Track66「檸檬」
「俺が両親に会いたくないのは兄貴の死の真相を隠してたから」
「真相?」
「ああ。馬鹿な話っすよ。兄貴は俺を助けようとして川で溺れて死んだんだ」
予想外の回答だったのだろう。一瞬、足を止めたアヤさんは白皙の肌を更に蒼白く染め上げていた。
「たしかに馬鹿な話だな……残される側の気持ちなんて一つも考えてない」
意外な回答に目を瞠る。攻撃的な言葉遣いは彼らしくない。漂う気まずさに、俺は真っ直ぐ前を見据えた。右足を踏み出し、左足で地面を蹴る。そんな簡単な動作に何故か足が縺れそうになった。
「そういうこと。当時のことは何も覚えてない。両親の話だと家族でキャンプに行って魚釣りをしてる時に、俺が足を滑らせて川に落ちたらしい。気付いた兄貴が助けてくれようとして飛び込むも、二人共流されて助かったのは俺だけ。兄貴は滝まで真っ逆さまで……大丈夫っすか?」
「あとどれくらいで着く?」
「二、三分かな」
「じゃあ行こう」
「でも顔色悪いっすよ?」
「墓まで行ってから休む。続き話してくれるか?」
「無理しないでくださいね。肩、貸しましょうか?」
「大丈夫だ」
今にも発作を起こしそうな呼吸の仕方だ。肩で息をしながら、荒い呼気を吐き出す様は、とても大丈夫とは言い難い。それでもたしかにココで倒れられるよりは、墓で行き倒れてくれた方が良いように思えた。
「ヤバそうだった早めに言ってくださいね」
「ああ」
「それを聞いたのは高校に入ってからだった。もういいだろ、なんていう両親の判断で俺は真実を知った。でも俺は、そんな両親を許せなかった」
「どうしてだ?」
「全部エゴだから。黙っているのも、言うのも、俺の為を思って、なんていうエゴだったから」
気持ちを吐露したのは初めてだった。こんなにも癪に障るようなことを皆やっていたのか、と今になって思う。吐き出すと楽になるというのが嘘に思えた。
「俺の為を思うなら、ちゃんと説いて欲しかった。兄貴は、お前を助けようとして死んだんだって言って欲しかった」
「……お前の人生は兄貴のリバイバルなのか?」
「え?」
「隼は、どうしてノアブルに応募してきたんだ?」
「ベースが弾けたし、家に居たくなかったから」
「だったら学校に行くこともできただろ? なんで行かなかったんだ? ベースが好きだからじゃないのか? 学校に行ってる時間もベースを弾いてたいって思ったからじゃないのか?」
「……なんで分かるんすか?」
「お前がベースを好きだったから、俺はお前とやりたいって思ったんだよ。全部が全部そうだとは言わない。でも、やっぱり弾き手の心が伝わる瞬間ってのはあるよ」
「ははっ……俺、誰かにバレるくらい好きなんだ」
空笑いが秋空に溶ける。嘲笑にも似たそれは、心に沁みる檸檬の果汁のようだった。
「でもサヤ兄はもっとベースが好きだった。アヤさんみたいに……アヤさんが歌った時みたいに、本当に楽しそうに周りを巻き込むんです。サヤ兄には夢があって俺は……その夢を奪った」
灼けつくような真実に喉が悲鳴を上げている。いっそ極悪人であれば断罪する術もあったというのに。生温い罪は濯ぐことすら難しく思えた。
「だからノアブルに応募して受かっても、皆といても、どこか蚊帳の外だったのか」
「はい……俺が楽しむのはダメなような気がしたんです。でもアヤさんは、どうやらそれを許してはくれないみたいっすね」
「ああ。俺が押し付ける気持ちはエゴだ。楽しんで欲しい。笑って欲しい。仲間で在って欲しい。でも、それで隼も楽しめるようになるならエゴでもいいと思ってる。なぁ、自分を責めるのは、やめにしないか。楽しんでもいいんだ。笑っても、泣いても、死んだ奴は生き返ってこない。だったら隼は自分の人生を生きようぜ」
「あはは、死にそうな顔色で何言ってんすか。分かりましたよ。分かったから兄貴の墓参りしたら休みましょう。着きましたよ」
「そうだな」
墓石が立ち並ぶ静観な墓地には誰もいない。墓参りには早すぎるせいだろう。俺は誰もいない舗装された道を案内するかのように歩いた。




