3 出発準備
店をしばらく休むなら、やっておくべきことがある鍛冶師は大きく伸びをして準備に取りかかった。
「言ってやることもほぼないんだけどな」
「なにかあったっけ?」
最重要と言えば常連客に店を約1ヶ月ほど休みにしておくと伝えておくことだろう。常連自体、少ないのでその方がいいと判断した鍛冶師はその旨を伝える手紙を書いていく。
一応、街の鍛冶師がその間のメンテナンスなどやってくれると言う話になっているので留守にする間も困ることはない。
ただ請け負ってくれる代わりに珍しい素材をウォルバーグからねだられたが。これから向かう場所は滅多に人が行くような場所ではないのでその素材を持ち帰れば十分だろう。
そうじゃなくても目的地に着けば一般的なレア素材はゴロゴロと置かれているのだが。
「1ヶ月って、そんなすぐに行けるものなの?」
「それな、片道。つっても実際はもっとかかるかもってのはあるけどな」
そんなに早くたどり着けるのかとルーグの疑問に鍛冶師は答える。
「帰りは別の方法考えてる。俺は余裕があるつってもフィーたちにゃ往復きついだろ」
「そんなに?」
「あそこは体力よか精神が先に参っちまう」
強いモンスターもさることながら、名の通り幻影を見せられる。それによって疲弊してしまう。
冒険中は当たり前になるが、幻影の森は度を越している。安全に休める場所もなく、手こずるモンスターも多く、現実と幻の判断がつかず疲弊し続ける。
もちろん魔法で幻影を見ないようにはできるが、常に発動させることになり魔力の消費を考えると現実的は不可能だ。
「なんか不安になってきた」
「心配しなくても行けっから安心しろ。じゃなきゃお前らを連れてかねぇよ」
「うん。そうだよね」
鍛冶師の話を聞いて想像だけで震えるルーグの頭をぐしゃっと撫でた鍛冶師は心配する必要は無いと豪快に笑った。
それを見てルーグは安心するように頷いた。この鍛冶師、無理なことは言わないから大丈夫なのだろうと確信はある。
手紙を書き終えた鍛冶師は、残す準備はフィリーたちの装備のメンテナンスだとポケットから砥石を取り出した。
フィリーたちはいつもの装備を鍛冶師に預け、ほかの装備でギルドの依頼をこなしている。1番使い慣れたものではないので少し実力は落ちるがそれでも問題はない。
「いつも以上に気合い入れてやんねぇとな」
「それだけ危険だってことだよね。本当にオレが一緒に行って平気なの?」
行きたい気持ちが爆発してつい言ってしまって、許可はもらったもののやはり場違い感は半端ない。
鍛冶師の言葉を聞くと今からでもやめた方がいいんじゃないかとも思いは完全には拭いきれない。
「まだルーグは小さいかんな。さすがにギルとかロイ連れてけだったら断った。そこまで酔狂じゃねえよ、俺も」
ルーグはまだ幼いので背負っての移動も大きな負担にならないと鍛冶師。それに自分で歩くにしてもギルベルトやロイなどでは難しいことだろう。
オーウェンに関しては特殊な例なので何かを言うこともないが。
「それじゃ、オレがもう少し大きかったら……」
「歩いて行くのは無理だって言うな」
断言をした鍛冶師はガラドの武器をとって刃を研ぎながら続けた。
「熱出して倒れんのが目に見えてる。つーか今回は俺も気をつけねぇとやばいかんな」
「無理はしないでよ、要なんだからさ」
ルーグは鍛冶師のそばで武器が研がれていく様子を見つめながら言った。鍛冶師も同じだから、どうなるかはよく分かっている。
「おうよ。まー、フィーたちに基本任せるつもりだかんな、俺は道案内係」
「そっか」
それなら少しは安心だとルーグは胸を撫で下ろすと、鍛冶師の作業を見ているのも飽きたのかお茶を淹れるために立ち上がった。
休憩を挟みつつ全員分の装備のメンテナンスが終わると大きく伸びをした鍛冶師は、自分の武器をやるのを忘れていたと2本のナイフをマジックバックから取り出す。
「それが本来の武器?」
「そ、最近は使わなくなったけどな」
飾り気のないナイフは透き通って見えて、光を反射して7色に揺らぐ。見蕩れてしまうほどに美しいそれは戦闘用というより鑑賞用といったふうだ。
「幻影の森に行くならこれじゃねぇと」
「キレイなだけじゃないんだね」
「まぁな」
それだけ返した鍛冶師は丁寧にナイフの手入れをしていく。よほど大切なものなのだろう、鍛冶師は自分の持ち物にしてはかなり丁重に扱っていた。
鍛冶屋の常連客
完全なる常連客は両手で足りる人数。
同じ人物が複数回来ることもあるが、大抵はウォルバーグなどの代理、または紹介状持ちを任されているなども多い。
1番の常連客はオーウェン。




