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第1話 前世を思い出して、俺は美少女になっていた

「――ッ痛ええええええええ!?」


頭を殴られたような激痛に耐えかね、俺は液晶ペンタブレットの前に崩れ落ちた。


視界がぐにゃりと歪み、脳裏に見たこともない記憶の濁流が流れ込んでくる。

満員電車に揺られる日々。デスマーチ続きのプログラミング作業。終電で帰宅しては深夜まで同人イラストを描いていた、三十代半ばの限界社畜オタク――それが『前世の俺』だ。過労で倒れて、そのまま人生の幕を閉じたらしい。


「嘘だろ……俺、死んだのか……?」


頭を押さえながら体を起こす。だが、視界に入る自分の手があまりにも白く、細すぎる。

違和感を覚えて部屋の姿見に駆け寄り、そこに映った姿を見た瞬間、俺は絶句した。


透き通るような白肌に、少し眠たげなタレ目。だぼだぼのパーカーから伸びる華奢な首筋と、腰まで伸びた艶やかな黒髪。

どこからどう見ても、保護欲をそそる二十代前半の超絶可憐な美少女――『白咲まひろ』がそこに立っていた。


「……は? 俺、女の子になってんの!?」


鏡の中の美少女が、パニックになって口を開く。

その声は、自分のものとは思えないほど透明感に溢れたダウナー系の美少女ボイスだった。


(待て待て待て、落ち着け俺! 記憶を整理しろ!)


頭を抱えて数分。融合した『白咲まひろ』としての記憶が脳内で繋がっていく。

どうやら俺は、この世界で「Shiro」という名義で活動するプロのイラストレーター兼Live2Dモデラー――いわゆる『神絵師』として暮らしてきたらしい。


前世の限界社畜時代に叩き込んだ技術と絵心が引き継がれたのか、手掛けるイラストは界隈で大絶賛。

そして何より、俺(まひろ)には特別な存在がいた。


スマホの画面を付けると、大人気VTuber『天音りりか』の配信通知が目に飛び込んでくる。


『【ホラゲ実況】ママが作ってくれた新モデルでビビらずクリアする!!【天音りりか】』


(……ああ、そうだ。天音りりか。俺がデザインからモデリングまで一から仕立て上げた、俺の最初の『娘』だ……)


画面の中で、天使のようなビジュアルの少女がキャッキャと動いている。

前世で筋金入りのオタクだった俺の血が、猛烈に騒ぎ出した。


(可愛い……。何だこの天使……。え、俺がこれ描いたの? 天才か? 俺の娘、世界一可愛すぎだろ……!)


前世のおっさん心が親バカモード全開で爆発しそうになった、その時だった。


『ポロロン♪』


自室に響き渡る、Discordの着信音。画面を見ると、発信者は『天音りりか』本人だ。


「げっ、りりか!?」


急いで通話ボタンを押すと、スピーカーから弾けたような高音の美少女ボイスが飛び出してきた。


『ママー! こんばんはー! ねぇねぇ、今配信中なんだけど、ちょっとだけ通話いけるー!?』


(配信中!? 待て待て、今の俺は前世を思い出して頭がパニックなんだよ!)


「あー……りりか? 私はいま締め切り直前なんだけど……聞いてないよ、急に」


焦りのあまり声が裏返りそうになったが、とっさに『私』と一人称を繕い、まひろとしての清楚な声を作った。

だが、前世の図々しいおっさんメンタルが戻ったせいで、以前の「人見知りでドギマギしていた対応」ではなく、どこか雑でサバサバしたトーンになってしまう。


『えへへ、直前で突撃したら出てくれた! リスナーのみんな聞いた!? ママの声だよー!』


『ママ来たああああああ!!』

『Shiroママのダウナー美少女ボイス助かる』

『なんか今日のママ、いつもよりサバサバしてて草』

『急な保護者同伴配信最高か?』


りりかの配信画面のコメント欄が、爆速で流れていく。


『ねぇねぇママ! 次の夏衣装の打ち合わせしたいんだけどさー! 思い切ってビキニとかにしちゃわない!? 胸元バーンって開けようよ!』


画面の向こうでテンション高くおねだりしてくる娘に対し、俺の中のおっさん(保護者)人格が即座に拒絶反応を示した。


「は? ダメに決まってんだろ」


『えーっ! なんでよー! 水着着たい!』


「だーめ。うちの娘にそんな、はしたない格好させられるか。お前、先週のホラゲ配信でも大股開きで叫んでただろ。胸元ガッツリ開けたら大変なことになるわ。衣装は長袖パーカーにショートパンツ! 以上!」


『ママのガードが堅すぎるー! 娘の露出を一切許さないステージママだー!』


『ママ「ダメに決まってんだろ」の一蹴草』

『実の親よりガード堅くて最高』

『「うちの娘にはしたない格好はさせない」ママみ高すぎる助かる』

『先週の大股開き見てたママ好きwww』


(やべぇ……。前世のガサツなノリで説教しちまった……。冷たく突き放しすぎたか……?)


冷や汗をかきながらコメント欄を恐る恐る見ると、なぜかオタクたちが大歓喜してお祭り騒ぎになっている。

……まあいいや。喉が渇いたな。


俺は自室の足元に転がっていた缶のプルタブに指をかけ、無意識に引き抜いた。


(カチャ、プシュッ……!)


「……あー、うめぇ……」


作業中の癖で、素で缶ビールを煽り、低音でぼやいてしまう。


『……ねぇママ!? 今「プシュッ」って言わなかった!? 何飲んだの!?』


「え? あー……炭酸水。炭酸水だよ」


『絶対ウソだ! 缶の音だったし、そのあとの「あーうめぇ」がおじさんのそれだったもん! ママまたお酒飲んでるでしょ!』


「……ち、違うわ。のどが渇いてただけ。作業中は水分補給が大事なの」


『言い直せてない!! もう、ママは見た目が清楚系美少女なのに、中身が酒好きのおじさんなんだから〜!』


『プシュッwwwwww』

『「あーうめぇ」の低音美少女ボイス助かる』

『清楚系美少女の皮を被った酒飲みおっさんママ最高かよ』

『【急報】ママ、作業酒がデフォルトだった』


配信が終わったあと、俺はベッドに倒れ込み、頭を抱えた。


(終わった……。清楚で売り出すはずの神絵師のイメージがぶち壊しだ……)


スマホを取り出し、試しにネット掲示板を開いてみる。

すると、アニメ・VTuber板のトップに、恐ろしいスピードで加速するスレッドが立っていた。


【朗報】天音りりかのママ(Shiro)、清楚系美少女ボイスなのに中身が酒飲みのおっさんで無事リスナー全員の脳が破壊される


「……俺、裏方としてひっそり生きるつもりだったんだけど……どうしてこうなった!?」


自室に俺の悲痛な美少女ボイスが空しく響き渡った。


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