14 レインとナナシ
「すまぬが今日はナナシを借りてもよいか?」
眠るために洞窟内に入ろうとしたところでレインがそうフィリーたちに尋ねた。
「どうぞ」
「積もる話もあるでしょうし」
「むしろあたしたちが邪魔よね」
「ゆっくり話して」
2人で話したいこともあるだろうとフィリーたちはすぐに鍛冶師を差し出した。
レインのところに来てからずっと鍛冶師はあれこれ忙しくしていたわけだし、フィリーたちはここの勝手が分からないので鍛冶師との時間を取るには今が1番だろう。
洞窟内の空き部屋には鍛冶師が昔試作したという簡易型ベッドが用意されていて快適さまるで高級な宿屋のようだ。
ここが幻影の森という危険地帯の中だと忘れてしまいそうになる。
鍛冶師はと言うとフィリーたちに許可を得たレインに掴まれて、レインの背に乗せられている。抵抗する気もない鍛冶師はそのままレインの背に寝転がった。
レインの背にいると自分が小さく幼くなった気さえしてしまう。久しぶりだからそんな錯覚に陥るのかも知れないが心地良い。
「全くお主は格好をつけて、今は花の蜜も気休めにしかならぬであろうに」
星空を眺めていた鍛冶師に顔を背に回したレインがそう言い、鍛冶師は面倒臭そうに返す。
「いきなり小言かよ。情報源はルーグしかいねぇよな。ったく、俺があれくらいでへばるかっての」
事情を知るのはルーグしかいないので当たり前だ。まぁ、他にもレインには知る術はあるがひとまずそれは無視しておく。
レインは鍛冶師の言葉に笑った。
人間には誤魔化せていたようだが、レインは鍛冶師の不調に気がついていたらしい。言うなれば親として子の様子を見抜く力と、単純に魔力の流れが分かる生き物だからだ。
「ならば巡り方に異常が出ておるのはどう言い訳をする?」
「そう、だな。気のせいだろ」
断言をする鍛冶師にレインは全くとため息をついた。認めずに強情なところは変わっていない。嘘は通じないというのに。
「変わらぬな。しかし、我の前では耐えずともよいのだぞ」
「だから何もねぇよ」
鍛冶師はそれだけ返すと自分の方を向くレインに背を向けるように寝返りを打った。
1度でも堪えるのを止めれば、再び平然とした振りをするのもしんどくなる。だから例えバレていても全身を駆け巡る痛みを認めない、認めたくない。
「意地っ張りじゃな。まぁよい、息災であれば何も言うまい」
「おかげさまでな。元気にゃ過ごしてるよ」
感謝というより嫌味と言ったふうに鍛冶師は言うがレインは意に介さずただ笑うだけだ。毎日無事に過ごせているのならそれでいいとでも言いたげに。
「それにしても、お主が1箇所に留まるとはどう言う風の吹き回しじゃ」
「知り合いに頼まれたんだよ。つーかお前は聞かなくても記憶を読めるだろ」
わざわざ聞く必要もないだろうと鍛冶師はこめかみを人差し指で叩きながらレインに言い、レインはそれを認めた上で鍛冶師から聞きたいと笑ってみせる。
「大筋は読めるが、やはりナナシから聞きたいものであろ。人と言うのはそういうものと聞く」
ドラゴンというかレインが特殊なだけであって人に限らず記憶を読むことの出来る生物はほぼいない。喋るなり文字にするなりして伝えるしかないのだが。
レインは鍛冶師に合わせるために人と言っているだけあって、実際はもっと単純にナナシの話を聞きたいだけだ。これでも長い付き合いだけあって互いに情はある。
鍛冶師は上体を起こしてレインの方に向き直ると、その理由を語りだした。
自称友人の知り合いから新規事業として店を建てたので、正式な鍛冶師が見つかるまでの間の代理として鍛冶師をやって欲しいと言われたからだと。
職人街は土地だけ確保というのは出来ないというか職人たちが許していないので、とにかく形だけでも1度職人が必要らしい。
「代理がってのは嘘だろうけどな。探すそぶりすらねぇし」
「ナナシのためにあつらえたか」
レインの予想に鍛冶師は首を傾げる。
職業柄、元貴族もあって顔が広いギルベルトなら、わざわざ鍛冶師に声をかけなくても十分あの街で通用するレベルの奴を連れてこられるはずなのだ。
単に自分が休める場所を作るためにというのも考えられる。
「どーだか。けど前にあの学者には俺が街で穏やかに暮らしてるのを見ると安心するって言われた」
お前が言うなという感じだが、鍛冶師の行動は時としてかなり突飛な、危険なものに映るらしかった。
無事に人の暮らしに馴染めているように見えてどこかズレがあるようだ。
それでよくシーナなんかは呆れたり驚いたりしている。フィリーは全肯定ので除外しておく。
「そうであったか」
「そ、似たようなことは職人街の連中にも言われるけどな」
見ていて危なっかしいとウォルバーグによく街に来た頃は言われた。最近はそこまで言われなくなったが代わりにルーグから怒られることもある。
心配されることはあれど、怒られることはなかっただけに鍛冶師にとってはかなり新鮮な日々らしい。
ドラゴンからするとか弱き人の子であって、人智を超えた力の前では可愛いだけだ。対処のしようはいくらでもあるし、怒られることはなく微笑ましいものでも見るような感じだった。
「ふむ、馴染めておるようならなによりである」
「呆れた顔されるのも多いけどな。そういや………」
鍛冶師は職人街での暮らしぶりをレインに語り始め、いつも間にか鍛冶師は全身の痛みも忘れて眠っていた。
簡易型ベッド
鍛冶師が昔試作したもの。
折りたたみ式でドラゴンのウロコや幻影の森のモンスターなどの素材で作られている。
鍛冶師のベッドは植物のツタを編み込んで作られたものに、羽毛の掛け布団とウールの敷布団になっている。




