表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/3

第一章「ベイルのように駆け抜けろ」-3-

 帰りにおれは本屋に寄って、スポーツコーナーで、今まで素通りするばかりだった、サッカーの教本と向き合っている。


 人生なにが起こるかわからない、とは言ったものの。

 あの応接室をノックし、校長に座るよう進められたときでさえ、野球部コーチの面接だと思っていたのだから、驚天動地というよりほかない。

 そして校長が、あの求人票をそっと差し出し──


 ぼんやりしていたのだろう。


 すぐそばに人がいるのに気が付かなかった。あろうことか、体だけが資本の前職の職業病というか、体幹に鋼を通したようなおれの体は、悪気なく人を弾き飛ばす形になってしまった。

 わ、という驚きの入り混じった声。

「あっ、すみません」

 あわてて謝罪する。

「お怪我はありませんか?」

 言いながら相手の様子を確認して──


 ひぃっ、と喉元に叫び声がでかかる。


 相手が明らかに未成年の女子で、学生服を着ていたからだ。身長は百六十くらいか。長い髪を後ろで一つにまとめている。

 このご時世どのようなトラブルに発展したものではない。

 おれは相手が荷物を落としたり、明らかにどこか体を痛めてはいないものか、とっさに確認した。

「大変申し訳ありません。ぼんやりしていました」

「あ、いえ、全然、何も。わたしこそ、考え事をしていて……すみませんでした」

 女子生徒はこちらの瑕疵を責めるでもなく、頭をぴょこんと下げた。


「サッカー、お好きなんですか?」

「え?」

 さっきから何冊もの教本をとっかえひっかえ、あの本がいいのかこの本がいいのか、頭を悩ませていたおれは、一冊の本を手にしていた。


『小学生一~二年生からはじめる初心者のためのサッカー・メソッド』


「良さそうな本ですね」

「あ、ああ。ええ、そうですね。これがいいのかな。うん。これにしようかな」

「サッカーは何と言っても基礎が大事ですからね。ご存知ですか。ディヴィッド・ベッカムは子どもの頃、お父さんと近所の公園で、何度も何度も反復して、ただただ真上に高いボールを蹴るという練習をしていたらしいですよ」


 そう、なんだって基礎が大事だ。ただ、そのときおれが考えていたのは一つだけだった。

 ベッカムって誰だろう。


 初対面の人間にしゃべりすぎたと思ったのだろう。はっとした顔をして、ぺこりと頭を下げると、身を翻した。人間、話題が好きなものとなると、相手が誰とて饒舌になるものである。


 女子生徒のおそらく学校指定のカバンに、ユニフォーム型のアクリルキーホルダーがついていた。


 そのときのおれはまだ知らなかったのだが──、キーホルダーはかつてのレアル・マドリードの右ウィング、栄光の11番、ギャレス・ベイルのものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ