和服に着替える白鬼娘
和服美少女ってイイよね。
……。
…………。
冷たい。
肌を撫でる空気が、酷く冷たく感じる。
でも……感覚があるってことは、現実に戻ってきたってこと……だよね。
白き魔王と最後の会話を交わした、精神世界から……。
「……、」
重い瞼を押し開くと、視界には一面の白色が広がる。天井だ。どうやら私は、仰向けに寝ていたらしい。
ゴーレムと戦った部屋やその前に通った廊下の灰色とは違った、『彼』を象徴する白一色で構成された床はとても冷たく、いつまでも転がっていると体が冷えてしまうだろう。そう考えた私は、体を起こし、立ち上がる。
「……あれ?」
……? ちょっと、違和感。なんだろう? 上手くバランスが取れないや。
なんとか立つことはできたけれど、歩いたり跳ねたりしてみると、なんだかおかしな感じがする。
軽く動いて検証してみると、原因が分かった。どうやら重心がズレたみたい。もしかしたら、身長が伸びたのかな? なんか目線も高くなった気がするし。
でも、こんな短時間で身長が伸びるだなんておかしな話だ。あ、そもそもどのくらい寝ていたのか分からないや。お腹が空いているから、結構時間が経ったのかな? ……もともと空腹だったよ。
あ……そっか。
進化だ。
原理は良く分からないけど、これまでの経験から大まかには推測できる。たぶん、強敵との死闘……つまり限界を超えた極限状態での戦闘を経験することが必要なのだろう。
一度目は、白き魔王。そして今回は、ゴーレムかな。
……でも、ゴーレムだけだとちょっと理由としては弱そう。いや、ゴーレムはとっても強かったし、一歩間違えば死んでいたのは確実なんだけど……なんだろう。言葉に表せないけど、たぶん、あれは理由の一つとなり得ても、進化の引き金ではなさそう。
…………。
分からないことをいつまでも考えていても仕方ないか。
今しなければいけないことを、先にこなそう。
まずは…………あ、そうだ。確かルシフェードが、「『白』の継承者として、その力を完全に解放させるところから始めるはずだ」とか何とか言ってたっけ。
『白』の力――。
「――――っ」
ああ――なるほど。
この胸の奥に渦巻く強い光が、『白』の力……なんだね。
ルシフェードのことだから、またわけの分からない言葉を使っているのかと思ったけれど、すぐに分かった。でもこれは、ルシフェードの説明が上手くなったんじゃなくて、私の理解力が上がったってことだよね!
ふふふ、進化して賢くなったのかも。日々の成長の証だね。まだ生まれて一日も経ってない(と思う)けど。
とりあえず、今感じた力を試してみよう。
力の操作は……大丈夫。力は全て私の魔力と同化しているから、魔力を操作するのと同じだ。
体の奥底にある魔力の泉から汲み上げて、体内の神経に似た回路に通し……って、ちょっ、これ、制御が……っ!?
「わきゃあっ!?」
バジィッ! と。白い火花が私の目の前で弾ける。暴走した魔力がスパークを起こしたのだ。
ギリギリのところで体の外に放出したから体に傷はないけれど……少しでも放出が遅れていたら、魔力は私の体内で爆発して、神経を灼いていただろう。
ぶるりと体が震える。
きっと、ルシフェードがいたら警告してくれていたはずだ。でも、今はもう、私の体の中に彼はいない。寝かされていたエルフの肉体も、消えてしまっている。……私に、魂も肉体も、全て譲ってしまったから。
……いつまでも頼ってちゃいけないんだ。
私は彼の力を継いだ。知識を貰った。彼の未来を犠牲にして。だから早くそれらを自分のものにして、彼におんぶ抱っこの状況を抜け出さなきゃ。
それが……彼への恩返しになると思う。
継承した力を制御し、譲り受けた知識を読み解いて、自分のものにする。まずそれが、今後の第一目標だ。
「よし!」
そうと決まれば、外に出て魔物を狩ってみよう! 大丈夫大丈夫、実戦で感覚を掴めば一発だって!
そう考えて、ルシフェードの肉体が寝かされていた台座に背を見せ――歩き出したところで、ふと、頭の中に私の知らない情報が過ぎった。ルシフェードの知識だろう。
美しい白銀の武器と、白と青で構成された変わったデザインの服。着物……っていうらしい。或いは、和服? うーん……やっぱりルシフェードの知識はわかりにくいや。
とにかく、その二つが、ルシフェードの肉体と一緒に保存されているらしい。
……彼の全てを受け継いだわけだし、それらも私が貰って良いってことだよね?
ううん……そうじゃない。私は、彼が存在した証として、それらを持っていたいんだ。
「持って行くね、ルシフェード」
見つけ出すこと自体は簡単だった。
この部屋はそんなに広くないし、そもそも何かを隠せるような場所がルシフェードが寝かされていた台座だけだったから、その台座の下を漁ってみるだけで簡単に見つかった。
私の身長の半分くらいの長さの武器……ルシフェードの知識によると、刀と言うらしい。彼の愛刀で、銘は〈胡蝶白恋〉。白い鞘に収まる白銀の刀身を抜くと、思わずその美しさに息を飲むほど妖美な一振りだった。
着物の方は、とても変わった形……といっても、普通の服がどんなものなのかも私は知らないけれど、ルシフェードの知識によると、この大陸(そもそも『この大陸』が何を指すのか分からないけど)でもあまり見かけないらしい。けれど、彼の拘りで配下に作らせたのだとか。
私が着るには大きすぎるけれど……今の服とも呼べないぼろ切れよりはマシかな。持ち歩くのも面倒だし、ルシフェードの知識だと今のぼろ切れで局部だけを隠すような私の格好は不健全らしいから、余る部分は適当に折ったり結んだりして調節してでも着よう。
着方はルシフェードの知識から引き出して……っと。
むぅ……なんだか手順が面倒くさい。あの魔王、よくこんな手間の掛かるものを着ようと思ったな。私だったら嫌だ。
って着替え中は思っていたけれど、着てみたら案外着心地が良くて、多少の苦労は許せるかな? って思えるようになった。それに何か魔法でも掛かっているのか、私が着た瞬間に私の体に合わせて大きさが変わったし……うん、これからもこれを着ていよう。
ちょうど下腹の辺りに刀を差すのにぴったりの帯があったので、左側に差してみる。ルシフェードの知識では刃を上に向けるらしいので、きちんとそれに合わせた形だ。ちょっと重たくてずり落ちそうだったけど、しっかり帯を結び直したら案外なんとかなった。
んー……自分の姿は自分じゃ見えないからなんとも言えないけど、たぶんおかしな感じにはなっていないはずだ。自称・和装マニアである(と彼の知識にある)ルシフェードが、「白髪かつ赤目の美形なら抜群に似合う」を目標にデザイン案を出したらしいので、同じ髪と目の色を持つ私なら――美形かどうかは知らないけど――問題ないだろう。……でも一回はちゃんと確認しておきたいなぁ。
とりあえず、これでもうここには思い残しはない……はずだ。
一応、もう一度だけ部屋中を探ってみるけれど、何か他に彼の持ち物が保管されていることはなかった。
というか、封印されるほどの人物の持ち物を本人と一緒に封印しておくって、危なくないのかな? もし封印が解けちゃったら、すぐに最大パワーでここから脱出しちゃうだろうし。……それほど封印に自信があったのかな。
封印主の思惑は私には想像できないけれど、でも、それが油断にしろ何らかの目的があったにしろ、武器と服が手に入ったことは私にとって得だったのだから、これ以上考える必要はないだろう。そう結論を出し、思考を打ち切る。
「さて、と」
もうここに用はない。少し名残惜しさを感じるけれど、彼の残滓は部屋に僅かに残る魔力だけで、それも現在進行形で私の体が自動的に吸収してしまっているから、直に彼の存在を感じられるものは何もなくなってしまう。
だから、進もう。
彼から受け取ったものを手に、私だけの未来を描き出そう。
そうだ。やりたいことなんてまだはっきり思い浮かばないし、しばらくは彼が果たせなかった夢でも追ってみようかな。彼の全てを受け継いだ私にしか、それはできないことなんだし。
でも、そのためには、彼が過ごした世界に行く必要がある。
――『外』。
私が生まれ、そして今立っている迷宮――彼曰く『塔』――の、外側の世界。数多の種族が生活を営む、文明栄える大地へ。
どんな世界なのだろう。知識には在っても、実物を見るまではきちんとした形は思い描けない。想像と期待ばかりが膨らんでいく。
きっと、こんな薄暗い場所じゃなくて、明るく賑やかなところなんだろうな。
そんな未来への憧憬を抱いて、私は塔の外へ出るべく、一歩ずつ歩み始めた。
◆ ◆ ◆
◆ルシェ=ヴァイス
年齢:0(生後数十時間)
性別:女
階級:C → B
種族:鬼族・鬼人 → 鬼族・霊鬼
職業:魔法剣士 → 白銀剣士
恩恵:『■■■の祝福』
称号:『白の継承者』New!『反逆者』『英雄』『魂喰い』
技能:『光魔法・上級』New!『氷魔法・上級』New!『???・下級』『???・下級』『因果の打倒』『英雄謳歌』『霊魂捕食』『怪力・並』『火炎の吐息・並』『酩酊耐性・強』『豪腕』
武装:〈胡蝶白恋〉……『白燐の魔王』の愛刀。特殊技能【夢幻雪華】が使用可能。
特徴:背中まである白銀の髪。ぱっちりとした紅い瞳。額から二本の紅い角が生えている(任意で収納可能)。身長156センチ。
実は今までほぼ半裸状態だったのさ! 知識が少ないせいで、ルシェにはあまりそのことがおかしいという考えはありませんでしたが。……まぁこの世界のゴブリンってほとんど服着ませんしね。
『白の継承者』……『白』を継ぎし者に与えられる。ただし、器が未完成のため、力は完全には継承されていない。(白属性適性Ⅳ 青属性適性Ⅲ 魔力上昇Ⅲ 七色耐性Ⅰ 特殊技能『■■■■■』獲得(封印中))
『光魔法・上級』……強力な光の魔法を扱える。中級から制限がかなり緩和された。(【光源球】【光熱弾】【浄化の祈り】【白銀光線】【聖なる城壁】【天崩の閃光】)
『氷魔法・上級』……強力な氷の魔法を扱える。中級から制限がかなり緩和された。(【凍結】【氷の矢】【氷の大地】【氷柱突貫】【青氷の檻】【白青の氷嵐】)




