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[完結]【猟奇的サイコスリラー】イミテーション  作者: てっぺーさま
第五章 破滅へのカウントダウン

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79/98

不協和音

【悪魔も聖書を引用できる——】


衝撃のラスト!

あなたはきっと騙される!!

「え……!?」

 拓海は稽古場を出たとたん、すぐに彼女の存在に気づく。暗がりでも一目で美穂とわかった。彼女はセルフレームの眼鏡にニット帽をかぶり、電柱の陰に身を潜めていた。

 美穂が近づこうとしてきたが、拓海は軽く手を上げて制した。親指と小指を伸ばした電話の仕草で合図を送ると、その場を足早に離れた。

「くそっ……!」

 怒りで頭に血がのぼっていた。直接会いに来るなんて、なんて軽率な行動だろう。LINEも携帯もブロックしていたとはいえ、緊急なら公衆電話を使えば済む話だ。なぜそんな簡単なこともわからないのか——。

 拓海は物陰に身を寄せ、湧き立つ怒りを必死に抑え込みながら美穂に電話をかけた。近くの喫茶店で落ち合う約束をした。劇団員たちがまず利用しない店だ。通話を切ると、念のため発信履歴を即座に削除した。


       *  *  *


 奥の二人掛けの席で待っていると、美穂が落ち着かない様子で店に入ってきた。

「たっくん、ごめんなさい……。来ちゃいけないってわかってたけど、どうしても伝えたいことがあって……」

 美穂の取り乱した様子に、店主らしき五十代半ばほどの女が怪訝な表情を浮かべていた。他の客の視線も彼女に集まっている。

「美穂、とりあえず座ろう。話はそれからだ」

「う、うん。わかった……」

 美穂は席に着くと、店主らしき中年女にカフェラテを注文した。

 拓海は注文した飲み物が来るまで口を閉ざしていることにした。店員に話を聞かれたくなかったからだ。

 美穂がおそるおそるといった様子で口を開いた。

「……怒ってる……よね?」

「大事な話なんだろ? ドリンクが来たら、ゆっくり聞くよ」

 拓海は自制心を働かせながら柔らかい口調で答えた。そのおかげか、美穂がほっとしたように表情を緩めた。

 店内は静かで、低音で流れるクラシック音楽が店の雰囲気に良く溶け込んでいる。座席は十五席ほど。文庫本に目を落としている者、スマホに没頭している者など、ほとんどが一人客だ。男女のカップルも一組いたが、ささやくような声で話しており、会話の内容はほぼほぼ聞こえてこない。

 拓海はこの店を選んだことを少し後悔していた。もう少し騒がしいほうが、会話が周囲に漏れる心配が少なかったからだ。

 ようやく、美穂が注文したカフェラテがテーブルに置かれた。

「で、今日はどうしたんだ?」

 拓海は変わらず穏やかな口調で問いかけた。

「たっくん、落ち着いて聞いてね」

 美穂の真剣な表情から、ただ事ではないと直感した。拓海は少し身構えた。

 彼女は周囲を気にするような仕草を見せたあと、小さく身を乗り出して切り出した。

「……あの女、警察にマークされてるらしいの」

「何だって!?」

 拓海は思わず高い声を上げてしまう。近くで文庫本を読んでいた女性客がちらりと視線を向けてくる。

「まさか、そんな……」

 今の言葉は想像をはるかに超えていた。脳がショートしたかのように、頭の中がまっ白になっていく。

「……たっくん、だいじょうぶ?」

「ああ、だいじょうぶだ……」

 拓海は水の入ったグラスを口に運ぶ。

「この話、佐藤から聞いたの」

「なんだって!?」

 情報の出どころにも拓海は驚く。

「うん……。昨日お店に佐藤が来たんだけど、そのとき聞いたの。たっくんは、あいつから何も聞かされてないんだね」

「くそっ。あいつ、何考えてるんだ。そんな大事なことを黙ってるなんて……。それより、麗子は何で警察にマークされてるんだ?」

「佐藤が言うには、あの女のまわりで消えた人がいるらしいの」

「え……!?」

 拓海は自分の顔から一瞬にして血の気が引いていくのがわかった。

 動揺が伝わったのか、美穂が怯えた声を出す。

「……たっくん、何か知ってるの?」

「わからない……。ただ、一つだけ気になることがある……」

 拓海は、ウェイトレスとの一件を話して聞かせた。麗子の不穏な発言と、実際にウェイトレスの姿が見えなくなったこと——。

「そんなことが……」

 今度は、美穂が大きく動揺する番だった。

「前に尾行されてたって言ったろ? もしかすると、あれは警察だったのかもしれない……」

「……警察が、たっくんを?」

「ああ。あの女の周辺人物を調べてるのかもしれない」

 二人の間に重苦しい空気が流れた。店内に流れるクラシック音楽の音が、やけに耳障りに感じられた。

 やがて、美穂がぼそっと言った。

「その人だけじゃ……ないのかも」

「え?」

「だから、そのウェイトレス以外にもいるんじゃないかな、あの女の周りからいなくなった人が。それで警察が動き出したんじゃ……」

 拓海はその言葉にぞっとした。最近の麗子の様子を見ていると、美穂の推測が正しいように思えてしまう。

 ここで文庫本を読んでいた女と再び目が合った。なぜか、彼女が麗子の回し者ではないかという疑念が頭をよぎる。いや、待て。彼女は自分より先に店にいたはずだ。では、他の客は? 自分よりあとに店に来た客は誰だったか。そうだ。入り口横の席に座る青いジャージの男がそうだ。スマホをいじる姿がどこか芝居じみていて怪しく感じられる。

「逮捕……されちゃうのかな?」

「それはぼくにもわからない……」

「だよね……」

 もし、麗子が逮捕されてしまったら計画は大きく狂ってしまう。あの薬を飲ませ続けることができなくなるからだ。収監中に回復でもされたら、これまでの苦労はすべて水の泡となる。ならば、逮捕される可能性も考慮して、今のうちに薬の量を増やしておくべきか。

「でも、佐藤はなんで、たっくんに言わなかったんだろ?」

「きっと、警察が動いてると知ったら、ぼくが怯んで計画を投げ出すんじゃないかって思ったんだろう」

「なるほど……」

 拓海の胸に、佐藤への怒りが湧き上がる。同時に、突き刺すような偏頭痛が襲ってきた。こめかみを押さえ、顔を歪める。

「たっくん、だいじょうぶ!?」

「ああ、だいじょうぶだ……」

 偏頭痛は一度始まると簡単には収まらない。頭痛の原因を持ってきた美穂にいくらか怒りを感じたが、悟られないよう無理に笑みを浮かべた。

 水の入ったグラスを口元に運ぶが、拓海はふと手を止めた。美穂と目が合う。彼女の顔は硬くこわばっていた。

 拓海は口をつけずにグラスをそっとテーブルに戻した。

「……ときどき、水を飲むのが怖くなるんだ」

「わかる。あたしもそうだから……」

「そうか……」

 どうやら今回の計画を通じて、二人とも同じ問題を抱えてしまったようだ。自分も同じ目に遭うのではないか——そんな不安が水を飲むのを躊躇させるのだ。

「まさか、水を飲むのが怖くなるなんてな……。ぼくたちは大金を手に入れる代わりに、失うものも大きいのかもしれないな」

「うん……。かもしれないね」

 美穂がグラスの水を見つめながら静かに同意した。

 拓海は自分を納得させるように言葉を重ねる。

「強い薬には必ず強い副作用がある。それといっしょかもな」

「うん……」

 猜疑心を振り払いグラスをつかむと、拓海は水を一気に飲み干した。

 すると、美穂が心配そうに口を開いた。

「……ねえ、たっくん?」

「ん?」

「ちゃんと寝てる?」

「え、どうして?」

「なんか、顔色すごく悪いから……」

「そうか……。実は最近、寝起きがひどく悪いんだ」

「そうなんだ……」

「睡眠時間はしっかり取ってるんだけど、朝起きても全然疲れが取れてない感じなんだ……」

 おそらく計画も終盤に差しかかり、想像以上のプレッシャーが睡眠の質を蝕んでいるのだろう。

 しばしの沈黙のあと、美穂がおそるおそるといった様子で口を開いた。

「……たっくん、怒らないで聞いてね。もうこれ、終わりにできないかな?」

「なんだって!?」

 拓海は予想外の言葉に声を荒げた。

 美穂は一瞬怯んだ様子を見せたが、声を震わせながら言葉を続けた。

「……もう終わりにして、リセットするの。もちろん百万円もあげられないけど、あたし、このままキャバの仕事を続けて、できる限りたっくんのことサポートするから」

 拓海は声を荒げたくなった。もうそんな議論をする時期はとっくに過ぎている。

「何だかあたし、悪い予感がしてならないの……」

 どうやら、彼女は本気で計画の中止を望んでいるようだ。リスクを冒してまで会いに来たのは、きっとその思いを直接伝えたかったからだろう。しかし、拓海は常に金に困っていた過去の生活に戻る気はさらさらなかった。ようやく無駄な労働から解放されたというのに、好き好んでもとの生活に戻るバカはいない。今の生活を捨てるということは、天国を捨てて地獄に舞い戻るようなものだ。そんな愚かな選択をするのは、真性のマゾヒストだけだ。

「美穂、不安になるのはわかる。でも、もう計画は終盤にきてるんだ。今さら引き返せないよ」

「そうだよね……」

「ぼくを信じてほしい。何度も言ってるけど、これは二人の未来のためなんだ。だから、もう少しだけ我慢してほしい。いいね?」

 美穂は寂しげな笑みを浮かべて答えた。

「……うん、わかった」

 彼女の不安が拭い切れていないのは明らかだ。しかし、麗子の死が迫っている今、もう一押しで彼女の遺産を手にすることができる。あと、ほんの数か月耐え忍べばいいだけなのだ。ゴールがすでに見えているというのに、ここでやめるという選択肢は()()()()()

「美穂、今日はもう別れよう。長くいっしょにいるのは危険だ」

「うん、わかった……」

 美穂の落胆した表情に、拓海は胸が締めつけられた。だが、感情に流されるわけにはいかなかった。

「ぼくは尾行されてる可能性があるから別々に店を出よう」

「わかった」

 財布を取り出そうとする美穂を拓海は手で制した。

「いいよ、ここはぼくが払っておく。それと、今後は緊急の連絡は公衆電話を使ってほしい。いいね?」

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