第1理科室
私の通う中学校には、使用されていない教室があります
「第1理科室」
そう書かれた教室は、十何年か前に起きた事故を原因に
生徒たちが入れないよう鍵がかけられています
事故の詳細は知らされていませんが
男子生徒が一人
亡くなったとのこと
教室自体は本校舎の3階にあり
窓から覗くこともできません
「開かずの教室」「幽霊教室」
生徒たちの間では様々な呼び名で呼ばれています
中にどんなものがあるのか
なんで封鎖されているのか
死んでしまった男子生徒の幽霊は出るのか
その教室についての話題が止むことはありません
しかし、噂に対して実際に中を見たという生徒はいません
教室の鍵は職員たちが厳重に管理しており
生徒たちがたやすく触れないようになっているからです
では、どうして
そんな情報を私が知っているのかって?
それは私が、この学校の先生の一人だからです
この学校に赴任して、先輩の教員に最初に言われたことは
「あの教室に生徒を近づけさせないでください」
なぜ?
どうして?
私の質問に対して、先輩の教員は首を横に振りながら
「僕も知らない」
「僕の先輩もそのまた先輩も」
「真相を知っている人はいない」
淡々と告げてきました
そこで終わればいいものを
その言葉が、私の好奇心を大きくかきたてました
第1理科室の鍵は、教員間が当番制で管理しており
もちろん新人の私にもすぐに回ってきました
当時の私はうかつでした
どうして、あの教室が閉鎖されたのかを
あの事件がどんなものだったのかを
なにも、考えていなかったから
深夜1時
暗い曇り空の下
懐中電灯とスマホ
そして、「第1理科室」の鍵を持って、静かにあの教室へと向かう
私は別に
幽霊が見たいだとか
不思議な体験がしたいだとか
そんな思いは微塵もない
ただ、なぜそこまでして教室に誰も近づかせないのか
その真相だけが知りたい
階段を上り
教室の前にたどり着くと
私はゆっくりと、鍵穴に鍵を差し込みました
カチャリ、という音を立てて鍵が回る
私はゴクリとつばを飲み込み、ドアを開ける
私は教室の中のスイッチに手を伸ばすが
電球が切れているのか明かりはつかない
仕方なく懐中電灯のスイッチを入れて辺りを照らしてみました
中は思ったより手入れがされているのか
不思議と汚れていない
木製の机
何かわからない生き物の標本
黒いカーテンで覆われている窓
そして、不自然に一部分が黒く焦げている床
火事でもあったのだろうか
そう思ったが、周囲にはそれらしい跡がない
なのになぜか、その焦げ跡だけが残されていた
それにしてもどこか古臭さを匂わせる空間だ
そうして教室内をぐるりと一周していると
一際目立つものが目に映る
やけにリアルな
まるで本物のような
人体模型
私たちがよく知っているものと大きな違いはない
半身は皮膚で覆われており
半身は内臓がむき出しになっている
目の前のそれも同じような構造のはずーー
その生々しさを除けば
私の頭では
目の前にあるのが模型だと認識しているのに
どこかそうじゃないような
なにかが擬態しているようなーー
私は恐る恐るその模型に手を伸ばしました
そして、ゆっくりと
さするようにその腕を撫でました
感触はただのプラスチック
コンコンと軽い音を響かせるだけの腕でした
やっぱり私の勘違い
そう、思ったのですが
あと少し
ほんの少しだけ
小さな粒のような不安を解消するために
私は再び、手を伸ばしました
模型の中央にはめ込まれた
赤黒い「心臓」に
ぶにっ
とてもプラスチックとは思えない柔らかい感触が
指先から脳に伝わります
全身に走る悪寒と
ソレが聞こえたのはほぼ同時でした
さわるなよ
怒りのこもった男性の声が
暗い教室で
目の前から発せられました
私は咄嗟に、こいつの顔は見ちゃいけない
そう直感的に思い、教室のドアへと走りました
懐中電灯は落としてしまったが
それを拾うそぶりすら見せず
急いで教室を出ました
目からは不思議と涙が零れ落ち
もつれかけた足を何とか前に踏み出しながら
廊下の壁にぶつかるように転がりました
外に出た安堵で
私はつい
教室の中を振り返ってしまいました
先ほど落とした懐中電灯が
あの場所を照らしている
先ほどあの人体模型のいた
あの場所を
いない
さっきまでいたあいつが
きっと、あの声の主だったあいつがーー
まて
あの無機質な声が
今度は私の耳元で聞こえてきました
私は恐怖で叫ぶと同時に
無我夢中に走り出しました
月明かりの下
気づけば息を切らしながら外に出ていました
うっすらと白く照らされた校舎
その校舎の3階の教室から
不気味に輝く二つの瞳が
私を鋭く睨みつけていた
……少なくとも私には、そう見えました
私はそのあとすぐ
教員をやめました
あの人体模型は
私に何を言おうとしてたんだろう
聞いた話によると
近々あの校舎は取り壊されることになったそうです
もちろん彼は
まだその中にいます
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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