Track43「私が私である為に」
「え、えっと、なんのことかしら?」
「モモちゃんが二人は付き合ってるなんて言ってたんですが」
「えぇ!? つ、付き合ってないわよ!? そもそも彩斗君が、こんなおばさんを相手にするわけないでしょう!?」
焦った透子さんが両手で否定を露わにする。段々、林檎の如く染まる頬は〝おばさん〟と呼称するに不釣合いだった。
「モーモちゃーん!?」
「私は私の意見を言ったまでよ!」
透子さんから私へ視線を戻した四季さんが、何か言いたげに眉を顰める。負けじと言い返せば、安堵したように胸を撫で下ろす彼がいた。
「あ、透子さんって勉強教えたり出来ます?」
「ええ、一応」
「だったらモモちゃんに教えてあげてくれません? 一応、受験生なんで」
「ちょっ!? なん……!?」
手で口を塞がれ、反論すらさせて貰えない。私は彼の手を抓り、悔しさを目一杯表現した。「痛い」の言葉すら出ないものだから痛くないのだろうか、と首を捻る。私の口唇を解放した右手には赤い痕が出来ていた。やはり痛かったに違いない。
「構わないわ。私で大丈夫かしら」
「勿論! 透子さんなら百人力ですよ!」
「プレッシャーだわ」
クスクスと笑う彼女が、淑やかに口元を手で覆っている。到底、勝ち目などないが負ける気もなかった。
「私、負けませんから」
「え? えぇ? お手柔らかによろしくね?」
「よろしくお願いします」
なんのことか分かっていないだろう彼女が、疑問符を浮かべている。私は前方に向き直ると四季さんを一瞥した。
「なによ」
「いーえー」
ニヤニヤと、だらしない唇に怒りが募る。けれども今回は見逃してやることにした。
「じゃあ、二人共シートベルト付けてー、折角モモちゃんもいるし、今日は新曲の合わせをしてみよっかな」
「曲は」
「サーカズム」
皮肉も嫌味も跳ね返してあげる。私に、それを向けたなら、反撃されることを視野に入れて貰わないと採算が合わない。言葉に責任を持とう。せめて、この世界で自身だけでも。
「私、人を傷付けないように言葉を選んでみるわ」
饒舌な彼が何も言わない。それが何よりのエールであることを私は知っている。彩斗さんのように優しくなりたい。透子さんのように淑やかでありたい。四季さんのように変わりたい。憧れを現実に、それを生きる理由に、私はそういう人間で在りたいと思った。
歪んだ陽炎に、透けるような青い空。今日も得意げに髪を揺らそう。私が私である為に。




