4 いざ、出発
「行ってくるね、父さん母さん」
鍛冶師同様、比較的ラフな格好のルーグは職人街の入口で見送りに来ていた両親にそう言った。
「気をつけて行ってくるのよ。皆さん、ルーグのことをよろしくお願いします」
「おう、行ってこい。寂しいとかって泣くんじゃねぇぞ」
そんなことしないとちょっとむすっとしたルーグの頭を笑いながら撫でたウォルバーグは、ルーグたちを送り出した。
ルーグの両親は彼らの姿が見えなくなるまでずっとその場に立っていた。
職人街には港がなく全て陸路で向かうと時間がかかって仕方ないのでまずは歩いて2日ほどの町を目指す。馬車を使うのでそこまでは時間はかからない。
そこから船で3日、下船した町で1泊したらあとはひたすら歩いて幻影の森を目指す。何せ、ルート近くに村や町はなく、そのため馬車なども一切走っていないからだ。
そもそも危険な場所だけあって近くに行くことすら皆嫌がる。
「オレ、船は初めて乗る」
「快適だよ」
ルーグは初めて乗る船にはしゃぐように言って、乗りなれているフィリーは酔わなければ快適だと言いながら船に乗り込む。
「へぇ、思ったよか揺れないんもんだな」
「あんたも初めてなの、意外ね」
「船は逃げ隠れ出来ねぇからな」
放浪中は陸路しか使ってこなかったと鍛冶師。
フィリーたちには理解が出来ない話だったが、鍛冶師の言いたいことが分かったルーグは苦笑いをしていた。
見つかればすぐに連れ戻されるため逃げ隠れできるというは行きたいところに向かうためには確かに重要だっただろう。
「そっか、フィリーさんは乗ったことあるんだっけ」
「うん、そうだよ。大きいのも小さいのも。冒険者になってからはあんまり乗らなくなったけど」
そう言ってフィリーは青白い顔をしているアルゼルに視線を動かした。
手すりを持ってじっとしたまま動かないアルゼルは乗船1時間でずっとこの調子だ。
「ルーグは大丈夫そうだね」
「うん。アルゼルさんはどうしたの?」
「あれが酔うってことよ」
そばまで来たシーナが言った。
アルゼルが船酔いするのはいつものことなのでシーナもそこまでは心配する気はないらしい。それになんだかんだ世話焼きのガラドがついているので任せておけばいいと思っているようだ。
「馬車の船版ってことか。あと2日もあんのに大変だな」
「酔いを軽くする薬はあるんだけど乗ってから飲んだみたいで、まだ効かないみたい」
「商人がなにやってんだよ」
先を見据えてが商人の基本だとか言っていた割に詰めが甘いと鍛冶師は突っ込むが、アルゼルは軽口を流す余裕もないらしく酔いに耐えていた。
「俺は船の中でも散歩してくっかな」
「あ、オレも行く」
「私も」
結局ルーグだけでなくフィリーもついてきたので3人で船の中を探索することになった。
探索といっても自由に歩ける範囲は広くなく、ほぼ客室と食堂のみである。貨物船なので仕方ない。
それでもルーグは初めてことだらけなので楽しそうにしていて、退屈になりそうだった船の旅も退屈しなさそうである。
それにはしゃぐルーグを手の空いた船員たちは時折構いに来るので、船員たちと色々と話すことも多くその保護者として見られている鍛冶師も結構色々と話をしていた。
「それじゃあ、この船も職人街の人が作ったってこと?」
「そうだぞ、坊主。町に職人を呼んでな、作ってもらったんだ」
「へぇ。帰ったら父さんに聞いてみよう」
お前さんは知らないのかと話を振られた鍛冶師は首を横に振る。新参者なのであまりよく知らないと。
ルーグが職人街で生まれ育ったと知ると、船員たちはそんなことを教えてくれる。そして、職人街の職人たちがどれほどすごい技術をもっているのかと懇切丁寧にルーグに語って。
それを聞いていたルーグはなんとなく誇らしげにしていた。
「でもさ、ちょっと複雑なんだよね」
部屋に戻ったルーグは鍛冶師にそうこぼした。
故郷が褒められるのは素直に嬉しい。けれどルーグは才能がないと言われてからまだ完全に立ち直っている訳ではない。
だから誇らしいけど悔しくて悲しくて、わだかまりがあってスッキリとはしない。
「ま、そうだよな。見える世界が広がったとでも思ってゆっくり探してきゃいいだろ。だからお前はレインに会いたいなんて言えたんだ」
「うーん、けど……そうかもね」
ちょっと認めなくはなさそうだが、否定もできず頷いた。実際、そうじゃなかったらきっと外の世界なんて興味もなかったはずだ。
そこにノックの音が聞こえて鍛冶師が出るとガラドだった。
「クルルの実って持ってたりするかな?どうやらアルゼルは用意してた薬を置いてきちゃったみたいなんだ」
「……あいつ、やらかしたな」
「あはは」
ガラドは困ったようにだけ笑ってそれ以上は何も言わなかった。
「クルルの実は持ってねぇな」
「そっか、ありがとう」
鍛冶師は色々持っているので聞いてみただけだとガラドは戻ろうするが、それを鍛冶師が引き止める。
代わりになりそうなものなら持っているらしい。
「どっかで効くって聞いた事あんだよ。ま、ダメ元で」
赤黒い色したペラペラのシートを取りだした鍛冶師はガラドに渡す。得体の知れないものにガラドは戸惑うが、鍛冶師は梅干しを乾燥させたものだから毒じゃないとだけ言い切った。
薬と比べれば効果は薄いようだったが、それでもアルゼルにすると助かったらしい。しかし薬の苦味とは違う特有酸味に苦労はしたようだ。
梅干し
王国から遠く離れた国の特産品。
ごく稀に王国に入荷され、そのまま食べるより料理の隠し味としてコックたちにこっそり使用されることが多い。
ちなみにアルゼルから1口もらったガラドは気に入った模様。




