親友として。美結ちゃんに
数分前。
私が美結ちゃんの部屋に向けて、脚立を立てかけ。
グラグラとしながらもそこを登った。
登りきってベランダ。
迷ってはいられずコンコンとノックしたが、窓に手をかければ、無防備にも鍵は開いていた。
どっかの有名な歌みたいに、鉄パイプでガラスを割ることなんて到底できそうになかったので、窓の鍵が開いていたというのは結構助かった。
そして今だ。
完全に不法侵入をした私は美結ちゃんに明るく呼びかけた。
窓から入る光が、私のシルエットを作る。
それが美結ちゃんに覆い被さるかのように。
固まった表情でこっちを見つめてくる美結ちゃん。
何かあったのか、私は何も知らない状態だが、生きていて良かった。
心の底から、その事実にホッとした。
そして美結ちゃんの横には、おそらく盗聴器で入手した音声を聞くための機械的な何かがあった。
「美結ちゃん。大丈夫?」
正直、聞きたいことは色々あったが。
私は、ベランダに立ったままそう問うた。
「──な、なんで」
信じられないと言いたげな顔だ。
目は見開いて、表情が強張っている。
けれど。現実味が増してきたのか、美結ちゃんの瞳から涙が零れ落ちる。
それを拭うことなく、美結ちゃんは目を見開いたままだった。
これは、どういう意味の涙なのか、私には見当も付かない。
「何で来るの。私、もう死のうとしていたんだから。こないでよ。帰って。今すぐにでも帰って……」
弱々しい、しゃっくり混じりの泣き声。
多分。美結ちゃんのこんな声を聞くのは初めてだ。
いつも明るくて元気な美結ちゃんのイメージとは全然異なる。
私は。履いていた靴を脱いで、いよいよ言い訳の効かない不法侵入をした。
美結ちゃんの前へと座り、その顔を覗く。
「……美結ちゃん。抱えてること、私に話してみてよ」
できるだけ彼女を刺激しないよう、優しい口調で窺う。
「全部、伊奈ちゃんのせいじゃん……」
「わ、私⁉︎」
私が、美結ちゃんの自殺を促していたってこと?
いや、いやいや。そんなことした覚えないよ。私。
「ほらね。分かっていないじゃん。私がこうなったのは全部あなたのせい。あなたが全部きっかけを作ったの。あの日、あなたが私にあんな笑顔を向けなければ……きっと。違っていた。何もかもが、違っていた。誰からも悪口なんて言われなければ、転校することもない。わざわざ十数万も使ってあんな高い物買わないし、こんな辛い思いをするわけない。……私は、もっとちゃんと。純粋で、清純な恋をできていたはずなのに……。伊奈ちゃんのせいだ……」
そんな吐き捨てるような独白。
それを終えて、嗚咽と共にズビズビ泣き出す。
その中に含まれる理解し難い現実を私は受け止めた。
美結ちゃんは、私のことが好きだったんだ。
多分。ずっと前から。
私は。ふと、美結ちゃんが想い人に渡すというラブレターの内容を思い出す。
昔から一緒にいて、それで高校で再会することができたと、書いてあった。
あれは。……私宛に向けられて書かれていた。ということだ。
私が鈍感なあまり、そのまま手紙を返してしまって。
それで、私と心音の関係が怪しいと睨んで盗聴器を渡したのか。
だとしたら、辻褄があった。
そして今さっきのこと。
美結ちゃんは、私と心音の会話を聞いて、死ぬという決断をした。
これは。私が悪いと言われるのも無理はない。普通に、私が悪い。
本当に。申し訳なさが募る。
それともう一つ引っかかることがあった。
『悪口』と『転校』というワードだ。
美結ちゃんは悪口を言われ、転校をしたってことなのかな?
悪口って。誰に言われたのだろうと。
だけど。すぐに答えは出る。
あの柄の悪い女三人だ。きっと。
「…………」
頭は良く動いたが、私は何を言えばいいのか分からなかった。
どんな言葉をかけても、美結ちゃんはより傷ついてしまうと思ったから。
ただただ。俯いて、対峙しているだけだ。
美結ちゃんの嗚咽のみが、その場に響く。
頭を撫でたり、優しい言葉をかけても。それはきっとダメ。
私と心音の関係は、きっともう大体理解しているはずだから。
そんなことをしても、美結ちゃんは嫌な気持ちになるだけだ。
だったら何をすればいい?
『ごめん』と謝るべきなのは分かっている。
けど、そう言って美結ちゃんがどう捉えてしまうのか。
嫌味に似た何かに聞こえてしまうんじゃないかって思って、言えない。
ただ、こうして側で見守ることしか。私には──。
……いや、こういう考えも良くない。
第一、私がマイナス思考になってどうする。
今、一番辛い思いをしているのは美結ちゃんなんだ。
ごめんとしか言えないけど、私の好きな人は心音だ。
これが覆ることは決してない。酷いと思う。
だから。それ以外で、何か美結ちゃんのためにできるようなこと。
美結ちゃんが。せめて死にたいって思わないように。
そのために、何かできること。
「美結ちゃん。今は、それについては何も言えない。けど!」
美結ちゃんは潤んだ目で私を見上げた。
「美結ちゃんが、死にたいって思わないような。そのために。私は、何かできることをしたい」
そう言う私を見る美結ちゃんの顔は険しかった。
うん。そりゃそうかもしれない。
美結ちゃんのあの独白について、私は何も触れていないのだから。
だけど。その話に触れて私は今より明るいムードにできるとは思えない。
「美結ちゃん、確認させて。美結ちゃんは、クラスの女子に悪口を言われて、転校をしたってことで合ってる?」
過去の嫌な出来事を抉り返されるのは嫌かもしれない。
言ってからそう思う。
けど。これだけは、確認したかった。
見ると、美結ちゃんは震えた唇をゆっくりと動かし始めた。
「……色々と理由はあるけど。それが引き金になったのは間違いない。クラスのグループラインで言われた。……けど、今更何をするの。死にたいって思考が変わるわけないじゃん。伊奈ちゃんは、私のことなんて眼中にないんでしょ」
「眼中にあるから、今こうして家に来てるの! こう言われるのは嫌かもしれないけど、私と学校まで来て!」
「……やだよ。私は死ぬの」
「やだ。死なせない」
さっきまでの私の複雑な思考はどこへ行ったのだろうか。
けど。こんな風に私が言っているのは、美結ちゃんの表情がさっきと異なって柔らかいものになっていると確認したから──。
「私は。相談部に来てくれた美結ちゃんの、悩んでいることを、出来る範囲で解決してあげたいの」
「一番の悩みは、もう解決できるわけないじゃん……」
「わかってる。けど、私は美結ちゃんが大事な人だから」
「嘘吐き。一番大事なのはあの女のくせに」
「……心音も確かに大事な存在。けどさ。大事な人に優劣なんてない。みんな大事で、大切にしているの。そこに順位なんてない」
「──っ」
「相談部の部長として。……んーん。美結ちゃんの親友として。私は、できることならなんでもしてあげたい。というか、否が応でもするから!」
……しばしの沈黙。
何かを長考しているらしい美結ちゃんは、自分を納得させるように頷いて。
そうしたと思えば、顔を上げて、まっすぐと私を見た。
「うん。伊奈ちゃんはこういう人だった」
「うんうん。私はこういう人だよ」
頷きに対し、私も頷いて。
けれど丁度良く下の方で聞こえた物音。
そして、美結ちゃんの母さんの声。
『美結ー? 何かあったー?』
これはまずいと思ったが。
前にいる美結ちゃんはすぐにそれに返事をした。
「な、なんでもない」
『ちょっと声が聞こえた気がしたから。なんもないなら別にいいわ』
危機は去った。さよなら。
すぐに私は、美結ちゃんに問いをする。
「さてと。美結ちゃん。学校に行こう。やれることがあるかもしれない。いや、ある。どうする? ……ここで頷いたら、連れて行く。横に振ったら無理やりにでも連れて行く。さぁ、どっちか選びたまえ!」
私は美結ちゃんに手を差し伸べた。
美結ちゃんは内心、嫌な気持ちかも分からないけど。
今からしようとしていることが、美結ちゃんにどう影響するか分からないけど。
今は、これしか美結ちゃんにしてあげれそうなことはない。
割とすぐに、私の手に、美結ちゃんの手が乗った。
「行こう。……けど、今から外に出たら、親になんて言われるか」
「それなら。これで!」
私は振り返って、窓の外を指した。
いや、本当は脚立を指すつもりだったけど、その場所にそれはない。
もう少し、右に脚立は置いていた。
「何もないけど」
「本来ならそこに脚立があるはずでした。はい」
これもユーモアというものだ。
「……よし!」
さぁ。学校に向かおう。
美結ちゃんの悪口を言った奴らを懲らしめてやりますよ。
コソコソ|ω・*)もうすぐ終わりそうですよ




