19 そろそろ帰る
ドラゴンにとっては一瞬、いや刹那というほどの時間だとしても、人間からすると1ヶ月というのは意外と長い。
レインの元にたどり着くまでの日数を職人街を出た日から数えればだいたい1ヶ月だ。ルーグの両親にもそれくらいで帰ると言った手前、滞在日数をあまり伸ばすも良くないだろう。
「つーわけで、誰か呼んでくれ」
「自分で呼べるはずとも思うのだが、まぁよいオニキスのやつにするかの」
レインが息を吸い込み始めるとナナシはフィリーたちに耳を塞ぐように指示をだす。それを確認したナナシはルーグの隣に移動して屈んだ。
まぁ塞いだところで大した効果もないのだがやらないよりはマシだ。
轟音とともにビリビリと身体が痺れるような感覚。
ドラゴンの咆哮はそれだけ大音量だということだ。
咆哮が終わり固まるフィリーたちをナナシは揺すって我に返す。ルーグも固まっていたが、ナナシがそばにいたからか、レインとも仲良くなって恐れが少ないからかまだフィリーたちよりもマシだった。
例え仲間を呼ぶだけの咆哮だとは言えども、人間にはやはり脅威のようだ。殺気などの威圧と対して変わらないものとして考えていいようだ。
「なんであんたは平気なのよ!?」
我に返ったシーナがツッコミをいれるが、ナナシはこいつは何を言ってるんだとでも言いたげな顔をする。
「今さらこいつの何を恐れろってんだよ。ただのドラゴンだろ」
「エルダードラゴンのはずだけど……」
「すごいドラゴン、なんだよね」
ただのドラゴンとナナシは言うが許容出来るわけもない。
ドラゴン自体、見ることも出会うことも滅多にあることではないので、どこにでもいるみたいに言われても困る。
とはいえ、ナナシはドラゴンに育てられていたわけなのでその辺りの感覚は人と違うとしてもおかしくはない。それにおかしいのはいつものことと納得して誰もそれ以上の追求をすることはなかった。
まとめた荷物を外に運んだシーナはまたあの森を通らなければならない事にため息をこぼした。他の面々と気合いは入れつつ表情は浮かない。
「それで、いつ出るの?」
「迎えがきたらな」
「迎え?」
首を傾げる一同にナナシはそろそろ来るはずなので大きな羽音が聞こえた呼んでくれと言って、洞窟の中に入っていった。
しばらくするとバサリバサリと大きな羽ばたくような音が聞こえ始め、レインに言われたルーグがナナシを呼びに向かう。
「サンキュー、ルーグ。やーっと来たか」
ナナシは部屋に置いていた何かの道具を掴んで家を出た。
外に出るとドラゴンが一体増えていた。
真っ黒なウロコのレインよりも少し小さいドラゴンが。
二体目のドラゴンに唖然とするフィリーたちをよそにナナシは親しげに片手をあげてそいつに声をかけた。
「よ、オニキス」
「我々は暇ではないと何度言ったら分かるのだ、小僧は」
愚痴のようにこぼすオニキスにナナシはヘラっと笑う。言うように忙しいのであれば来なければいいのだから。
「して何用だ」
「職人街の街まで送ってもらおうと思って」
「我は都合の良い乗り物ではないと毎回言っておろうが!」
口出し出来ないフィリーたちは黙ってナナシとオニキスの会話を聞いているが、毎回などとオニキスが言っている辺りツッコミどころはあるように思える。
「頼むんならやっぱ最速のお前だろ。それにドラゴン紹介すんならカッコイイやつがいいってもんだろ」
「確かに我に追いつくことなど誰にも出来ん。それより小僧、我が1番カッコイイドラゴンと呼ばれているのは真か」
プライドが高そうに見えたオニキスドラゴンは意外にもちょろいらしい。オニキスの横ではレインがナナシに乗せられるオニキスを呆れたように見ていた。
「そんなの言ってねぇ!」
「言ったであろう。そこの人間ら、答えるがいい」
突然話を振られたフィリーもいい迷惑だ。
レインと違い、やや高圧的なオニキスを前にフィリーたちもどうすればいいか判断に困る。
高圧的な態度は同じ冒険者にもいるので見慣れているというのは失礼かもしれないが、よくいるのでいい。ただ、相手は今しがた不機嫌になったドラゴンであって扱いに難しい。
ナナシはルーグのの肩に手を置くと耳打ちをする。
「ルーグ。なんか適当に褒めてやれ、そしたら機嫌直るから」
「え、オレが?」
「何をこそこそと話している」
怪しげな動きとでも言うようにオニキスがナナシの動きを指摘し、ナナシはオニキスに怯えてるからリラックスさせてんだろうがと言い返す。
ナナシはドラゴン相手も遠慮しないようだ。
何か褒めろとナナシに背中を軽く押されたルーグが助けを求めるようにレインを見れば、レインは小さく頷いた。
「え、えっと、すごいカッコイイと思い……ます」
「そうであろう、そこの人間らもそう思うだろ」
ずいと顔を近づけてフィリーたちに同意を求めてくるオニキスにビビりながらコクコクと頷いた。さすがにナナシのようにはなれない。
「満足したら、さっさと乗せてくれ」
「客人らはいいだろう。しかし、ナナシお前は――何をしている?!」
先ほどのツッコミのせいかナナシを乗せたくないようすのオニキスにお構いなしのナナシは、オニキスの尻尾の方に部屋から取ってきた何かをつけている。
「乗らなきゃいいんだろ。だと思って用意しておいた」
「そうではないわっ!」
「ほら行くぞ、オニキス。人間の時間は短ぇんだ」
ああ言えばこう言うナナシにオニキスはぐぬぬと声をもらすが、これ以上の言い合いをする気もないようでルーグたちを背に乗せる。ナナシはオニキスの頭の上に陣取った。
「レイン、また気が向いたら帰ってくる」
ナナシが言いきらないうちにオニキスは空に飛び上がり、あっという間に森が見えなくなった。
初めての空の旅に感動するルーグとフィリーとガラド、怯えるアルゼル、猛スピードなのに自分たちに何の影響ないことを不思議に思うシーナ。
ナナシはそんな彼らを1目みて故郷を名残惜しむこともせず大きなあくびを一つした。
オニキスドラゴン
真っ黒なウロコのドラゴン。
ドラゴンとしてのプライドは高いが、案外ちょろいみたいだ。
ナナシとはよく言い合いをするがケンカするほど仲がいい?




