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[完結]【猟奇的サイコスリラー】イミテーション  作者: てっぺーさま
第五章 破滅へのカウントダウン

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変な匂い?

【悪魔も聖書を引用できる——】


衝撃のラスト!

あなたはきっと騙される!!

 拓海は稽古に行く前に麗子の見舞いに寄った。病室の前でマスクを着けると、携帯していた除菌ジェルで手指を消毒する。面会時には手指の消毒とマスクの着用を徹底するよう担当医から指示されていた。麗子の免疫力が極端に落ちているため、風邪をこじらせただけでも重症化するおそれがあるからだ。

 彼女の病状は入院後も改善せず、むしろ悪化していた。それも当然だろう。入院後も例の薬を欠かすことなく飲ませ続けていたのだから。

 病室に入ると、麗子の弱々しい笑顔で迎えられた。やつれた顔に酸素チューブを鼻に付けた姿を見ると、自然と自分まで病に侵された気分になってしまう。

 麗子の胸元にはいつも通りタブレットが置かれていた。彼女はおもにネットフリックスなどの動画配信サイトで時間を潰している。

「今日は何観てたの?」

「海外ドラマ……。でも頭痛がひどくて、内容が全然頭に入ってこないの」

「そっか……」

 拓海は同情的な眼差しを麗子に向けたあと、室内を見渡して心の中で大きなため息をついた。ベッド脇のモニターや点滴スタンドがなければ、とても病室とは思えないほど広くて豪華な部屋だ。

 たった一日の利用で、三十万円もの金が消えていく。サラリーマンの平均月収に相当する額は、部屋代としては異常だろう。ベッドと必要最低限の備品が置ければいいのだから、もっと狭い部屋でも問題ないはず。すでに入院して二か月ほどが経ち、二千万円ほどの金が部屋代に消えたことになる。中古のマンションが簡単に買えてしまうほどの大金だ。それを思うと、麗子には改めて早く死んでもらいたかった。

「メロンを買ってきたよ。少し食べる?」

「そうね。ちょっとなら食べれるかも……」

「じゃあ、カットしてくるよ。ついでに水も換えておくよ」

 拓海はそう言うと、サイドテーブルの上に置かれたガラス製の水差しを手に取って奥のキッチンへと向かった。


 キッチンは完全に独立していた。ドアはなかったが、麗子がいるベッドからは死角になっていて絶対に見えない位置にある。したがって、彼女の目を盗んで薬を入れるのは実に簡単だった。

 拓海は大型の冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、ガラス製の水差しに注ぐ。念のため、小瓶を取り出す前に入り口に目を向ける。誰もいないことを確認すると、ジーンズのポケットから小瓶を取り出して水差しに数滴ほど薬を垂らした。


 拓海は水差しとカットしたメロンを乗せた皿を持ってベッドに戻った。麗子に身を寄せると、彼女の口臭が鼻をついた。死期が近いことを思わせる腐臭だ。

「先にお水をちょうだい」

 そう言われ、拓海は水差しの水をコップに注いで麗子に渡した。

「ありがと……」

 コップに口をつけようとした彼女の動きがふいに止まった。

 思わず緊張が走る。

「……麗子、どうかした?」

 拓海は平静を装いながらたずねた。

 麗子は黙ったまま、コップの中の水を執拗に嗅いでいる。そして目を細めると、小さくつぶやく。

「このお水、何だか変な匂いがする……」

「え!?」

 拓海は思わず椅子から飛び上がりそうになった。

「そんなことないだろ? 貸してみて」

 麗子からコップを奪うと、拓海はマスクを外して匂いを嗅いだ。まったくの無臭だ。何度嗅いでも何の匂いもしなかった。

「匂いなんてしないよ。冷蔵庫にあった普通の水だから問題ないよ。きっと気のせいだよ」

「そうかしら……」

 麗子は再びコップを手に持って鼻に近づけた。眉間にしわを寄せて執拗に匂いを嗅ぎ続ける。拓海は平静を装いながら彼女の様子を見つめるが、内心ではびくびくしていて心臓が早鐘を打っていた。手のひらに浮かんだ汗をジーンズでそっと拭う。

 やがて、麗子は表情を緩めた。

「そうね。気のせいだったみたい」

 彼女はそう言うと、コップの水を喉に流し込んでいった。拓海はそれを見てほっとした。だが、いまだ心臓は音を立てたままだ。

「……メロン、食べる?」

「あとでいただくわ……。少し眠ってもいい?」

「もちろん。ぼくは外の空気でも吸ってくるよ」


       *  *  *


 病室を出ると、拓海はすぐにマスクを外した。どっと激しい疲労が押し寄せてくる。

「変な匂いがする」と麗子が言ったとき、拓海はこれまで経験したことのないほどの衝撃を受けた。まるで、寿命が縮むかのような思いをさせられた。

 なぜ、彼女は無臭のはずの水に違和感を覚えたのだろうか。死期が迫っていることで、生命を守ろうとする防衛本能が彼女の中の超感覚を呼び覚ましたのだろうか。

 頭の中で疑問が渦巻く中、主治医の姿が視界に入った。向こうは気づいていないようだったので、拓海は妻を案ずる夫の顔を装いながら自ら歩み寄っていった。

 主治医は斎藤という名の男だった。四十代半ばほどで、毛量の多い髪には白いものが目立ち始めている。銀縁の眼鏡をかけた知的な顔立ちは、まるで優秀な医師を絵に描いたかのようだ。いつも穏やかな表情を浮かべてはいるが、その目の奥には、人を見下すような医者特有の高慢さが見え隠れしていた。

「斎藤先生」

「ああ、桜井さん。どうもこんにちは。今日も奥様のお見舞いですか? ご苦労さまです」

 斎藤の薬指には結婚指輪が光っていた。きっと美人の妻に違いない。家庭像は容易に想像ができた。子どもは二人。ともに有名私立校に通う優等生。家族四人でセレブが住まう高級住宅街で暮らし、自宅のガレージには高級車が並ぶ。そんな絵に描いたような生活が目に浮かぶ。

「先生、麗子の容態は?」

 拓海がたずねると、斎藤はむずかしい顔をして答えた。

「そうですね。原因がはっきりしないので何とも言えませんが、日に日に衰弱していってますね。いろいろと心配なところはありますが、とくに心臓が弱っているのが気になります」

「そうですか……」

「彼女のお母様も若くしてお亡くなりになってますから、遺伝的なものも考えられますね。このままの治療で改善が見られない場合は、薬の変更も検討しています。その際はまた、奥様といっしょに相談させてください」

「わかりました」

 ここで、斎藤は一転して笑顔を見せた。

「でも、昔から病は気からって言うでしょ? 笑うだけで病状が改善したなんていう話もあるくらいですから、定期的に顔を出して元気づけてあげてください。愛する人の顔を見ることほど、効果のある薬はないですからね」

 その言葉に拓海は納得した。確かに、自分も美穂の顔を見ると自然と元気が湧いてくる。

 医師が去ると、拓海は少し心が軽くなっていることに気づく。薬を入れた水に麗子が反応してヒヤッとさせられたが、さほど心配はいらないだろう。なぜなら、名医といわれる医者ですら病気の原因を特定できないのだから。

「だいじょうぶだ。心配はいらない。もう少し、あともう少しの辛抱だ」

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