Track67「花」
「ココにお兄さんが?」
「はい」
彩斗さんに貰った花を供え、蝋燭に火を灯す。それに線香を近付けると、独特の匂いが紫煙と共に空へ立ち昇った。線香を差し、手を合わせる。
——サヤ兄の夢、叶えたよ。
塞いでいた瞼を開け、背後のアヤさんを仰ぐ。少し赤みの注した頬に、俺は安堵の息を漏らした。
「お前、ちゃんと自分の夢って言ったか?」
「え?」
「ノアブルは兄貴の夢じゃない。お前の夢だろ。拝みなおして来い」
「え、拝みなおしって初めて聞いたんすけど」
「俺も初めて言ったわ」
ほら、なんて促されて仕方なく手を合わせる。背後から視線を感じるあたり監視されているのが分かった。
——さっきのは訂正。俺、サヤ兄の分もベース弾いて、上手くなって、楽しかったって言いに行くから。俺、生きててよかったって言えるようになるまで死なないよ。
「これでいいすか?」
「おう。なんて言ったか知らないけどな。じゃあ俺にも拝ませて」
「はい」
そう言った彼が持参したらしい線香に火を付け、手を合わせる。その間、風も吹いていないのに、蝋燭の灯が揺れていた。どうやら兄貴は、この様子を微笑ましく思っているようだ。
「よし! じゃあ四季呼びつけて事務所行こうぜ」
スマートフォンでメッセージを送りつけたらしい彼が、携帯をジーンズのポケットにしまう。それを見計らって俺は口を開いた。
「アヤさん」
「ん?」
「アヤさんのやってたバンドの名前って24/7ですよね」
「ああ」
「メンバーは? なんて名前だったんすか?」
「突然どうしたんだ?」
「ちょっと気になって」
「恥ずかしいから検索とかすんなよ。ギターが二四岡 楓、コイツがリーダーな。んで、ベースの黄瀬結弦、ドラムが七浦 悠だ」
ビンゴだ。四季さんの正体は黄瀬結弦、元24のベーシスト。俺は冴えわたる脳漿で仮説を一つ一つ立証していくことにした。
はじめに四季さんに違和感を覚えたのは、電話で「黄瀬」を名乗っていたからだ。そのくらいなら、よくある話だ。両親が離婚して姓が変わっただの、親が犯罪者で姓を変えざるを得なかったなど、ありえない話ではない。けれども好奇心に駆られた俺は、その理由を確かめざるを得なかった。
手っ取り早いのは免許証。幸い彼は警戒心の緩い男だったし、送迎の際どこにあるかを確認しておけば、確かめるのは難しくもなかった。運転する度に免許証を確認する人間など、そうそういない。仮に彼が騒ぎ立てたなら「落ちてましたよ」と差し出すつもりだった。けれども四季さんは騒ぎ立てることなく、俺は返す機会を逃す。幸とモモが拗れた時は、これ幸いとほくそ笑んだ。
免許証を素知らぬ顔をして手帳に挟み、何気なくページを捲る。俺は、その際「黄瀬結弦」の日記を見つけた。全て読み終わった際、驚愕に打ち震えたことを今でも覚えている。
言うべきか、言わざるべきか。アヤさんと二人きりになる機会がなかったなら、一生打ち明けることはなかっただろう。あの人も、なんだかんだお節介な人だ。それが裏目に出たことを一生後悔すればいい。それが大切な人を裏切った人間への罰である。
ネットの記事には名前まで出ておらず、確信は出来なかった。けれども、これはアヤさんの為に作られた舞台である。ならば中心に在る彼が何も知らないのはフェアじゃない。
「アヤさん、四季さんは黄瀬結弦です」




