カギ
静夜は新しく見つけたカフェの余韻がずっと身体中に残っているようで、レポートの提出期限に追われている身でありながらも、心は軽かった。一人暮らしをしているワンルームマンションのエントランスを足早に通り抜け、家のカギを取り出そうとポケットを探った。
「あれ?カギがない??」
静夜は黒いボトムスのポケットに手を突っ込んで探してみたが、見つからない。
「どこかで落としたかな――。」
今日一日の記憶を辿りながら考えた。ジャケットのポケットに手を入れ探ると、キーホルダーが手に当たった。いつもはカギをボトムスのポケットに入れていたのに、今日はジャケットのポケットに突っ込んだのか?
「あれ?こっちに入れてたっけな?」
静夜はカギを取り出すとカギ穴に突っ込んだ。差し込んだはいいが……、回らない。もちろんカギは開かなかった。
「どういうことだ…?」よく見るとキーホルダーが違った。静夜は馬の形をしたイタリア製のレザーキーホルダーをつけていたはずなのに、手のひらにあるものは、猫の形をしていた。
今日立ち寄った所は――大学とカフェだけ。カフェに戻ってみるか…。歩いて戻るには時間がかかり過ぎる。静夜は駐輪場に停めてある、マウンテンバイクのダイヤルキーを解除すると、駅前の『larme de lune―ラルム・ドゥ・リュンヌ 』に急いだ。
「ピアノの鍵じゃなかったのですか?」
日菜子はエベンに聞いた。
「そうだね。このお店を開店した時に無くしてしまったようでね、ずっと探しているんだ。」
「そうなんですね。じゃあこの鍵は何の鍵なのかしら。キーホルダーが付いてますね。」
その鍵を拾ってきたブランシュの方を見ると、ブランシュは丸くなって眠っているようだった。
「んっ?このキーホルダーは猫……じゃないな。ピアノの鍵は猫のキーホルダーが付いているんだ。これは、落とし物かもしれないな。預かっておくよ。」
「持ち主が見つかるといいですね。ごちそうさまでした。」
日菜子はそろそろ帰ろうと、自分たちのテーブルを少し片付け、支払いを済ませた。
「すみません!カギを忘れていませんでしたか?」
突然お店のドアが開き、大学生くらいの男の子が入ってきた。急いで来たのか、息が上がっていた。
「もしかして、これかい?」
エベンはさっきブランシュが拾ってきた鍵を見せた。
「それです!馬のキーホルダーが付いてるカギ!」
「この鍵は君のものだったのかい?」
「はい。僕のものです。なぜかいつの間にか変わっていたんですよ。」
静夜はカギを差し出すと、エベンの持っていた馬のキーホルダーが付いた鍵と引き換えた。
「――これだよ。」
エベンも猫のキーホルダーが付いた鍵を手にして、思わず声が出た。
エベンは手にした鍵を持ってピアノまで歩いて行くと、ピアノの鍵穴に差し込んだ。
小さくカチャリと音がする――、鍵が開いた。




