第8夢 真実の世界
「叶わぬと言うならば……いっそ……この力で───」
顔を上げた夏来は、光のない漆黒の瞳を向ける。
力なく垂れ下がった両手が、ニッ怪の首へと伸びる。
逃げなくてはと脳が信号を送っているのにもかかわらず、自身の意思とは関係なしに身体が全く動かない。
「あぐっ……が…ぁぁ……っ!?」
表情1つ変えることなく、夏来はニッ怪の首を強く締め付ける。
その力は、全身から抵抗する力を奪ってしまうように感じられた。
「どうか……彼らには……幸せな日々を……」
そんな中で、一筋の涙が夏来の頰を伝う。
すると糸が切れた人形のように、夏来はその場に崩れ落ちる。
それと同時に、ニッ怪は身体を拘束する謎の力から解き放たれた。
「あがっ……はぁ…はぁ……な、夏来殿……!」
辺りに漂う不気味なオーラが消え去り、歪んでいた木々は元の姿へと戻る。
駆け寄って優しく抱き起こしたニッ怪は、夏来の額に不気味な紋章が刻まれていることに気がつく。
その紋章は数回ほど弱々しい光を放つと、瞬きをするように一瞬にして消えてしまった。
「やはり……お主も受け継いでしもうたか……」
ニッ怪は、目を閉じたまま苦しそうに唸る夏来の頰を2、3回軽く叩く。
しかしそれでも起きるどころか反応すらしない。
「夏来殿……」
月明かりのせいか、夏来の顔色が少し蒼く思えた────
動けない夏来を担いだニッ怪は、炎条寺らと共に家へ帰った。
寝室へと運び終えると、4人は居間へと集まる。
先程の夏来の姿を見て、意味深な発言をしていたニッ怪なら、この状況を説明できると思ってのことだった。
「ニッ怪……お前まだ俺たちに何か隠してることがあるよな? 全て正直に話せよ」
「………」
黙り込んだまま、目線を合わせようとしないニッ怪。
何か言わなければならないことがあるように感じるが、それを言い出そうとする自分を必死に抑え込んでいるようだった。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ! それともなんだ? 俺たちには言えないってのか!? なぁ!!」
「落ち着いて友貴。そんなんじゃニッ怪も話しづらいでしょ?」
中々口を開こうとしないニッ怪に、炎条寺は苛つき始める。
胸ぐらを掴み上げようとする手を幻花が押さえ込む。
「………あぁ……悪かった……ついカッとなっちまって……」
「いや、炎条寺殿が謝ることではない」
そう小さく呟いたニッ怪の言葉は、どこか後悔の念に苛まれているように感じ取れた。
それから10秒程の沈黙が流れた後、再び口を開いたニッ怪が、先程の夏来の様子と自身の正体について話し出した。
「夏来殿のあの姿は、この世界を創り出した者の魂が乗り移り、それが力となって現れたものじゃ」
「創り出した者? 夏来じゃなかったっけ?」
顎に手を当て、興味深そうに話を聞く仙座。
以前に聞いた、夏来が幻叶世界を創ったという話とは少しばかり違うような内容に、首を傾げて疑問を投げかける。
「いや、夏来殿で間違いない。そうじゃな……分かりやすく言わば、この幻叶世界に初めて足を踏み入れた先代の夏来殿と説明したら分かるかの?」
「先代の夏来……ってことはまさか、今のあいつがこの世界に来てしまうことになった元凶のあいつが存在するってことか……?」
「左様。そして我は先代の夏来殿の願いそのものである」
「へぇ……なるほど……」
その言葉を聞いて、感のいい炎条寺は何度か頷いて見せる。
しかし、一方で幻花と仙座はその言葉の意味をよく理解できていない。
「私たちにも分かるように説明して」と不機嫌そうに言い放った幻花に、どうしたものかと頭を悩ませるニッ怪。
すると、代わりに炎条寺が2人にも理解出来るような言葉を選んで話し出した。
「まぁ、ようするにこうだ」
この幻叶世界を最初に創り出した平行世界に住む夏来、つまり【先代の皇 夏来】が願いを叶えられずに死んでしまい、目標を達成出来なかったことから、その魂が幻花世界に縛られていること。
そしてニッ怪は、先代の夏来が死ぬ前に残した、本来の願いとは別の願いが具現化した姿だということ。
「あの方は、炎条寺殿のように感が鋭かったそうな。願いを叶えられずに死んでしもうたら、この差を埋めるために別の平行世界の夏来殿が犠牲になってしまうことを予想していたようじゃ」
悲しそうな表情で、自分の生みの親とも言うべき先代の夏来の話をする。
良くアニメや漫画等で親を知らないキャラクターが居るが、今はそんな彼らが心に秘めている悲しみや苦しみが、痛いほどにニッ怪から感じられる。
「───お前を創り出して、これから同じ道を辿ってしまう自分の助けになろうとしたんだな」
「その通りじゃ。しかし、我はその使命さえも守れず、これまで多くの夏来殿を死なせてしもうた」
「死んだって、特滅隊の奴らにやられたのぉ?」
「いいや……これまで繰り返してきた歴史の中で、我を除いて特殊能力を持つ人間は存在しておらんかった。故に、この幻叶世界は今までとは何もかもが大きく違う。夏来殿が死んでしもうたのは、この世界の仕組みである【3年以内に願いを叶えられねば死を迎える】という条件からじゃ」
「繰り返してきた……あぁ、だからあんたには時間を巻き戻す力があるのね。夏来が死んだらその度に出会う前まで時間を戻し、新たに別の平行世界から願いを叶えるために迷い込んでくる夏来を迎える……と?」
「その通りじゃ。この世界ではそれを25回も繰り返して来た。もうこれ以上の苦しみは味わいとうない……」
俯きながら拳をぎゅっと握り締める。
25回も夏来の死を見届けた身として考えると、とてもじゃないが精神を保てそうにない。
しかし、ニッ怪はそれら全てを受け入れて来たのだろう。
故にその心は、ここにいる誰よりも強く逞しいものであった。
「夏来の願い、叶うといいねっ!私たちもこれまで以上に頑張っちゃうぞ〜♪ ねっ!」
互いに顔を見合わせる3人。
それぞれが今どんな想いを抱いているのかは分からない。
だが一つだけ確かなのは、自分たちは夏来とニッ怪の為に全力を尽くすということだ。
「かたじけない……我と同じ能力者のお主なら、いざと言う時の助けになる」
「えへへ〜そうかなぁ? あっ!そういえば別の時間軸の私ってどんな感じ? 気になる気になる!」
「おっ、それ俺も気になってたところなんだよな! どれも同じなわけないもんなぁ……んで?どうよ」
先程の険悪な雰囲気から一変、3人の顔には笑顔と元気が戻っていた。
事情を理解してくれたからか、ニッ怪の表情も普段より明るく見える。
「はは……残念じゃが、お主らは何も変わらんよ。しかし、ここで初めて出会うた仙座殿はどうか分からんがの」
「え、私との絡みはここが初めてなのぉ!?」
今までの話を聞いて来て、てっきり自分も関わりがあるのだと思い込んでいた。
しかし、能力あってこそ関わりを持つことが出来たこの時間軸だ。
ニッ怪が過ごして来た過去には能力というものは存在していない。
つまり、瞬間移動を有していない仙座が、出身の福岡から東京まで来て、なおかつ夏来たちと出会うことは限りなくゼロに近い訳だ。
「うぅ……なんかズルイ」
「へっ、羨ましいだろ?」
「ぐぬぬぅ……べ、別にぃ?そんなんじゃないし〜?」
腕を組みながら上から目線で物を言う炎条寺に、仙座はぷっくりと頰を膨らませる。
決して羨ましいわけではないと強がるも、胸がきゅっと締め付けられるような感覚に頭を悩ます。
「ったく……可愛くないな。本当は羨ましいくせに〜」
「むぅぅ……うるさいうるさいっ!うりゃぁ!」
我慢の限界が来た仙座が、嘲笑う炎条寺の頰をつねる。
そしてそのまま思いっきりグイッと横へと引っ張った。
「いっいちちっ!やりやがったな、この!!」
しかしそれに負けじと炎条寺も反撃に出た。
片手で頰を内側へと引き寄せられ、仙座は顔を真っ赤にしてジタバタと暴れる。
「まるでタコね」
「あぁ、タコじゃな」
「タコじゃないもん!ふがぁ──!」
2人に馬鹿にされた怒りからか、その手に込める力が先ほどよりも強くなる。
千切れんばかりの痛みに、炎条寺はもう片方の手で引き剥がしにかかった。
そんななんとも馬鹿馬鹿しい光景の中、ふと廊下から足音が聞こえる。
それは徐々に遠ざかって行き、次第に聞こえなくなった。
何だろうと不思議に思った幻花とニッ怪が廊下へと出ると、月明かりが照らす縁側に座り込んだ夏来を見つける。
股の間に両手を挟め、沈んだ目を庭先に向けていた。
その様子から察するに、先ほどの4人の会話を聞いていたのだろう。
「な…夏来……」
何と声を掛ければ良いか分からず、幻花はボソリと夏来の名を呟く。
するとその声に気付いたのか、夏来はゆっくりと振り向いて見るからに分かるような作り笑いを浮かべる。
「もしかして聞いてた?」
「うん。でも……なんだか少し安心したよ」
「…………」
思っていた返答とは真逆の言葉に、2人は驚くと共に安堵の息を漏らす。
幻叶世界を創造した先代の夏来。
そして彼が残した願いの塊がニッ怪であることなど、様々な真実を一度に知ることとなり、夏来の心は悲しみや怒りなどの負のエネルギーに満ち溢れているはずだった。
「今まで辛い想いをして来たんだよね……それも僕以上に………だから……ニッ怪くんを助ける為にも僕は願いを叶えてみせるよ」
「夏来殿……お主……」
「そうしたら……この世界で死んでいった平行世界の僕も成仏出来るよね!」
いつまでも変わらないその優しさを受けて、ニッ怪は目頭が熱くなるのを感じた。
夏来をみる目が潤んで、表情がくりゃりと歪みそうになる。
「くっ………」
ニッ怪は唇を噛みしめてグッと堪えたが、込み上げてくる嬉しさと悲しさに思わず空を見上げた。
するとそれまで堪えていた感情が、涙と共に一気に溢れ出してくる。
「ニッ怪くん……どうしたの?」
「嬉しくて泣いちゃったのよ」
「ばっ……バカを言え!ぁ……あまりの星の綺麗さに思わず感動しただけじゃて!」
「ふふ。誤魔化さなくても良いじゃない」
「あはは。ニッ怪くんらしいや」
互いに顔を見合わせてクスクスを笑う夏来と幻花は、顔を赤らめながら腕組みをするニッ怪の視線の先を追った。
どこまでも無限に広がる空には、数え切れないほどの星々が輝いている。
この景色はどの時間軸でも変わらないのだろうか?
ふと、そんな想いが頭をよぎる。
「さてと……夜も遅いし、そろそろ寝ましょ?」
「そうだね。じゃあ、2人を止めに行こっか」
「ほれ、掴まれ」
差し出されたニッ怪の手を掴み、夏来は立ち上がる。
そして部屋から漏れ出した光に映る炎条寺と仙座の姿を見つめながら、3人はゆっくりと足を踏み出した────
うひゃー伸びなスギィ!
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