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ねぇ、戻りたい【電撃大賞4次落選作】  作者: 衍香 壮
Sixth Single「vague grace」
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Track69「美しい瞳」

 先輩は俺の神様だった。俺が僕で在った時も。僕が俺に為ってからも。先輩は神様で、美しい瞳が見渡す世界は、美しいのだと信じて疑わなかった。だから、こんな簡単に壊れてしまうほど、曖昧な美しさで象られていたのだと知らなかったのだ。


「先輩……すみませんでした……」


 真実を彼に誓わなければ。病室のベッドで横たわる彩斗に俺は祈りを捧げていた。俺の中には二人の人間が存在する。早く目覚めて欲しいと願う四季と、目覚めないで欲しいと願う臆病な結弦だ。神とは人間の意思を汲み取らない。先輩も、またそうだった。


 繋がった掌の先で指先がピクリと動く。反射的に表情を仰ぐと、彩斗が瞼を上げ、状況を確認していた。


「良かった。大丈夫? 苦しいところない?」


「ココは?」


「病院だよ。覚えてる? 自分が、どうして此処にいるか分かる?」


 自分のことより、先輩のことだ。俺は椅子から立ち上がり顔を覗き込むと事細かに訊ねた。


「えっと……隼と墓参りに行って……」


 そこまで話して記憶が舞い戻ってきたのだろう。ジッと俺を見据える様に、恐怖を覚えた。


「そう言われるとユヅの顏だな」


 伸びてきた手が頬に触れる。先程まで握り締めていた掌は、やたら温かかった。この人は昔から子供体温だったな、と顔を顰める。不覚にも泣き出しそうになってしまうのを堪えるのに精一杯だった。


 この瞬間が再会のように思える。二階堂四季を騙って過ごした日々に〝黄瀬結弦〟はいない。だからこそ〝結弦〟として視線を絡めた今に胸が熱くなった。


「先輩……先輩……良かったです。嘘吐いててすみませんでした」


「あーあー、泣くな。泣き虫なところとか完全にユヅじゃん」


「すみません」


 怒られるかと思っていた為、拍子抜けする。安堵の息を吐き出し、号泣する俺の涙を彩斗が拭ってくれた。


「四季に〝先輩〟って呼ばれると変な感じだな」


「あ、俺、ずっと先輩を呼び捨てにしてて、すみませんでした」


「そんなことはいいんだよ。でも……そうだな……複雑だ」


 何に対しての吐露なのだろう。〝複雑〟の意味を正しく理解出来ない俺は訊き返すことが出来なかった。


「起こしてくれるか?」


「は、はい!」


「ユヅ、敬語やめろ。変な感じがする」


「すみませ……ごめん」


 自分でも〝四季〟が板についてきたな、と思う。先輩を〝彩斗〟と呼ぶのにも慣れてきた為、敬語をやめることすら違和感なくできた。


 先輩の身体を起こし、ベッドの上に座らせる。自らも椅子に腰掛けるが、気まずさから顔を上げることが出来なかった。


「サンキュ」


「いや……」


「とりあえず……生きてて良かった」


「ありが、と」


「でも、こういうのは嫌だ」


 嫌だ。嫌だ、とは、どういう意味だ。戸惑いを浮かべたまま顔を上げれば、彼もまた複雑そうな表情をしていた。本当に生きていて良かった、などと思っているのだろうか。死んでいた方が良かったのではないだろうか。俺が、したことを、彼は迷惑だと思っているのではないだろうか。そんな思惟が脳漿を巡り、俺の身体を磔にした。

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