13 ナナシ
鍛冶師が戻ってきたときにはまだフィリーたちは眠っていた。
レインの元まで来るのに色々あって極限状態だったし来てからも予想外すぎることが多すぎて疲れきっていたので仕方ない。ついでに言えば、ここが安全地帯といえる場所だと安心もしたからだろう。
「ちげーよ。嫌われてはないっての。そうだよな、ルーグ」
「うーん、多分ね。よく腹が立つって言われ……あ、おはようガラドさん」
フィリーたちが起きてくるまで特にやることもないと、ルーグは戻ってきた鍛冶師と一緒にレインと雑談をしていた。
話題はもっぱら職人街での生活だ。
フラフラと各地を放浪していた鍛冶師が1箇所に留まって生活しているだけにレインは大層驚いていた。しかし、人の暮らしに馴染んでいることに安心はしていた。
レインに拾われてから訪れた初めての街では色々と大変だったらしい。
そんな会話をしているとガラドがやってくる。
珍しく兜を外していて、顔にあるおおきな傷跡が目立つ。普段は人に怖がられるからと兜を被ったままにしているがさすがに被りっぱなしも辛くなったのだろう。
ここには怖がる奴も不快に思う奴もいなので問題もない。
「しっかり休めたか?」
「一眠りしたら楽になったよ。寝るつもりはなかったんだけどね」
そう言って頬をかいたガラドは困ったように笑った。
いくら安全な場所にたどり着いたといっても疲れきって倒れるのは冒険者として恥ずかしかったようだ。
「あの森を超えて来たのなら仕方あるまい。幻とは精神を蝕むもの、倒れるのも無理はない」
「そーいうこった。ゆっくり休みゃいいんだよ、回復第一に……温泉あるから入ってこいよ。あいつら起こして」
回復と言う言葉で思い出したらしく、鍛冶師は温泉を勧める。1番奇抜な扉の奥にあるとのことだ。
「そうさせてもらおうかな」
温泉に惹かれたのかガラドはレインにお詫びの言葉を入れて洞窟内の部屋に戻った。
それを見送り立ち上がった鍛冶師は夕食の支度を始める。手の空いているルーグも手伝うことにする。
「なに作るの?」
「そうだな、今日はお粥にしとくか。下手に食うとあいつら吐くだろうし」
疲れた時は消化のいいものと、鍛冶師は自分の荷物の中から大量の米を取り出す。道中はなんとか気を張っていたからなんとかなっていたかも知れないが、落ち着いたら意外とガタンと体調は崩れる。
ちなみに大量と言ってもレインの分は含まれてはいない。
ドラゴンは少量の魔力があれば生きていけるので食事はそこまで必要ない。まぁ、食べたものを魔力に変換出来るので食べれないことはないのだが、たった1口でもかなりの量がいるので鍛冶師は用意しない。
さっき狩ったモンスターから出汁を取って、それをベースにお粥を作っていく。煮込むのはルーグに任せるとついでに取ってきた数種の果実を切っておく。
「こんなもんか」
「なんか久々にしっかりしたご飯って感じ」
「ま、そうだよな。旅ってのはそんなもんだな」
ルーグが鍋の中身をかき混ぜながらそうこぼした。
旅の道中はどうしても簡素なものになりがちなので手の込んだものはなかなか食べれない。今回はルーグもいるのでいつもならあまり考えない栄養バランスも少し気を使ったが。
フィリーたちがまだ来ないのでお粥の鍋を火から下ろした鍛冶師は、残った食材で料理を作り始める。
こっちは主にルーグ用だ。ルーグは特に消耗しているわけではないので粥だけでは物足りないはずだろうと。
「いい匂いがする」
「そうね。なんかお腹空くのって久しぶりな感じね」
温泉から出てきたフィリーたちが匂いにつられるようにやってくると、鍛冶師はお粥をお椀に入れ始める。
「お、来たか。適当に座れ」
植物のツタでできた座布団が用意されていて、レインも入れて円になるように座ると夕食を食べ始める。
極限状態だったこともあって途中からあまり食事も喉を通らなかったため、落ち着けるような精神になった今だと身に染みる。
「美味しい。優しい味なのが今はちょうどいいよ」
「そういえば、あなたは料理の腕もよかったですね」
普段の鍛冶師からは想像出来ないような優しい味のお粥は、フィリーたちに評判だった。
意外と思われるのだが、鍛冶師の作る料理は割と美味しいものが多い。ただ、見慣れないようなものが多いので食べるのを躊躇うこともあるが。
「ナナシ、我の分はないのか」
「ねぇよ、どんだけ必要だと思ってんだ。あ、出汁だけならそこの鍋に入ってるぞ」
「ふむ、これか」
評判を聞いてレインも気になったらしい。
鍛冶師は出汁だけならと言って、レインは出汁の入った大鍋を摘んで中身ごと口の中に流し込んだ。
「美味であるな」
「そりゃ良かった。ん、なにみてんだ?」
視線を感じて鍛冶師はお椀から視線を外す。すると
フィリーたち4人がこっちをじっと見つめていた。
「……名前」
「ないって言ってたけど」
「ナナシさんと仰るんですね」
名前はないと鍛冶師はいっていて、いつも鍛冶師とかお前とかそんな風にしか呼ばれていなかっただけに、ナナシと名前で呼ばれていることに反応したようだ。
「名無し、だからナナシ。別に名前じゃねぇよ」
「記憶がないって言ってたから」
「そういうこと」
幼少期に捨てられ、そこからの記憶しかないというのは前に聞いていたのでナナシの由来もすぐに納得出来る。
鍛冶師はここにいると名前もそこまで必要じゃなかったけどなとケタケタと笑っていて、なんとも鍛冶師の適当さを感じさせた。
ナナシ
名前がないと言った鍛冶師に対し、レインがそう呼んでいるだけで本名ではないが、鍛冶師は自分を指す言葉として受け入れてはいる。
鍛冶師と呼ばれているのはオーウェンが呼ぶのが定着したため。本人が名前はないと言うので各々好きなように呼んでいる。




