第68話 気分はジェットストリームの件
毎日何往復かしているシャトルバス。
直線距離からするとホテルから自動車学校は近いんだけど、実はホテルが見晴らしの良い山の上に建っている。
自動車学校に行くためには、くねくねした坂を下るのだけど、そこそこ大きなバスを上手いこと運転するもんだといつも感心している。
運転しているのは御年70才のお爺ちゃん。
自動車学校でちょっと時間が空くときは俺はいつも喫煙ルームに隠れているのだけど(喫煙者がいないから伸び伸び出来る!)喫煙ルームで一緒になると俺に馴れ馴れしく………いや、気さくに俺に話しかけてくれる。
「お兄さんはタバコも吸わないのにタバコ部屋に入り浸ってるなんて面白いね!なんであっちで休憩しないの?」
こういう気さくなお爺さんには、ぼっち志向の俺の思考なんざ理解できないだろうね。
だから敢えて説明はしない。
タバコ吸わない奴にタバコの良さを語るのと一緒だ。
「ここでドライバーさんと話をするのを楽しみにしてるんで」
「────そんな事思ってないくせに!」
お爺さんはがっはっはと豪快に笑う。
────はい、心にもないことをいいました。
ま、それは置いといて、俺は自分の事を話すのは苦手だが、人の話を聞くだけなら好きなんだよ。
だからこの運転手のお爺ちゃんの話を聞いてるのはそんなに嫌いじゃない。
お爺ちゃんの話の大半はテレビの話だが、残りはお爺ちゃんの家族の話だ。
孫が今年大学卒業するから、そこでこのバスの運転手も引退するつもりだという。
「───孫が働けば小遣い渡す相手もいなくなるしなぁ!」
またもがっはっはと笑う。
────渡す相手が必要なら俺が貰ってやるけれど。
なんて事は言わないけどな。
一生懸命働いたんだ、のんびり自分の時間を楽しんでくれよ。
────これは本心だ。
そんなお爺さんの運転で、ホテルから自動車学校までの道のりを、窓の外を眺めながら過ごすのが俺のスタイルだ。
心の中では"誰も俺に構うなよ!"とオーラを出しているつもりだ。
運悪く顔面の主と同じバスになってしまった時はひたすら苦痛だ。
まずは席取りの段階でいかに早く席の横に荷物を置くか(………席が空いてるとそこに座ろうとしてくる!)もしくは先に座らせて離れた席を陣取るか。
───俺にとっては毎日がストラテジーだ。
今日は顔面の主から離れた席をとることが出来てラッキー。
ちなみに顔面の主は俺の遥か後ろだ。
これで今日の自動車学校までの道のりはアンニュイごっこ(今適当に考えた)しながら行けるぜ。
────だから今日の俺は上機嫌だ。
いつものように窓の外を眺めていると、なんか違和感が。
────なんかバスがフラついてるような?
なんかゴミでも落ちてんのかな?
───道路を見下ろす。
特に何も落ちている雰囲気はないが、このバスセンターラインはみ出してね?
────周りを見回す。
別に周りの人間は気にしておらず、いつものように隣同士でおしゃべりに夢中だった。
次にドライバーに目をやろうとした時だった。
────ドン!
────衝撃が有った後でバスが大きく揺れ、乗客の悲鳴があがる。
俺は立ち上がろうとした瞬間だったから、バランスを崩して頭を酷くぶつけた。
窓の外ではバスがガードレールに車体を擦り付けて火花が散ってるのが見えた。
運転席ではお爺ちゃんがハンドルに覆い被さるような体制で突っ伏していた。
────もしかして意識がない!?
とっさに俺は中央の通路に飛び出し運転席に向かった。
前方には補助席が1つ出されていて、それが運転席までの俺の行く手を阻んでいた。
────あのパパ、パパと言ってた陽キャ野郎がそこに座っていた。
奴のお気に入りの女の子の横に何としても座ろうとした結果、他に空いてる席がいっぱい有るくせにわざわざ補助席を出してそこに座っていたのだ。
奴のお気に入りの女の子は、もう1人の仲の良い友達と来ていて、その子と話そうとしても陽キャが割って入るからちょっと迷惑ぎみだった。
────同情の余地なし!
俺は助走を付けて走りだし、座っていた陽キャの頭上を飛び越えた。
まぁ飛び越えたってより、陽キャを足蹴にして乗り越えたって方が正しいな。
「────俺を踏み台にした!?」
後ろで陽キャが叫んでいるのが聞こえた。
───そう言うネタ好きだぜって思いつつ、お爺ちゃんの所に急いだ。
流石の俺も今はそんな事に突っ込んでる場合じゃないのはわかっている。
バスはガードレールに擦りながらもスピードを上げていく。
「───おい、しっかりしろ!」
俺の呼び掛けにお爺ちゃんは少しだけ反応した様だったが、また意識が飛んでしまったようだ。
お爺ちゃんの意識が戻ってくれたらラッキーだったが、どうも期待しても無駄のようだ。
お爺ちゃんを運転席から引きずり出そうと試みたが、意識のない人間はこんなに重いのかってほど重くて、俺には引きずり出すことが出来なかった。
─────変身して助けようか
─────一瞬脳裏によぎった。
──────後ろを振り返る。
顔面蒼白になった乗客達。
パニックにならないまでも、未経験の恐怖にどうしていいかわからなくて固まってしまっている。
俺と彼らの違いは、俺は何度か戦闘を経験していたから咄嗟に体が動いたんだろう。
─────俺と彼らは違う!?
そう考えたら俺にも違う意味の恐怖が襲ってきた。
──────正体がばれた時俺はどうなってしまうんだろう………?
──────元の生活に戻れなくなるんじゃ………?
頭の中で余計な思考がぐるぐる渦巻いた。
─────そんな時だった。
「────手伝います!!」
俺の横からか細い手がお爺ちゃんに伸び、運転席からお爺ちゃんを引きずり出そうと引っ張り始めた。
「────すまない!」
俺の横であったため、顔は見ることが出来なかったが、その声と腕に付けたあの超高級時計には見覚えがあった。
彼女が行動を起こしてくれた為か、我に返った前列に座っていた男もお爺ちゃんを引きずり出すのを手伝いはじめた。
お爺ちゃんを席から引きずりだした瞬間、俺は運転席に滑り込みブレーキを踏んだ。
────バスがホイールをロックしながら急停車した。
────危機一髪。
────歓声が上がる。
お手伝いしてくれた男達とグータッチした後、顔面の主ともグータッチした。
────その顔面の主の肩越しにうずくまる陽キャの姿を確認した。
────そうだよな、俺より後ろの座席に座っていた顔面の主がここにいるってことは、更に追い討ちかけられて踏み台にされたんだよな。
その痛み同情するけど、あんたの犠牲でバスが止まったんだ、無駄じゃない。
心の中で同情した。
────だが問題はまだ解決してない。
お爺ちゃんを助けねば。
─────孫の件はフラグにさせないぜ。
はい、ごめんなさい。
長い割に笑うところが少ない回でした。
次は笑える回にすると誓います!
────多分………大体………だったらいいなぁ。




