟き、毛布を頭から被った。

狂った母親と、見栄っ張りで愚かな父親。この二人の間に生まれ、ヴォイドという無邪気な怪物に育てられた自分という存在の滑稽さに、ルキアは乾いた笑いを漏らすしかなかった。ウエストワールドの空よりも暗いものが、彼女の胸の奥底に澱のように溜まっていくのを感じた。


一方その頃、倫理局の本部。


白亜の巨大な建造物の内部は、完璧な静寂と規則正しい足音だけが支配する、狂気の箱庭であった。

フィレモは緊張した面持ちで、人事部から指定された新しい部署へと足を踏み入れた。そこは「特別倫理審査課」という、街の倫理違反を取り締まる中枢の部署であった。


「失礼します。本日付けで配属されました、フィレモと申します。よろしくお願いし……


真新しい制服に身を包み、フィレモが元気に挨拶をした直後。

彼女の視線は、部屋の奥のデスクに座る一人の女性とぶつかり、そのまま完全に凍りついた。


マキナ・バイタルであった。


先日の決闘で髪を振り乱し、狂気の形相で光弾を乱射していたあの恐るべき悪魔が、今は眼鏡をかけ、髪をきっちりと結い上げ、氷のように冷たい視線でこちらを見つめているではないか。


フィレモの背筋に、尋常ではない悪寒が走った。


探偵事務所の爆心地から逃げてきたはずなのに、なぜ赴任先の隣の席に、その爆弾の片割れが座っているのか。


それは、マキナにとっても全く同じ、いや、それ以上の地獄の始まりであった。

マキナの脳内は、かつてないほどのパニックと混乱に陥っていた。

彼女の認識では、フィレモは「ヴォイドが新しく手を出そうとしている若い愛人」である。その憎き恋敵が、なぜ自分の職場の、しかも自分と同じ部署の、真横のデスクに配属されてきたのか。

これは、ヴォイドからの明白な嫌がらせではないか。私を憎んでいるからこそ、新しい愛人を私の目の前に置いて、見せびらかし、精神的に追い詰めようとしているのだ。


(あの男……どこまで私をコケにすれば気が済むの……!)


マキナのペンを握る手がワナワナと震え、書類にポキリとインクの染みを作った。


しかし、実際のところ、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドにはそんな陰湿な意図は微塵もなかった。

彼はただ、極めて事務的に、そして彼の幼稚な合理性に基づいて人事を行っただけである。


「マキナくんもフィレモくんも、元々は同じボーン探偵事務所の知り合いみたいだから、同じ部署に配置した方がコミュニケーションが円滑に進んで、業務効率が上がるよね。ぼくっておりこう!」


……ただそれだけの、無邪気な、そして絶望的に人の心が読めない配置であった。

フィレモは、マキナから放たれる尋常ではない殺気と憎悪の視線を浴びながら、冷や汗をダラダラと流していた。

なぜ、この人は初対面の私をこんなにも憎んでいるのか。

フィレモの聡明な頭脳は、必死にこの状況を論理的に解釈しようとフル回転した。そして、一つの、やはり間違った結論へと到達してしまった。


(そうか……ヴォイドさんは、私をこの倫理局に引き入れたけれど、本当は、宿敵のアレックの元で働いていた私のことが邪魔だったんだ。だから、わざとマキナさんの隣に配置して、彼女に私をいじめ抜かせて、自主退職に追い込もうとしているんだわ! あの純粋な笑顔の裏に、なんて恐ろしい陰謀が……!)


フィレモの中で、ヴォイド・ナギ・ヌルフィールドという存在が、底知れぬ悪意を持った黒幕へと変貌を遂げた。

互いに互いを恐れ、そして憎み合う二人の女。


息が詰まるような沈黙の数時間が過ぎたお昼休み。給湯室で偶然二人きりになった際、限界に達したフィレモが、震える声でポツリと漏らした。


「……ヴォイドさんって、本当に、恐ろしい人ですよね。人の心を弄んで、平気で地獄に突き落とすような……」


その呟きを聞いた瞬間、マキナの目がカッと見開かれた。

マキナは、フィレモが自分を見下してマウントを取ってくるものだとばかり思っていた。しかし、今の言葉から滲み出るのは、明らかなヴォイドへの恐怖と憎悪である。


「え!?……あなたも、そう思うの?」


マキナは探るように尋ねた。


「はい……あの人は悪魔以上の怪物です。人の痛みが全く分かっていない……」


フィレモが涙目で頷いた瞬間、マキナの脳内でパラダイムシフトが起きた。

この小娘は、ヴォイドの愛人でもなければ、自分を脅かす存在でもない。自分と同じように、あの完璧な怪物によって運命を狂わされ、怯えている哀れな被害者なのだ!


「フィレモ……あなた、苦労したのね……!」


「マキナさん……っ!」


なんということだろうか。


「ヴォイドへの憎しみと恐怖」という、ただ一つの強烈な共通項によって、愛人と元嫁……と、勝手に思い込んでいる方々……という最悪の確執は一瞬にして氷解し、二人は給湯室の中で手を取り合って涙を流し、突如として大親友になってしまったのである。


女の友情とは、時に魔術よりも不可解で、そして強固である……。


そして、意気投合した二人が次に行う行動は、もちろん、火を見るよりも明らかであった。

二人は仕事が終わるや否や、連れ立って足早に倫理局を飛び出し、公衆魔導通信機からボーン探偵事務所へと連絡を入れた。


『アレック! お願い、あなたも倫理局へ来て!』


『アレックさん! 私たちを助けてください!』


スピーカーから響く二人の切羽詰まった声に、受話器を握るアレックは優越感で顔を、ニヤニヤ、ニヤニヤニヤニヤ……と、歪ませていた。

二人の目的はただ一つ。自分たちの手を汚すことなく、アレックを倫理局に引き込み、彼にヴォイドを改心させるか、あるいは殺害させることである。徹頭徹尾、他人任せの他責思考。


しかし。


アレックは「元嫁と、かつての助手の両方から熱烈に求められている俺、超かっこいい」などという自己陶酔の海にどっぷりと浸かり、低い声で、ゆっくりとした発音で、最大限に格好つけてこう言った、


「──任せておけ。俺が──必ず、なんとかしてやるッ────!」


その通信のやり取りを、ソファで毛布にくるまりながら聞いていたルキアは、ついに、完全に、目が死んでいた。


頭の、おかしい、母親。


その母親と、なんだか知らないが、なんか、親友になり、平気でその元旦那を鉄砲玉にしようとする、したたかな、親友。


そして。


その見え透いたおだてに乗せられて、女の匂いの導くままに、なにやら、ヒーロー気取りで鼻を伸ばしている、馬鹿な、父親。


さらに、その全ての上で、無邪気に、なんだか、世界を引っ掻き回している、幼稚な天才の、ヴォイド。


ウエストワールドの倫理的な腐敗を内部から正そうと、密かに警察に潜り込んでいたルキアであったが、もう、そんな回りくどいことはどうでもよくなってきた。


「……この街、私が、全部焼き払っちゃえば、それで済むんじゃあないかしら。……そっちの方が、よっぽど倫理的で、健全な世界になる気がするわ」


ルキアの右手に、ぽっと漆黒の炎が灯る。彼女の唇には、全てを破壊し尽くすことを楽しみにしているような、極めて明るく、そして純粋な悪魔の微笑みが浮かんでいた。このままでは、第三の決闘が勃発するのも時間の問題である。


──しかし。


この、ウエストワールドで繰り広げられている、果てしなくスケールが大きく、それでいて絶望的にくだらない愛憎劇と狂気の連鎖を、国境を隔てた隣国から冷ややかに、そして心底呆れ果てた様子で観察している者がいた。


隣国の首都、石造りの図書館の奥深くに設けられた、彼女の私室。

壁一面に敷き詰められた本棚には、古今東西の歴史書や魔導書が隙間なく並べられ、部屋の中央には巨大なマホガニーのデスクが鎮座している。

そのデスクの上で、山積みにされた資料を乱暴に払い除けながら、彼女は大きなため息をついた。


「……ちょっと、あいつらはバカなの? いや、絶対にバカでしょ。……っていうか、救いようのない大バカじゃないの!」


苛立ちと共に発せられたその声は、鈴を転がすように高く澄んでいるが、有無を言わさぬ強烈な圧を伴っていた。


彼女の名は、ニーア・ヴェリタス。


年齢三十五歳。狐の獣人であり、豊かな金色の毛並みと、感情に合わせてバッサバッサと力強く揺れる極太の尻尾を持つ、類稀なる美貌の女性である。

ニーアは、手元の分厚い羊皮紙の報告書——ウエストワールドの諜報員から送られてきた、ルキア、マキナ、アレック、そしてヴォイドに関する詳細な行動記録——を、爪の先で弾き飛ばした。


「ちょっとさあ……笑わせないでよ。こんなチンケな痴話喧嘩で街を半壊させるなんて、歴史に対する冒涜だわ。戦前の、あのヴェリタス一家が世界を股にかけて活躍していた輝かしい時代に比べたら、今のウエストワールドの有様は、ただのお芝居じゃない!」


ニーアは立ち上がり、イライラとした足取りで部屋を歩き回る。その極太の尻尾が、机の上の書類をバサバサと薙ぎ払った。


「だいたい、男は何なの。娘の気持ちにも気づかないで、一人で良い格好して。女も、自分のことしか考えてないじゃない。……本当に、人間族ってのは、歴史に学ぶという謙虚さがないのよ、謙虚さが!」


彼女はブツブツと文句を言いながら、部屋の隅にあるサイドテーブルへと向かった。そこには、彼女の従者が用意した豪勢な昼食が並べられていた。

大皿に乗った、分厚く焼き上げられた極上のレアステーキ。そして、その横に添えられた色鮮やかな温野菜のサラダ。

ニーアはフォークでサラダの皿を思い切り端へと追いやり、ステーキに豪快にかぶりついた。肉汁が口の中に広がり、彼女の狐耳がピクリと満足げに揺れる。


「……ふん。まあいいわ」


肉を飲み込み、ニーアは口元をナプキンで優雅に拭うと、再びデスクの上のウエストワールドの報告書へと鋭い視線を向けた。


「倫理だの、悪魔だの、勝手に気を狂わせて自滅するのは勝手だけど……このままじゃ、ウエストワールドという国そのものが歴史の汚点として残ってしまう。それは、歴史家として、そしてヴェリタスの名を冠する最後の探偵として、見過ごせないわね……」


ニーアの金色の瞳に、冷徹な理知の光が宿る。

狐の探偵は、狂気に満ちた隣国の三文芝居を終わらせるため、ついに重い腰を上げる決意を固めた。


「待っていなさい、ウエストワールドの愚か者たち。アタシが、アンタたちの下らない劇に、完璧で歴史的な引導を渡してあげるんだから。……感謝しなさいよね!」

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