5.ジャンボパフェを食べよう!
「あの、なんでわたしはここにいるのです?」
バスの端っこで、シスターグレイは固まっていた。
「ですから、風見にパフェを奢ろうと思いまして。施しは大事、らしいですし」
「そうそう。せっかくだし、グレイちゃんにもここのパフェの美味しさを味わって欲しくてね~」
金色の三つ編みを揺らしながら、風見はカラカラと笑った。
「そう、でしたっけ?」
ふらふらするのはおそらくは車酔いの影響だろう。シスターグレイは極端なくらい乗り物に弱いのだ。
して、数十分前。晴れ始めた空を眺めて良きかなとばかりに昼寝を始めたグレイは魔色と風見によって強引に拉致された。気が付けばバスの中である。
「吐きそうなのです」
「あー下りは凄いんだよね~」
田舎のバスである。道は整備されているとはお世辞にも言えず、山奥にある学院からの道はいろは坂もかくやといわんばかりにぐねぐねと廻り廻って少女三人を振り回す。
「ま、あと三十分もすれば街中だからさ。頑張って耐えてね」
「さ、三十分……⁉」
どれだけボロボロになろうと屈さない悪魔祓いの少女の心から、ポキリと折れる音がした。
じっとりとした湿気と再び曇り始めた空が、グロッキーにバスから放り出されたシスターを歓迎する。
吐かなかったのは奇跡と言ってもいいだろう。久々にシスターグレイは神に感謝した。
「ようやく……ようやく着いたのです」
「やー相変わらず廃れた街だねー!」
「そういう言い方はダメですよ」
ケロリとした二人はグレイを傍目に、運転手に手を振る。
到着した駅前は、日曜日とは思えないほどに静かなものだった。見えるのは僅かな子連れか、老人のみ。ボロボロになった町おこしのゆるキャラが哀愁を誘う。
「ん、ほんと酷いありさまなのです。学院の方が人いるんじゃないですか?」
「いるだろうね。ま、地方都市の更に外れにある街なんてこんなもんよ」
今更さして興味もないのだろう。風見も魔色もさっさと歩き出す。
「あ、風見、あとで本屋寄りたいです」
「おーそうかそうか。おっちゃんなんでも買ってあげるど!」
「風見が壊れたのです……」
「彼女、たまにおっさんの人格が出てくるんですよ」
「え」
そうしてたどり着いたのは駅の通りの奥にある寂れた喫茶店だった。
「店長!たのも~!」
「おやおや、また騒がしいガキが現れたねぇ。しかも今日は一人多いじゃねえか」
初老くらいか。薄暗い店内で目つきの悪い店主が、コーヒーカップを拭いていた。
純喫茶と言えば聞こえはいいが、実情は古臭く狭い喫茶店だ。コーヒーと、それから昼間だというのに酒の匂い。ウレタン製の椅子は所々痛んでいて、白いテーブルクロスには時代錯誤な灰皿が一つ。きゅらきゅらと不安定にシーリングファンが回っている。
だというのに、大して気にも留めず風見はカウンターに身を乗り出した。
「店長!ジャンボパフェ二つ!あとメロンソーダーと……」
「わたしはコーヒーにするのです」
「私もコーヒーで」
「……あいよ。適当に座っとけ。すぐに用意してやる」
ゆっくりと店長はコーヒーカップを置いて、お湯を沸かし始めた。
「グレイちゃんこっちこっち!」
ぼうと見ていたグレイを呼んだ風見は既に窓際のボックス席に座っていた。どうやら、そこが彼女らの定位置らしい。
「ここって……」
「喫茶アルセイム?とかそういう名前だった気がする」
「喫茶マルセイユ、な」
後ろから店長の修正が入る。
「とにかくなんかそんな感じの喫茶店。分かるよお嬢ちゃん、いつ見ても潰れそうだろ?」
「うるせえ、これでも夜はバーとして繁盛してんだよ」
「だ、そうですけど風見」
「どっちにしてもつぶれそうな見た目してるじゃん!」
「こーのガキンチョ共が。ったく金にならんかったら今すぐ出禁だぞ!」
ケラケラとシスターグレイは店長と風見の会話を聞いていた。
「どうです?たまには学院から抜け出すのも悪くないでしょう」
「そうですねってんん?魔色ちゃん今抜け出したって言いました?」
キョトンとした顔で魔色は首を傾げた。それから数秒経って、理解したとばかりに手を叩く。それから得意げにニヤリと笑った
「ああ、なるほど。確かに校則だと長期休暇以外の外出は禁止されてましたね。でもこれはちゃんと先生方に許可を取ってるんですよ?」
「……ズルとか使ってないんですか」
「ええ。これは——「これは風紀調査の一環、って訳よ!」
「ちょ、せっかくの説明取らないでくださいよ!」
「ふふーん、学院って山奥にあって退屈だからたまに脱走者が出るんですよね~。そういった生徒の調査とかをするのが僕たち風紀委員の任務ってワケ!」
「え、パフェとか食べてていいのですか?」
「うん。だってそんな生徒いないし」
平然と風見は言い切った。少し経ってからグレイも理解する。
「なる、ほど。大事なのは逃げた生徒がいるかもしれないという不確定な状況。実態は思春期の生徒のガス抜きですか」
「そういうこと。やー寝てばっかなのに君は頭が回るねぇ!なんかスポーツとかやってたの?」
「ふふ、狩猟を少々やってたのです」
「狩猟!なるほどぉねえ。魔色、狩猟って何?」
何が楽しいのか、常にハイテンションに風見は喋り続ける。
「はいはいガキンチョ共、ジャンボパフェ二つだ」
「え。なんですかこのサイズ……」
そうこうしてる間にパフェが届いたらしい。ジャンボパフェ、という名称は伊達ではないらしく小柄なグレイの座高を余裕で超えるほどの大きさだった。
プリンに、メロンに、大量のスイーツとアイス。そして何よりも大量のクリーム。見るだけで胃もたれするが、年頃の少女にかかればこんなものは朝飯同然である。
「うむ、何回見てもかわいいで候!それじゃ、いただきまーす!」
ドン引きするグレイを傍目に、風見はジャンボパフェの攻略を始めた。
「はい、グレイさんも」
その横で、魔色も攻略を始め、グレイにクリームとプリンの乗ったスプーンを差し出した。食べろということなのかと数秒経って理解し、首を振る。
「か、間接キスになるのです」
「へぇウブですね」
まるで悪魔みたいに魔色が哂って、気にせず長いスプーンをグレイの口に突っ込んだ。
「ん、美味しい……ってそうじゃなくて!」
「グレイちゃんもほら、早く登頂目指して~!僕たち二人じゃ二個なんて食べきれないんだからさ!」
「なら最初から一つにするのです……」
諦めたように、グレイも長いスプーン片手にジャンボパフェを食べ始める。
「……クリームが美味しいのです」
あっさりとしたクリームがこの巨大なパフェにはちょうど良かった。何よりもアクセントになるコーヒーがパフェの味を飽きさせない。
何よりもジャンボパフェは掘れば掘るだけ味が出てくる。コーンフレークに、チョコにオレンジ。餡子や白玉なんかも入っている。
にもかかわらず、味の主軸は変わらないのだ。なるほど、とグレイは納得した。道理で彼女たちがこの薄暗いカフェに通う訳である。
「美味いだろ?俺がこだわって作ってるんだから当然だがな!」
驚くグレイがそんなにも嬉しいのか、ニヤニヤと笑いながら店長は少女たちの挑戦を見守っていた。
「はー食べた食べた!」
あっという間にジャンボパフェ二つが消滅した。
「もう、入らないのです」
ぐったりとグレイは風見に寄りかかる。
「あ、店長!記録更新じゃない?」
「あん?あーそうだな。まあ、三人だからノーカンだが」
「え~」
「記録ってもしかして……」
「そ、早食い記録!隔週で来るたびに挑戦してるんだけど、中々更新できないんだよねぇ」
風見が指さす方向を見れば、古びたホワイトボードに知らない名前が書かれていた。
「アレを超えられればなんとジャンボパフェはタダ!」
「まあ、ここ一年くらい頑張っても突破できないんですけどね~」
諦めたように魔色は遠くを見ていた。
「越えようなんざジャンボパフェより甘えってことだ。会計は三千と四百五十円だ」
「うげ~高い!」
少女の涙声が、寂れた喫茶店に反響した。
そういえば書いたのに投稿してなかったなと思って